歴史

2012/05/19

風の絵師

Outline_ph03 韓国の歴史ドラマっていうのはすごく面白い。そのなかで、この半月ぐらい、このドラマにはまっていて、むちゃくちゃ面白かった。キム・ホンドとシン・ユンボクという実在の絵師が主人公。後者が女性という設定は最近の流行か。だけど、実在の人物と実在の絵をモチーフにしながら、創造力を発揮しながら、これだけの歴史ドラマ=当然、イサンの時代の権力抗争がからんできるにする。しかし、同時に、なんというか思いのこもったドラマなのだ。

 創造力の源は、その社会に生きる人なんだろうなあ。そういう社会を見る眼差しが作り手にあるんだもの。時代は日本で言えば江戸時代。日本の識者は李氏朝鮮は遅れた社会って散々言っているけど、こういう文化にも光をあてればそれがどんんだけ的外れかもよくわかる。歴史修正主義の浅さもね。

 ということをいいながら、そこで造形された女性たちに思いを馳せるのだけどねえ。

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2012/05/16

鳩山元首相単独インタビュー 対米交渉仕切り直せ

 今日の新聞の紙面は、沖縄の問題がほとんどだった。この40年の日を迎えるにあたって、ボクは考えたことはある。それは、安保のことだ。ボクは、この40年にあたって、ベタと言われるかも知れないけど、おそらく、あまり取り上げられることのない安保のことをあえて取り上げたいと思った。
 そして結果的に、東京の大手紙は、沖縄の問題で、安保を問いかけることは何もなかった。

 そして、何というか、ブラックな話がまかり通る。

鳩山元首相単独インタビュー 対米交渉仕切り直せ(東京新聞)

 鳩山由紀夫元首相は15日、米軍普天間飛行場の名護市辺野古への移設計画をめぐり、県民の強い反対や再考を促す米議会の動きなどを挙げ、辺野古移設は困難との認識を示した。鳩山氏は米側と再交渉に入る必要性を強調し、「現実的な答えを早急に見いだすべきだ」と指摘した。
 県外移設を掲げながら、県内移設に回帰した鳩山氏自身が、日米合意の実現性に強い疑問を呈した。
 復帰40年の記念式典に出席するため来県し、琉球新報社の単独インタビューに応じた鳩山氏は県外移設を達成できなかった要因について、防衛、外務官僚が辺野古回帰に執着する中、「官僚を飛び越え議論する環境をつくれなかった。私の力量の問題だった」と説明した。
 本紙などの世論調査で沖縄への基地集中は「不平等」との回答が県民7割に対し、全国が3割余にとどまったことに「まさに不平等だが、全国は3人に1人程度しか思っていない。大きな意識の差があり、沖縄が差別されていると思うのは当然だ」と述べた。

 自分の言説に責任をもつのならば、政治家をやめるべきだ。あやまりを認めるのならば心の底から謝罪すべきだ。そして、なぜ、誤ったのかを追求すべきだ。
 この人も、この人を批判する人も、だれもが、同じ土俵にたってものを考える愚かさ。それがいまの日本における沖縄の問題の論じられ方。ベタといわれても、安保を問いかけたい。

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2012/05/15

「沖縄は国防の要衝」=野田首相、自衛隊基地で訓示

 今日は、沖縄の施政権返還から40年の日。沖縄を踏みにじり続けるときの政権が、また歴史を刻む。

「沖縄は国防の要衝」=野田首相、自衛隊基地で訓示(時事通信)

 野田佳彦首相は15日午後、沖縄復帰40周年記念式典に出席するため、那覇市の航空自衛隊那覇基地に空自U4多用途支援機で到着した。首相は約980人の隊員を前に訓示し、「沖縄県、南西諸島はわが国の西の国境として、国防の要衝だ。諸君の任務はわが国全体の守りを支えている」と強調した。
 首相は「抑止力としての在沖縄米軍もわが国の安全保障に不可欠の存在だ。自衛隊の最高指揮官として諸君の活動に引き続き強く期待する」と述べた

 アメリカでも、抑止力としての沖縄の議論は否定されつつある。冷静に考えても、北朝鮮や中国の脅威を利用しながらも、沖縄の抑止力は無理があろう。だけど、政権も米軍も沖縄に固執する。それが、”特権”というもの、”従属”というものの姿なのだと思う。
 返還の40年は、復帰闘争からの40年。辺戸岬の碑を思う。

辺戸岬の”祖国復帰闘争碑”の全文

祖国復帰闘争碑

全国のそして全世界の友人へ贈る。

 吹き渡る風の音に耳を傾けよ。権力に抗し復帰をなし遂げた大衆の乾杯の声だ。打ち寄せる波濤の響きを聞け。戦争を拒み平和と人間解放を闘う大衆の雄叫びだ。
 “鉄の暴風”やみ平和のおとずれを信じた沖縄県民は、米軍占領に引き続き、一九五二年四月二八日サンフランシスコ「平和」条約第三条により、屈辱的な米国支配の鉄鎖に繋がれた。米国の支配は傲慢で県民の自由と人権を蹂躙した。祖国日本は海の彼方に遠く、沖縄県民の声は空しく消えた。われわれの闘いは蟷螂の斧に擬された。
 しかし独立と平和を闘う世界の人々との連帯であることを信じ、全国民に呼びかけ、全世界の人々に訴えた。
 見よ、平和にたたずまう宜名真の里から、二七度線を断つ小舟は船出し、舷々相寄り勝利を誓う大海上大会に発展したのだ。今踏まえている土こそ、辺土区民の真心によって成る沖天の大焚火の大地なのだ。一九七二年五月一五日、沖縄の祖国復帰は実現した。しかし県民の平和への願いは叶えられず、日米国家権力の恣意のまま軍事強化に逆用された。
 しかるが故にこの碑は、喜びを表明するためにあるのでもなく、ましてや勝利を記念するためにあるのでもない。
 闘いをふり返り、大衆が信じ合い、自らの力を確め合い、決意を新たにし合うためにこそあり、人類が永遠に生存し、生きとし生けるものが自然の攝理の下に生きながらえ得るために警鐘を鳴らさんとしてある。

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2012/05/12

「南京事件」意見広告で対立 有識者「自由な議論を」、中日新聞「社論に合わず」

 正直いうとバカみたいな話である。ほんと。

「南京事件」意見広告で対立 有識者「自由な議論を」、中日新聞「社論に合わず」(東京新聞)

 名古屋市の河村たかし市長の「南京事件」否定発言に対するバッシングに疑問を持った有識者らが、東海地区で最大の発行部数を誇る中日新聞(名古屋市)に、南京事件について自由な議論を呼びかける意見広告を掲載しようとしたところ、「社論に合わない」と拒否されていたことが11日、分かった。一旦、掲載の了解を受けた有識者側は、複数の雑誌に広告代金の寄付を募る広告を掲載しており、「金銭的処理や社会的信用など大きな損害を受ける」として法的措置に訴える構えだ。
 意見広告を掲載しようとしたのは、有識者でつくる団体「河村発言を支持し『南京』の真実を究明する国民運動」(代表・渡部昇一上智大名誉教授)。
 意見広告は「私たちは河村たかし名古屋市長の『南京』発言を支持します!」「自由な議論で『南京』の真実究明を!」との見出しの下、南京事件についてさまざまな見解があることを踏まえた上で、議論が広がることを期待するという内容。呼びかけ人には石原慎太郎東京都知事や安倍晋三元首相らが名を連ね、超党派の国会議員58人の氏名を掲載する予定だった。
 同団体は今年3月、広告代理店を通じて中日新聞側に掲載を打診。4月10日に見本刷りを送り、同19日にメールで「掲載の了解」を得た。その後、代金や掲載日などの交渉が行われ、広告の最終送付が約1週間後に迫った5月2日、突然、中日新聞側から「掲載できない」と通告されたという。
 同団体によると、掲載拒否の理由について「『河村発言は不適切』という社論を展開している以上、たとえ広告といえども、発言を支持する内容のものを掲載することはできない」と説明された。
 同団体副代表で拓殖大学の藤岡信勝客員教授は「中日新聞の社論とは南京事件の議論自体を否定することなのか」と話している。…

 南京事件の問題は、ある意味では事実認識の問題であり、歴史論争のたぐいではない。そういう点から、南京事件否定の議論は、ナチスの否定の議論と同様のたぐいときっぱりと否定することは論理としては十分に成り立つ。そういう問題なのだ。
 だけど、問題は中日新聞が動揺したこと。もちろん一義的は歴史修正主義の問題ではあるけど、彼らのつけいる先をつくったのは中日新聞のほう。掲載を認めたならば、社論にあわないならば、広告の掲載日に社説や特集で徹底的に批判すればいい。
 そういうはっきりした立場を確立できていないメディアだから、どんどんつけこまれるのだ。東京=中日新聞でさえそうなんだからねえ。

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2012/05/11

橋下市長ら近現代史学ぶ施設検討 つくる会系からも助言

 ぶら下がりでのMBS記者への異様な対応が、ネット上では、喝采をあびるというこれまで、異常な橋下さんをめぐる状況がある。MBS記者を擁護した、奈良・生駒の市長の「今回の橋下市長の対応は、明らかに行き過ぎでちょっと常軌を逸しています。恫喝という感じすらします。また、この記者がとんちんかんな質問をしているとも思えません」 というツイートにも、いろいろ批判が集中しているようで。うーん。

 橋下さんは休まない。

橋下市長ら近現代史学ぶ施設検討 つくる会系からも助言

 橋下徹大阪市長と松井一郎大阪府知事は、子どもたちが近現代史を学ぶ施設を大阪府市で設置する検討に入った。橋下氏は10日、代表を務める大阪維新の会の大阪市議らに対し、「新しい歴史教科書をつくる会」や元会員らによる教科書づくりに携わった有識者らに意見を聴く考えも示した。
 橋下氏は9日、維新の会と公明の両市議団幹部と非公開で協議。出席者によると、橋下氏は「中国などに比べ、日本の子どもは近現代史がしっかり勉強できていない」と主張。その上で、歴史観や事実認定で意見が分かれる近現代史について「子どもらが両論を学べる施設」をつくる考えを明らかにしたという。
 10日には複数の維新市議団幹部と再度協議し、展示内容などについて、扶桑社版や育鵬社版の歴史教科書編集に関わった有識者から助言を受けることで一致。近く、同市議団幹部が有識者に協力を依頼するという。……

 両論と言うのはどういうことか、ここでだいたい現在の歴史研究の到達点と認識のずれが生じる。たとえば、南京事件1つとっても、歴史研究の世界では、その規模について論争があっても、事件の存在、虐殺の存在を否定する議論はないと言ってもいい。なのに、ここで両論と言うのは何をさすのか?

 嘘も百辺言えば真実になると言われるが、そういう手法で、歴史修正主義が跋扈してきた。その歴史修正主義と歴史研究の成果を両論と言うのか。そのうえで、その歴史修正主義の代表格である「新しい歴史教科書」派の人の主張に、いわば自分の考えと同じというお墨付きをあたえる。

 これを誤った歴史観の押しつけと言わずして、何というのだろうか? いやはや……、これは軽視できない動きだ。

 こうした、彼らの正体が国民の前に明らかになる前にことをすすめようと、国政進出の動きは加速されている。公募で、他党からの引き抜きだそうである。

維新の会、現職議員引き抜き画策 次期衆院選へ政党化検討(共同通信)

 橋下徹大阪市長率いる大阪維新の会が次期衆院選に向け、現職国会議員を事実上引き抜き、政党化を図る検討に入ったことが10日、同会関係者への取材で分かった。政治塾受講生の選抜とは別に衆院選候補者を公募し、政策の一致する現職議員の参集を図る構えだ。
 維新の会幹部は衆院解散に備え、既に与野党の衆参議員と非公式に接触。一部民主党現職は維新の会からの出馬の可否を同会に打診するなど、水面下で動きが加速している。同会が公募に踏み切れば、政界流動化の引き金となる可能性もある。
 同会幹部は「現職が公募に応じれば、離党する覚悟を見極められる」と利点を強調。

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2012/05/08

シリーズ「沖縄・本土復帰40年」(1) 返還への長い道のり

120506_shosai11 日曜日のNHKアーカイブ。録画してあったので、それを今日、みた。この番組は、2007年の「その時 歴史が動いた 忘れられた島の闘い 〜沖縄 返還への軌跡〜」と、1971年の「ドキュメンタリー 本土復帰」。

 前者は、瀬長亀次郎を描いたもの。さすがに、戦後直後から、瀬長那覇市政をピークに復帰までをコンパクトに、しかも、迫力をもって語られていて、見ているだけで心が揺さぶられる。この番組は、2007年当時にブロクでも紹介したんだろうな。番組のなかから、次の一節を紹介していた。 「この沖縄の大地は、再び戦場となることを拒否する。基地となることを拒否する。あの紺碧の空、サンゴ礁に取り囲まれて、あの美しい海。沖縄県民の手に返って初めて平和な島が、沖縄県の回復ができるんだということを二十六年間叫び、要求し続けてきた。」

 後者はもっと古い復帰前の、復帰のあり方を問いかけたドキュメンタリー。この映像で描かれたことの裏側で、密約の交渉がなされていたと思うとゾッとする。ここで描かれた、安保と沖縄返還の表側だけでも、相当問題がある醜いものにほかならない。強行採決…。だけど、そこで覆い隠せないことが、すべて密約とされてしまったのだから。結局は、沖縄の実態は放置されてきた。

 前衛という雑誌の今月号に、次のようなものが掲載されている(笑い)。
「座談会 沖縄県民と党のたたかいから何を学ぶか」――これは瀬長とともにたたかった人民党(当時)の幹部の座談会だ。
そして「沖縄からみた憲法問題」――沖縄に定年後移住した憲法学者が熱く語っている。ぜひ、ご一読を。

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2012/05/04

イタイイタイ病:富山に県立資料館オープン

 新聞で知って、お葬式後の処理と相談のため相方の実家に富山のいる今日、訪ねてみた。

イタイイタイ病:富山に県立資料館オープン(毎日新聞)

 富山市の神通川流域で多くの被害をもたらし、国内の公害病第1号に認定されたイタイイタイ病16件の教訓を伝える「富山県立イタイイタイ病16件資料館」(富山市友杉)が29日、開館した。オープニングセレモニーには石井隆一知事や被害者団体の代表ら約150人が出席し、開館を祝った。
 式典では、被害者救済に尽力してきたイ病対策協議会代表の高木勲寛さん(70)が「資料館が、環境先端県・富山のシンボルになることを祈念したい」とあいさつ。また、石井知事は「悲惨な公害が二度と繰り返されないよう、後世に継承し、先人の英知を未来につなげたい」と話した。
 同館は、被害者側から提供された貴重な資料約1万点などで、被害状況や土壌回復の歴史を紹介。被害者の写真や当時の新聞記事なども展示している。…

AsbhiiiciaqapnzAsbbb_vcaaataiw_2 富山空港のすぐ近くの総合運動公園の横にある。当時の生活や、そのなかでの被害の様子を、ジオラマで再現、映像などのたっぷりつかって解説する。ボクは大阪生まれだから、大気汚染訴訟などについてはいろいろ学んだりしてきたけれど、あと時代的には、水俣病などについては多少学ぶ機会はあったけど、イタイイタイ病についてはあまり知らなかった。神岡鉱山のカドミウム被害、三井財閥のおこした公害である。一方で、どのような住民のたたかいがあったのかも、それなりに知れる内容になっている。若き日の近藤忠孝弁護士の写真も何枚かあったなあ。
 大企業の横暴に命をかけてたたかった時代、それが一つの時代をつくったわけである。
 いまの時代の最大の公害は、やっぱり原発被害だ。土壌汚染の問題など共通する問題と、まったくちがうこととといろいろあるけれども、それだけに、考えさせられることはとてつもなく多い。いまだからこそ、その歴史から学ぶことも少なくはない。
 もちろん、いまなお救済されない被害の問題など、課題も少なくはないとは思う。だけど、大企業の犯罪に真摯に向き合った時代ということについては、その歴史がいまに教えることはとても多いのではないのかなあ。

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2012/04/25

東京大空襲訴訟 2審も敗訴

 全国にひろがる空襲訴訟。東京の二審は予想されたことだけど、こういう結果。怒りがメラメラ。これが日本の司法の現状でもある。

東京大空襲訴訟 2審も敗訴(NHKニュース)

 およそ10万人が犠牲になった東京大空襲の被害者や遺族らが「軍人やその遺族などには補償があるのに空襲の被害者が援護されずに放置されてきたのは不当だ」と主張し、国に謝罪と賠償を求めた裁判で、2審の東京高等裁判所は「援護を受けていない人が合理的な理由で差別されているとは言えない」として、1審に続いて原告の訴えを退けました。
 この裁判は、昭和20年の東京大空襲の被害者や遺族ら113人が「軍人やその遺族などには補償があるのに、空襲の被害者が一切援護されずに放置されてきたのは不当だ」と主張し、国に対して謝罪と合わせて12億4000万円余りの賠償を求めていたものです。
1審は「裁判所が救済する人としない人を選別することは困難で、立法を通じて解決すべき問題だ」として訴えを退けました。
 25日の2審の判決で、東京高等裁判所の鈴木健太裁判長は「東京大空襲で多大な苦痛を受けた人たちが旧軍人らとの間に不公平感を感じることは心情的には理解できるが、危険性の高い職務を国から命じられた軍人らに援護する立法措置が取られたことには合理的な理由がある」と指摘しました。
そのうえで、「援護を受けていない戦争被害者は今なお多く、被害の原因も非常にさまざまであり、援護を受けていない人たちが合理的な理由なく差別されているとは言えない」などとして、1審に続いて原告の訴えを退けました。…

 「危険性の高い職務を国から命じられた軍人」と言って、差別化を合理化するなどの認識にはおどろかざるをえないけれども、あいもかわらず、一般の人たちみんなが、苦痛をうけたのだから、差別されているわけではないという、いわゆる「受忍論」をベースとした議論がいまなお根強く生きてきて、そのことで、国家の責任をあいまいかする構造というのは、もうどういえばいいのだろうか。それほど、人権というものを軽視し続けるのだろうか。どれほど、その人権にかかわって国家の責任というものを不問にし続けるのだろうか。くそ。

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2012/04/15

沖縄人民党の歴史

20091110065721d81 こういう本も、古本屋で、ちゃんと見つけます。結構な値はします(笑い)。復帰40年。ちゃんと学ばないとね。沖縄には社大党という地域政党が、現在でも存在するが、沖縄人民党は、よりユニークで、存在感のある政党だな。復帰後、日本共産党に合流。もともと戦後直後には、沖縄にも日本共産党は存在していた。しかし、アメリカ占領下では非合法をよぎなくされ、そして共産党のほうは、いわゆる50年問題に直面する。
 そして人民党は独自のたたかいを展開する。資本主義のもとにありながら、アメリカの占領下にあった沖縄は、アメリカの抑圧にこうした、ドラスティックな県民のたたかいが展開されるわけで。読んでいて思うのは、そうした現実に、対峙してたたかった政党が日本共産党に合流する意味というか、必然性。もう1つは、そういう沖縄のたたかいがつくった「オール沖縄」の現在。ドキドキする、おもしろい本です。まちがいなく。

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2012/04/12

沖縄にて 写真をアップします

AD 9~10日の沖縄。少し、観光も入れて。観光で見てきたのは、斎場御獄と識名園。今日から総合テレビでエンペストがはじまるけれども、琉球王朝期の遺跡と言うのは沖縄独特の文化などが知れておもしろい。とくに斎場御獄は、聞得大君の就任儀礼がおこなわれるところだけにちょっと特別。ただ、パワースポットブームなのかここは、すごい人だった。

BC その。斎場御獄で案内の人に、少し先に行けば、知念基地のPAC3が見られるよと教えられて見に行ったのが、このPAC3。写真はうまく撮れていないけれどね。案内の人が教えてくれるというところあたりに、現地の関心の高さが見受けられるわけだけど。
 そして、首里城にもあわただしくよって、32軍壕の説明掲示を見てきた。全然、沖縄戦の体験をふまえないものであることは明らか。という日程。友人にももちろんあって、お世話になって。

 だけど、もちろん仕事で行って、主な仕事は現代史の証言。あわただしい2日間でしたが。いま、集中して、仕事中!

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