歴史

2017/12/10

密偵

640_6 やっと見てきた! よかったよ。だれかが美しい映画って言ってきたけど。まずは映像の完成度。その構成も含めて、韓国映画のこだわりの美学を感じさせてくれる。武装独立運動団体「義烈団」にかかわる物語。この前、「暗殺」もみたよ。「暗殺」はどちらかというと、B級映画っぽい感じだけど、こちらは、相当、完成度が高い。ソンガンホは言うまでもない。ときとして、コミカルで、欠点ある人間を演じることで、みごとに人間臭さを出す。コンユが抑えた演技でよかったし、そもそもカッコよかった。イビョンホンは存在感がすごい。さすが、大スターだな。ハンジミンは、この役って感じ。だけど、最後は、その人間的なソンガンホが昇華していくんだよな。思想とかそういうことではなく、人として、普通に生きたい思い、それが踏みにじられる悔しさと悲しさが充満する。みごとな映画だったと思うけど。


2017/12/09

ハンナのかばん―アウシュビッツからのメッセージ

Photo 劇団銅鑼のお芝居になっていて、その存在はしっていたけど、どんな話なのかはぜんぜんsらなかった。一つの古びた旅行かばんが、日本のNPOに虐殺の地・アウシュビッツから届いたのは2000年春のことた。幅65センチほどの大きな茶色いかばんの表面に白いペンキで書かれた名前。ハンナ・ブレイディ。アウシュビッツのガス室に送られ、13歳で短い生涯を閉じた少女だ。「持ち主はどんな子だったのだろう」との物語がはじまる。
 ホロコーストの中で殺されたユダヤ人の数は約600万人。そのうち150万人は子どもだった。被害は弱いものに。ハンナはその中の一人。このハンナの物語を探し、たどることで、ホロコーストの歴史が、私たちに何を問いかけているのかを考えることになる。しかも家族でただ1人奇跡的に生きのびていたハンナの兄ジョージ・ブレイディさんにたどりつく。世界の45ヶ国で出版されているそうだ。なぜホロコーストは起きたのか、なぜ「ユダヤ人である」というだけで、憎しみや偏見は人の心に生まれてしまうのか、私には何ができるのか、いろいろなことを考えさせてくれる。

2017/12/08

「軍学共同」背景に迫る 登戸研究所資料館で企画展

 これはいかなくっちゃなあ。

「軍学共同」背景に迫る 登戸研究所資料館で企画展(東京新聞)

 川崎市多摩区の明治大学平和教育登戸研究所資料館が、企画展「科学技術と民間人の戦争動員-陸軍登戸実験場開設八十年-」を開いている。戦時中に同研究所で行われた細菌兵器や偽札、スパイが使う毒薬などの研究を「軍・産・学共同の典型的事例だった」とみて、その背景などに迫る内容。山田朗館長は「昨今も軍学共同の行方が心配される。ぜひ見てほしい」と来場を呼び掛けている。 
 資料館によると、同研究所は一九三七年、当時東京市(現在の東京都区部)にあった旧陸軍の科学研究所の一部が現在の多摩区に移転して登戸実験場(後の登戸研究所第一科)ができたことに始まる。旧陸軍は敗戦時に証拠を隠滅、関係者は以後、長らく口を閉ざした。八〇年代から実態を明らかにする活動が盛んになり、二〇一〇年に資料館ができた。
 ■ 
 企画展では、一九三五年に昭和天皇が科学研究所で最新兵器を視察した記念の「陸軍々需資材天覧記念写真帖(ちょう)」など、軍事の研究開発が重視されことを示す物や、三七年に文部省(当時)が刊行し忠君愛国を迫って国民を動員したとされる書物「国体の本義」といった資料十八点が展示されている。
 解説パネルでは、日中戦争が始まって奇襲攻撃に使う電波兵器などを開発するため十分な広さの実験施設が必要だった、と移転の背景を説明。優秀な研究者が学生時代から陸軍に目をつけられ、集められたことも紹介されている。
 一般市民の動員にも注目した。資料館はこれまで登戸研究所の元勤務員らの情報を集めてきたが、そのうち五十一人分について入所した理由を今回初めて一覧表にまとめた。「給料が良い」「近所だから」などと条件の良さが理由として並んでおり、資料館では「一般的な若者が気軽に就職したら、いつの間にか謀略戦に加担させられていた」と解説している。
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 資料館には来場者から「このような研究をしないですむ時代が長く続いてほしい」といった感想が寄せられ、山田館長も「当時、軍事研究には多額の研究費が軍から支給され、研究者や民間人を引き寄せた。しかし軍事研究は軍事機密として扱われ、科学技術の発展をゆがめる。そこで働く人たちの自由も制限する」と話している。
 防衛省は二〇一五年度に軍事転用可能な研究や技術への助成制度を開始。山田館長は「この企画展で、こうした問題について改めて問いたい」と語る。
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 資料館は、多摩区東三田一の一の一、明治大学生田キャンパス内にある。企画展は来年三月三十一日まで。十二月九日午後一時半から、同キャンパス中央校舎メディアホールで山田館長の講演会「科学技術と民間人の戦争動員」がある。参加無料。予約なしで定員二百八十人。来年一月二十日、二月二十四日、三月二十四日の午後一時からは山田館長による展示解説会を予定。申し込み先着二十人まで。開館は原則水-土曜の午前十時~午後四時。入館無料。問い合わせは、資料館=電044(934)7993=へ。

 登戸研究所資料館は一度行ったことがある。その中身を、科学技術の戦争動員にからめて、考えるというのは大事だなあ。講演会も行きたいなあ。しかし、12月は忙しいから、満足に取材にも出れないんだよなあ。なかなか、蓄積ができない。くそー。

2017/11/28

OKINAWA1965

Okinawa1965_p13 表題のドキュメンタリー映画が完成した。いま沖縄のドキュメントでは、カメジローがヒット中。カメジローがかなり経年的に戦後の沖縄史を描いているのに対し、こちらは、どちらかというと、テーマを設定して、問題を提起するやりかた。まずは嬉野さんの、米軍車両による少女轢死の写真をめぐる問題や復帰前のたたかい、アレンネルソンさんの訴えと9条について、阿波根さんの非暴力のたたかい、若い世代の思いなどなど。お金もない若い監督たちが、それまで全くと言っていいほど知らなかった沖縄の問題を、とあるきっかけで知り、どのように受け止めて、何を伝えようとしているのか、そういうことがストレートに伝わってくる映画。そういう議論のあり方が、若い人とのあいだでも、とても大事なのだろうなあと思った次第。ぜひ、広く、見られるといいなあ。


2017/11/23

慰安婦像受け入れ文書に署名 米サンフランシスコ市長

 「慰安婦」問題というのは、日韓の外交問題という性格にはとどまらない問題というのは当たり前の話なのだが…。自分の国のことだけを考えていると、そのことがわからなくなる。この像があらわしているように中国にも、そしてフィリピンにもたくさんの犠牲者がいるのだけど。

慰安婦像受け入れ文書に署名 米サンフランシスコ市長(東京新聞)

 米サンフランシスコ市のリー市長は22日、旧日本軍の慰安婦問題を象徴する少女像の設置を受け入れる文書に署名した。複数の市関係者が明らかにした。市議会が14日、民間からの像の寄贈を受け入れる決議を採択していた。
 大阪市の吉村洋文市長はリー氏に対し、市議会決議を拒否しなければサンフランシスコ市との姉妹都市関係を解消すると文書などで申し入れ。日本政府も「極めて遺憾だ」(安倍晋三首相)と決議拒否を求めていた。リー氏は今回、像受け入れを明確に示し、両市の姉妹都市関係の解消が決定的となった。
 少女像は地元の民間団体がサンフランシスコ市に寄贈。

 日本という国は、はたしてどこに行ってしまうのだろうか? あまりにも悲しい。

2017/11/22

「慰安婦問題」を子どもにどう教えるか

513uy6v5jzl_sx348_bo1204203200_ 読んでいて、背筋がピンとなります。平井先生が、教師として、どのように子どもたちと向き合ってきたのか、その実践の記録。とにかく、熱く、真っ直ぐな、直球勝負の平井先生である。
 「慰安婦問題」をどう教えるかというテーマ設定だけで、足がすくむ。そのくらい現場の教師たちに、右翼勢力が直接的な攻撃をかけ、学校現場がゆれたこの20年だ。だけど、平井さんの情熱で、まわりの先生や、学校もよくがんばったと思うなあ。この20年は、とくかに90年代後半、元「慰安婦」が名乗り出たことによって、「慰安婦」問題が7社の中学校の歴史教科書に載ったことから、右派による激しい教科書攻撃、教育現場への圧力がつよまり、ついに現在では「慰安婦」問題の記述がある教科書は1社、授業で取り組む教師もほとんどいなくなったという20年だ。だけど、平井さんは、韓国で元「慰安婦」に出会い、沖縄で元ひめゆり学徒に教えを請い、自ら歴史の現場に足を運んで獲得した「戦争」の実相と「平和」への思いを教室の子どもたちとともに学びあったのだ。学んだ子どもたちの姿も、さまざまな困難に直面した時に、平井さんの思いも、読んでいて涙が出てくる。悔しさと感動と。そんな20年にわたる実践記録。
 へなちょこのボクの、さまざまな悩みや葛藤を直球でしかってくれ、いろいろなことにチャレンジするときに、背中を押してくれる。行動力あふれ、学びにみちた、平井さんに負けないよう、ボクもがんばらなきゃねえ。


2017/11/20

労働者階級の反乱 地べたから見た英国EU離脱

51fqls6hjol_sx303_bo1204203200_ ブレイディ みかこさんの本、やっぱりおもしろいなあ。ボクのイギリスへの知識は、ボクが世界にさまざまな問題について、関心をもつようになったのは、すでにイギリス病ということが日本でいわれてずいぶんたっていたし、ほぼサッチャー以降だろうなあ、ということで、一通りに知識があっただけで、やっぱり薄っぺらい理解だったなあと思わされる。
 全世界を驚かせた2016年6月の英国国民投票でのEU離脱派の勝利。ブレグジットについては関心は高いし、そのことについて、海外では「下層に広がった醜い排外主義の現れ」とする報道が多かったりもするわけだけど。実は、
イギリス国内では「1945年以来のピープル(労働者階級)の革命」と評す向きも多いそうだ。そのことを考えようというのが本書。実際に、離脱に賛成した白人労働者の声、実態をていねいに取材する。そこから、白人労働者のとはどういう人たちかということをうかびあがらせる。そして、その労働者たちの歴史をふり返る。これがおもしろい。世界で最初に産業革命を経験し、最初に労働運動が始まった国イギリス。そこでは労働者たちこそが民主主義を守ってきた。そこへの誇り。そして、ブレグジットが、グローバル主義と緊縮財政により社会のアウトサイダーにされつつある彼らが投じた怒りの礫だったというのなら、実際に存在する分断をどうのり越えていくのか。移民である著者が、白人労働者の生の姿を紹介するのがおもしろい。そこにあるイギリスの現代史のおもしろさ。やっぱり勉強せんなあかんなあ。『ピープル』もぜひ読んでみた。コービンやサンダースのCOはどぶ板というのも面白い。
 同時に、日本やアメリカとの共通性と、差異をどうつかむのかということもいろいろ考えさせられる。いまの社会をつかんでいくうえでは、もっといろんなことを知らなければいけないし、そうしないと本当の論点はわからない。自分の論点の設定や理解がいかに一般的で、浅いことかということを痛感させられるのだけどなあ。

2017/11/19

在日米軍事件・事故21万件超 1952年度以降 日本人1092人が犠牲

 あらためて、ものすごい数だなあ、これは。

在日米軍事件・事故21万件超 1952年度以降 日本人1092人が犠牲(しんぶん赤旗)

 在日米軍の兵士や軍属らによる事件・事故が、旧日米安保条約が発効した1952年度から今年9月末時点で21万件を超え、日本人の死者は1092人に上ることが、日本共産党の赤嶺政賢衆院議員の要求に防衛省が提出した資料で明らかになりました。件数と死者数は、同省が日米地位協定18条に基づく損害賠償の関係上、把握しているもの。52年度以前と、本土復帰前の沖縄は含まれておらず、被害者が損害請求しなかった事件も多数あるため、実際ははるかに多いとみられます。
 資料によると、事件・事故の総数は21万1104件。このうち「公務上」が4万9884件、「公務外」が16万1220件で、死者は、公務中521人、公務外571人です。昨年4月には沖縄県うるま市で元米海兵隊員の軍属が女性を殺害。16日に裁判員裁判が始まっています。
 また、地位協定18条に基づき、公務中の事件・事故に対して日本側が支払った賠償額は累計約92億円。日本側が25%、米側が75%を分担し、日本側がいったん100%を立て替えますが、米側が支払いを怠っている場合も少なくないため、実際の金額はさらに多いと見られます。
 一方、件数では圧倒的に多い公務外の事件・事故では、ほとんどが被害者の“泣き寝入り”となっています。

米軍の事故件数、死亡者数
     件数  死亡者数 賠償額(円)
 公務上  4万9884  521 91億8457万8千
 公務外 16万1220  571 ─
 合 計 21万1104 1092
 ※防衛省提出資料から

 これが地位協定と密約のもとで、裁かれないですすんできたということ。
 うーん。

2017/11/04

関東大震災「検見川事件」 デマで県出身者犠牲 識者「今につながる差別」

 この問題を、地方紙が、自らの地域の問題として、重ねて論じるのは、とっても大事な視点だよなあ。沖縄への差別と重なるこういう事件があったと。

関東大震災「検見川事件」 デマで県出身者犠牲 識者「今につながる差別」(琉球新報)

 1923年9月1日に発生した関東大震災の直後、「朝鮮人が井戸に毒薬を入れた」などのデマを信じた自警団らによって、朝鮮人らが殺害された。当時の新聞記事によると、その中には沖縄県出身者も含まれていた。千葉県内で3人が犠牲になった「検見(けみ)川事件」だ。この事件に詳しいジャーナリストらは、デマや殺害の背景に「差別」を読み取り、現在、沖縄が置かれている状況とも重ね合わせる。
 検見川事件は大震災発生から4日後の23年9月5日、現在の千葉市内で発生した。同年10月17日付「報知新聞」によると、犠牲者は「沖縄県中頭郡潰太村 儀間次郎(21)」ら3人となっている。東京から避難の途中、地元の青年でつくる自警団員30人余りに囲まれ、こん棒や日本刀で「めちゃめちゃに惨殺」されたという。
 伊江島出身の島袋和幸さん(69)=東京都=は30年ほど前から検見川事件を調べてきた。犠牲になった3人は沖縄、秋田、三重の出身だった。自警団に捕らえられた際、言葉のなまりから朝鮮人と決めつけられたと分析する。
 島袋さんは新聞記事にあった「潰太村」を「北谷町桑江」と推測し、周辺で聞き取り調査を行った。しかし、手掛かりはつかめなかった。大震災から94年がたち、事件の存在そのものが忘れられていく中、島袋さんは「事件から学ぶことがあるのではないか」と学習会を企画した。
 3日、那覇市のなは市民活動支援センターで開かれた学習会では、ジャーナリストの安田浩一さん(53)=千葉県=が講演した。検見川事件について最近、雑誌に執筆した安田さんは「事件は『昔の話』では片付けられない」と指摘する。「デマを支えたのは差別だ。今も在日コリアンや沖縄に対する差別があり、つながっている。社会を壊さないために差別を否定し、声を上げる必要がある」と強調した。

 決して、過去の問題ではないわけで。これだけ、差別的言説が広がっていて、しかも、かつてと同じように、それをうえから政治(当時は軍や警察)が、それを推進する。そして、その差別は、朝鮮人に対するものにとどまらず、思想弾圧や、他の人々への差別と重なっている。そういうことを今の問題として、考えなければいけないよなあ。

2017/10/22

ハンナ・アーレント - 「戦争の世紀」を生きた政治哲学者

15 なかなか難しかった。アーレントの魅力を思う存分、示した本ではあるのだけど。いまの時代だから、民主主義があやうい時代だからアーレントは読まれるのだろうなあ。だけど、難しいと感じるのはボクと違うからというのもある。だけど、ボクが考えなかったことを示してくれるのが魅力でもあるのだろうなあ。過酷な、ナチのもとでのユダヤ人としての体験。その体験のうえでの思考。その思考にある強い倫理観と哲学的思考。そこがまた、難しい。イデオロギーと事実との関係が難しいのか? ボクはずっとヤスパースがものすごく気になっていたけど、そのヤスパースのアーレント評が、なるほどだなあ。思考しなくっちゃね。他者のもとめながら。


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