沖縄

2017/10/18

同型機きょう飛行再開 高江米軍ヘリ炎上 防衛相「極めて遺憾」 知事怒り、日本政府にも

 ほんとに植民地だな。これは。

同型機きょう飛行再開 高江米軍ヘリ炎上 防衛相「極めて遺憾」 知事怒り、日本政府にも(琉球新報)

 在沖米海兵隊の第3海兵遠征軍は17日夕、東村高江で11日に不時着して炎上し、飛行を停止していた米軍CH53Eヘリについて、日本政府と沖縄県への通知後、18日から通常飛行を再開すると発表した。事故原因は明らかにしていない。小野寺五典防衛相は、この発表に「安全性が防衛省側に十分な説明がない状況において、在沖海兵隊が一方的に発表したことは極めて遺憾だ」と異例の強い非難をした。翁長雄志知事は「日本政府に当事者能力がない」と怒りを示した。
 米海兵隊は炎上事故について航空の専門家が整備記録を見直し、懸念につながる運用上の問題などは見つからなかったと概説した。
 飛行再開の決定は「軽々になされたものではなく、調査への支援で米本国から来沖した米海軍安全センターの専門家や、米海兵隊第1航空団の航空関係専門家らとの協議を経て決定された」と説明した。
 発表文の中でローレンス・ニコルソン在沖米四軍調整官は、CH53Eは安全な飛行運用に戻る準備が整ったとした上で「われわれは日本における米海兵隊航空機の飛行の安全性を約束している。安全ではないと思える運用は決して許さない。CH53Eヘリは沖縄や日本本土で長年、日米同盟に奉仕してきた信頼できる航空機だ」と述べた。
 事故機の撤去については「できるだけ早く土地を返せるよう、搬出と復旧作業を素早く安全に作業を進めている」と説明した。
 防衛省は事故現場に同系統の自衛隊ヘリの知見がある操縦士と整備士を派遣し、米軍の事故調査を確認した上で、防衛省として安全性などを判断する予定にしていた。しかし米軍は防衛省に説明する前に飛行再開を発表した。
 ただ、防衛省は米軍が飛行再開した際の対応については「引き続き米側に詳細について報告を求めていきたい」と述べるにとどめた。
 県は17日夕に米軍から電話連絡を受けた富川盛武副知事が「飛行再開は断じて容認できない」とその場で抗議した。衆院選立候補者の決起大会に出席していた翁長知事は応援演説で「事件・事故が続いても日本政府は手出しができない。政府がいかに力がないかが分かる」と批判した。

 こんな日米関係は、もう続けていてはダメなのではないのか? これでは、住民の安全を守れない云々の水準ではなく、はなから住民のいのちなどは考慮にない軍事優先であるということ。
 ニコルソンの言葉はいったいなんなのか? 日本政府には本気度も何もない。

2017/10/17

ヘリ事故 現場に近づけない状態

 うーん。地位協定の壁って言えばそれまでだけど、酷いなあ。

ヘリ事故 現場に近づけない状態(NHKニュース)

 沖縄本島北部の東村高江地区にアメリカ軍のヘリコプターが緊急着陸して炎上した事故から16日で5日たちましたが、現場の牧草地ではアメリカ軍による機体の周りの立ち入り規制が続いていて、調査を行いたいとしている県や警察が近づけない状態が続いています。
 今月11日に東村高江地区の民間の牧草地にアメリカ軍の大型ヘリコプターが緊急着陸し、炎上した事故から16日で5日がたちました。
 機体の周りでは、アメリカ軍の兵士数人が焦げた残骸をのぞき込んだり、計測器のようなものをかざしたりする様子が確認できました。
 現場では、アメリカ軍が事故直後から機体の周りで立ち入り規制を続けていて、日本側は依然として機体に近づくことができていません。
 県は、規制されたエリアに入り、機体の近くで環境調査を行いたいと求めているほか、警察や消防も任意での調査の協力を求めていますが、アメリカ軍から回答はないということです。

 しかも、健康被害を引き起こす量ではないとしているがヘリは一部に放射性物質が使用されているし。
 民有地だよ、ここは。どこまでも、植民地的扱い、軍事優先、それを住民に押し付ける。

2017/10/13

事故現場はヤンバルクイナ繁殖地 今年も幼鳥確認

 豊かな自然の真ん中に基地があるってこと!!

事故現場はヤンバルクイナ繁殖地 今年も幼鳥確認(沖縄タイムス)

 米軍ヘリが炎上事故を起こした沖縄県東村高江の現場周辺は、国の天然記念物で絶滅の恐れが最も高いIA類のヤンバルクイナの繁殖が2012年からほぼ毎年確認され、繁殖地の南限とされている。事故現場となった牧草地も、定期的に生息が確認されているポイントだ。
 世界自然遺産に向けて環境省がユネスコに提出した管理計画では、事故現場が遺産候補地の「周辺地域」に位置づけられており、豊かな生態系に与える米軍の影響を改めて指摘する声が上がっている。
繁殖地の南限
 ヤンバルクイナは東村の福地ダム周辺まで南下してきているが、繁殖が確認されているのは事故現場の周辺まで。09年から生息調査を続けるNPO法人どうぶつたちの病院沖縄によると、事故が起きた牧草地を含む西銘晃さん(64)が所有する敷地内に、今年5月もヤンバルクイナの幼鳥が姿を見せたばかりという。
 同病院の金城道男副理事長は「調査を続けてみないと分からないが、事故の影響がないとはいえないだろう。そもそも事故にかかわらず、米軍ヘリの音がヤンバルクイナの生息地に攪乱(かくらん)を起こすと考えている」とし「やんばるの森の上を飛んでほしくない」と訴えた。
自然遺産影響も
 事故を受け、遺産候補地に隣接する米軍北部訓練場の存在を問題視する動きはいっそう強まっている。
 環境NGOの「OEJP」の吉川秀樹代表は、自然遺産登録に向けて現地調査中の国際自然保護連合(IUCN)の専門家2人に、事故を知らせるメールを送付。「候補地と事故現場の距離や米軍に日本政府がどれほど関与できるのかを審査の参考にしてほしい」と伝えた。
 日本自然保護協会も12日、日本政府に「世界遺産に登録されても、いつ米軍の影響が及ぶか分からないことを示した」とする抗議声明を提出。「国際的に自然環境を保護すべき場所を米軍に提供していること自体が問題で、米軍との間で環境保全のあり方を抜本的に見直すべきだ」としている。

 高江に辺野古、沖縄の新基地の問題は、環境問題という角度からも、もう一度、きちんといろいろ議論する必要があるなあ。自然保護団体の人にも、もっと出てもらわないとなあ。

(天声人語)カメジローの反骨

 今日の「朝日」の「天声人語」。いろいろ考える。

(天声人語)カメジローの反骨(朝日新聞)

 沖縄を支配した米国にとり、1950年代に那覇市長を務めた瀬長(せなが)亀次郎ほど目障りな人物はいなかった。投獄しても、市への資金を凍結しても、給水を止めても、屈しない。米軍布令で市長の座から追い出しても反米の旗を降ろさない▼上映中の映画「米軍が最も恐れた男/その名は、カメジロー」は波乱の生涯を描くログイン前の続き。「大衆の心をつかむ名手。演説会の日は『今夜はカメジローがあるから』と住民が夕食を早めて繰り出したそうです」とTBSの佐古忠彦監督(53)は話す▼炎の演説だった。島言葉を駆使して圧政を突く。政治的立場を異にする稲嶺恵一元知事(83)も「高校時代に最前列で聴いた憧れの人。占領された民に、はけ口を与えてくれた」と映画で語る▼米政府文書の亀次郎評を監督に見せてもらった。「庶民的で豪快」「並の共産主義者のような退屈な話はしない」。弾圧がかえって支持を高めたという反省も残る。「反米の殉教者にしてしまったのは米国自身だ」▼米兵による残虐な事件が続発した時期である。女児が相次ぎ襲われ、県民の土地が次々奪われた。亀次郎を憤らせた抑圧構造は変わらない。米兵の犯罪はやまず、一昨日は米軍ヘリがまたも民家近くで炎上した▼「民衆の憎しみに包囲された軍事基地の価値はゼロに等しい」。そんな言葉を残した亀次郎は16年前に亡くなる。その思いは、本土で考える右・左の色分けにとらわれると到底理解できない。積怒(せきど)の底にあるものをカメジローが教えてくれる。

 沖縄の問題が焦点化されるほど、カメジローへの関心が高まるのは大事なこと。
 一方で、彼の主張を、「本土で考える右・左の色分けにとらわれると到底理解できない」というのは本当なのか。沖縄の人々の思い、アイデンティティーと翁長知事が言った言葉の意味は、もっと重く、深いはずだ。保守は、安保反対は言わないし、安保は必要だという。だけど、地位協定の改定を掲げる。その改定は、抜本改定である。つまり、アメリカへの追随、アメリカの軍事優先は拒否をするということであるはずだ。そういうなかで、保守から革新までひろく一致する合意を積み上げてきたのだ。そのことを無視して、右と左の色分けなどと軽々しく言ってほしくはない。
 だけど、同時に、本土でわれわれが、どう幅広い合意をつくりあげるのか。どう説得的な議論で、少数から脱却するのか。これはつきつけられた大きな課題でもあるなあ。

2017/10/12

集落騒然、あわや大惨事 高江の米軍ヘリ炎上 何度も爆発音 「もう少しで死んでいた」

 もう、言葉がないもの…!

集落騒然、あわや大惨事 高江の米軍ヘリ炎上 何度も爆発音 「もう少しで死んでいた」(琉球新報)

 11日夕方、沖縄本島北部の米軍北部訓練場に近い沖縄県東村高江で米海兵隊のCH53大型輸送ヘリが不時着・炎上した事故。地元の住民が日ごろ抱いていた不安が現実となり、衝撃が広がった。昨年12月の名護市安部に米軍輸送機オスプレイが墜落し1年もたたないうちに、再び事故が起こった。
 「もう少しで死んでいた」「ボンボンと何回も燃えた」。東村高江の住民は声を震わせながら言った。満天の星空が広がる集落上空にはヘリコプターが飛び交い、救急車とパトカーのサイレン音が響いた。現場周辺には、消防や警察、米軍車両が行き来し、赤色灯とライトに照らされ、現場付近は油が燃える臭いが充満し、人口約130人の小さな集落は騒然となった。
 11日午後5時半ごろ、炎上現場から200メートルほど離れたところに住む西銘美恵子さん(63)が庭の草刈りをしている時だった。車で戻ってきた義父・清さん(87)が美恵子さんに「臭いがするけど」と言った。清さんは現場から100メートルの豚舎にいた。美恵子さんと清さんが庭のタンクに登ってみると、牧草地から黒煙が上がり、赤々と炎が燃えているのが見えた。
 黒煙の中からはヘリの前方部分が見えた。爆発音が上がると同時に2、3回大きな火柱が上がった。美恵子さんは、燃え上がる米軍ヘリの残骸を見ながら「どこに落ちていたか分からない。もう少しで死んでいた」と思わずつぶやいた。
 清さんから電話を受けた美恵子さんの夫の晃さん(64)は畑から急いで自宅に戻った。操縦席のある前方部分が燃えているのを確認。晃さんは炎上現場に向かおうとしたが、男性の米兵が6人、女性の兵士が1人、ヘリの方向から晃さんの方に向かって来た。
 女性の米兵が英語で「不時着したから逃げてきた。危ないから離れて」と伝えた。清さんは「ボンボン何回も爆発音がした。何かに引火するような爆発音だった。爆発音が大きいのも小さいものもあった」と語った。
 米軍ヘリが炎上した現場は晃さんの牧草地だ。西銘さん一家は牛やヤギのえさになる乾燥した草を売って生計を立てている。
 今は草の収穫時期のピークを迎えている。晃さんは「牧草地のど真ん中に落ちている。機体を片付けるためにどれだけ時間がかかるか分からない」とうつむきながら言った。「もう飼料用としては使えない。もうあきらめるしかない。仕事は完全になくなった」。語る言葉は怒りに震えていた。

 恐ろしい! 住宅のすぐ近くでも事故。200Mだよ!!! 高江は、沖縄は、こんな危険のなかで生活している。それは日本がそうなのだけど。脅かされる生活。
 ちゃんと問いかけないと!

2017/09/29

「軍が強制」の記述は復活せず 沖縄戦の「集団自決」 教科書検定の県民大会から10年

 そうか、あの県民大会から10年か。

「軍が強制」の記述は復活せず 沖縄戦の「集団自決」 教科書検定の県民大会から10年(琉球新報)

 高校の歴史教科書から、沖縄戦の「集団自決」(強制集団死)での日本軍による強制を示す記述を削除した検定意見の撤回を求める沖縄県民大会が2007年9月に開かれてから、29日で10年となる。「歴史の改ざんだ」と県民から抗議の声が上がり、文部科学省は07年12月に記述を「日本軍の関与」として部分的に認めたが、「日本軍の強制」を示す記述は復活してない。
 文科省が06年度検定で「集団自決」の強制の記述を削除した背景には、慶良間諸島に駐留していた元日本兵や遺族らが「沖縄ノート」の著者・大江健三郎さんと版元の岩波書店を訴え「集団自決」の軍命の有無などを争った「大江・岩波」裁判があった。元日本兵らが「軍命はなかった」と裁判で陳述した。
 この裁判は「新しい歴史教科書をつくる会」の活動に代表される、従軍慰安婦や南京大虐殺などアジア太平洋戦争での日本の加害性を薄める歴史修正主義の流れに位置付けられる。高嶋伸欣琉球大名誉教授は「南京大虐殺などに続き、歴史修正主義の矛先が『集団自決』に向いた」と指摘する。
 文科省と検定審議会は、裁判でのこの陳述を参考に「沖縄戦の実態を誤解する恐れがある」との検定意見を付け、高校歴史教科書の5社7冊から「集団自決」での「日本軍の強制」を示す記述を一斉に削除させた。県内で抗議が広がり、県民大会には11万6千人が結集し、検定意見撤回と記述回復を求めた。
 県民大会後の同年10月、渡海紀三朗文科相(当時)は再修正を認める考えを示し、各教科書会社も再修正作業に入った。しかし文科省は「強制」の明示を認めず、各社は文案を何度も練り直す。ある社の編集者は「文科省は具体的に『こう直せ』とは言わないが、意図する記述に誘導するように修正を求めてきた」と調整の厳しさを語った。
 結局、07年12月に多くの社が、日本軍が住民に教育や宣伝をしていたことや手りゅう弾を配ったことに触れ、住民が「集団自決」に「追い込まれた」という記述で検定に合格した。
 検定意見の撤回はなされず、07年12月に文科省は「軍の命令によって行われたことを示す根拠は、現時点で確認できていない」とする「検定審議会の基本的なとらえ方」を出す。現在も「集団自決」を巡る記述はこの基準を基に判断されている。
 10年を迎えた今、実教出版教科書の執筆に携わった石山久男さんは「文科省の決めた枠内でしか記述できない。根本的解決には検定意見の撤回しかない」と語気を強めた。

 あらためて、この経過といまの教科書の現状をきちんと確認しておくことは、とても大事だと思う。沖縄からは、『県史』の発行を含め、くり返し、沖縄戦の実相について、日本軍が何をしたかについて、発信をしている。問題は、本土のメディアだと思う。無視するのではなく、どう共有し、みずからが発信していくのか。相当、深刻に考えないといけないと思うなあ。

2017/09/28

オスプレイ「危険」72%  配備5年世論調査 沖縄県民68%「撤回を」

 現実に根差した選挙であり、政治であるべきだということを考えさせられる。

オスプレイ「危険」72%  配備5年世論調査 沖縄県民68%「撤回を」(琉球新報)

 琉球新報社は23、24の両日、10月1日で普天間飛行場に米軍の垂直離着陸輸送機MV22オスプレイが配備されて5年となるのを前に18歳以上の沖縄県民を対象に世論調査を実施した。オスプレイの県内配備については68・7%が「配備をやめるべき」と答え、「配備が必要」は11・3%だった。オスプレイの安全性については72・7%が「危険だと思う」と回答した。8月のオーストラリア沖での墜落事故後、飛行自粛を求めた日本政府が短期間で飛行容認に転じた姿勢については8割が「評価しない」と回答した。配備から5年を経ても、県民の多くがオスプレイの安全性に対し不安と疑念を抱いていることが改めて浮き彫りになった。
 普天間飛行場の辺野古移設問題については、8割の県民が県内移設に反対する姿勢を示した。移設先については「国外」が最多の34・8%で、次いで「移設せずに撤去すべき」が24・3%、「県外」が21・1%と続いた。「辺野古移設すべき」は14%だった。「県外」と「国外」、「移設なしの撤去」を合わせた「県内移設反対」は80・2%となり5月の前回調査時より6ポイント増えた。
 政府は4月、辺野古新基地建設の護岸工事に着手した。国は翁長雄志知事の岩礁破砕許可を得ずに工事を強行しており、県が岩礁破砕の差し止めを求める訴訟を起こしたことについては過半数の54・9%が「支持する」と答えた。
 知事は辺野古の新基地建設を阻止するため「あらゆる手段を用いる」とし、仲井真弘多前知事が出した「埋め立て承認」を無効化する「承認撤回」を行う方針を明らかにしている。知事が明言を避けている撤回時期についても注目が集まる。調査では「すぐに撤回すべき」が42・8%と最多で、「さらに理由を重ね、いずれは撤回すべき」は33・3%だった。……

 そもそも、政治はゲームではないし、政治家の生き残りのためにあるものでもない! 現実にある、危険と苦悩に政治がどう向き合いのかだ。

2017/09/21

スクープドキュメント 沖縄と核

 たまっていた夏のNHKのドキュメントを、先日の日曜日に一気に見たぞ。

Thum_01 45年前の本土復帰までアジアにおけるアメリカ軍の“核拠点”とされてきた沖縄。これまで、その詳細は厚いベールに包まれてきた。しかし、おととし、アメリカ国防総省は「沖縄に核兵器を配備していた事実」を初めて公式に認め、機密を解除。これを受け、いま「沖縄と核」に関する極秘文書の開示が相次ぎ、元兵士たちもようやく重い口を開き始めた。そこから浮かび上がってきたのは、“核の島・沖縄”の衝撃的な実態だ。1300発もの核兵器が置かれ、冷戦下、東西陣営の緊張が高まるたびに、最前線として危機的な状況に置かれていたこと、さらには、「核」の存在こそが、沖縄への米軍基地集中をもたらす要因となっていたという新事実・・・。
 1950年代から急速に部隊の核武装化を進めようとしたアメリカと、国民の見えない所に「核」を欲した日本、両者の思惑の中、“唯一の被爆国”の番外地として、重すぎる負担を背負うことになった沖縄。新資料と関係者への証言から、沖縄と「核」の知られざる歴史に光をあてる。

 まさにスクープドキュメントだな。知らないことも多かった。とくに前半の伊江島の模擬爆弾投下訓練や、核の事故、日米交渉での日本側の発言など息をのむ。後半の、メースBの発射直前の問題は、太田さんかだれかが書いていたような気がします。読んだことがある。だけど、それにかかわった当事者の発言が生々しいのだ。このあたりもさすがの取材力。もう沖縄がなくなるぎりぎりの局面にあったと。結局、日米政府が沖縄をどう位置付けてきたのかの証明でもある。そのこともまた、いまの沖縄のたたかいの正当性を裏づけるものだと思う。さすがNHK。

2017/09/13

悔しさにじむ関係者 自治会、鉄格子設置を検討[チビチリガマ損壊]

 これは、あまりにもショックな事件。ひどすぎる。

悔しさにじむ関係者 自治会、鉄格子設置を検討[チビチリガマ損壊](琉球新報)

 沖縄戦で住民が「集団自決」(強制集団死)に追い込まれたチビチリガマが無残な形で荒らされた事態を受け、地元住民や戦争体験に詳しい関係者からは「人の心を持つ者のすることではない」「死者は(沖縄戦、30年前の破壊事件、今回で)3度殺されたことになる」など、やり場のない怒りの声が聞かれた。
 地元の波平自治会の知花安友会長(59)は現場を確認し「遺族会が毎年慰霊祭を行い、区民にとっても(犠牲者を)静かに弔うための大切な場所なのに、人の心を持っている者のすることではない」と悔しさをにじませた。「出入りに許可が必要な形にすることなども考えなければならないかもしれない」と入り口への鉄格子設置も検討する考えを示した。
 1983年にチビチリガマを調査し、実相を明らかにしたノンフィクション作家の下嶋哲朗さん(76)=東京都=は「(87年当時に)平和の像を破壊した右翼の1人の父は、当時の遺族代表だった比嘉平信さんの元へ『自分も沖縄戦の生き残りだ』と謝りに来ていた。比嘉さんは『死者は2度殺された』と話していた」と振り返る。チビチリガマに関し「過去を知り、現在の姿から未来を想像する象徴的な場所だ。2度、3度と殺された姿を保存し見せていく必要がある」と強調した。
 チビチリガマを描いた「沖縄戦の図」などを展示する佐喜真美術館の佐喜真道夫館長(71)も「今回で3度殺されたと言える。『沖縄の人間なら何度殺してもかまわない』という差別的な思いが感じられ不気味だ」と語る。暴力行為の背景に関し「沖縄戦の事実をねじ曲げ、辺野古への新基地建設を強行する政府の姿勢がこのような暴力行為を生む。歴史ときちんと対面しなければ、暴力はまん延していくばかりだ」と訴えた。

 チビチリガマをたずねたのは、もう15年前のこと。強制集団死の現場は、やっぱり圧倒された思い出がある。どんな思いで保存されている場であるのかを考えたら、こんなことは……。ただ、それも時代の1つの反映。そのことがとても気になる。沖縄の思いに向き合わない政治と社会…。

2017/08/07

「貧困と暴力」を越えて、子どもたちを大切にする学校・社会へ

20545183_1505862169474523_38936973420170807_130334 土曜日は全進研。上間さん。本についてはいろいろ書いたし。ウジウジしているボクは、こういう実践の前ではうろたえる。自分にはできないし……。なんとなく、自分をあきらめたくなる気分になる。でも話を聞いたりすると、やっぱり自分をあきらめないことも大事だなあと思い返す。自分の仕事と言うものもあるのだし、そこでの役割を低くみても仕方がなし。なかなか生きづらい、自分をどのように処するのかも難しい時代だけど、うろたえ、悩みながらね。


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