そう簡単に解決するわけではない
今日も、家族的責任、待機が中心の一日。自分の体のいたわりにも使う。
その時間に、これからの企画のための読書にあてるが、ほんとうにこの間の勉強不足が露呈していて、なかなか中身を理解できなかったりして、呆然となる。これじゃあためだなあとつくずく思う。だけど、それを取り返すのには相当努力がいるのだけど、短時間ではなかなかすすまなかったりするなあ。
少し頭を落ち着かせるために、少し資料作りなどをすすめたりもする。
悶々とした状況はそう簡単に解決するわけではないが。
今日の朝日のオピニオン欄で「(インタビュー)解消法10年、絶えぬヘイト 川崎市の在日コリアン3世・崔江以子さん」が掲載されていろいろ議論になっている。榎さんのコメントへの批判もSNS上で出ている。ボク個人としては、崔さんのたたかいや発言は共感するし、榎さんの議論をよしとする立場ではない。ただ、榎さんの議論を頭から否定するような議論は、少し冷静ではいたいと思う。もともと、表現の自由をめぐっては、川崎の条例の際にも、ヘイトスピーチ禁止法についてもかなり激しい議論があった。その背景には、日本における表現の自由と権力の関係があってこそでもある。アメリカの経験を機械的に紹介するのはどうかという意見もあるけれど、アメリカの紹介の文献などを見ても、当時の日本の表現の自由と権力の関係を念頭においての議論が多かったように思う。だから何を言いたいかというと、きちんと、いま、どのような人権侵害があるのかというところから出発して議論をするのかがまず大事なのではないかと思う。ヘイトと人権をめぐって、具体的にも一般的にも何がおこっているのかを。そんなことを考えたりする。




















最近のコメント