経済

2017/06/21

無言宣伝 京都・北野白梅町駅頭月曜日のアサ

9784903882857 毎週月曜の朝、(京都市北区の嵐電北野白梅町の駅前で、秘密保護法や戦争法に、無言でチラシも配らずに反対を表明してきたたたかいの記録。無言であっても、沈黙ではない。二〇一三年、車いすに乗る障害者である井上吉郎さんが始めたたたかいだ。
 無言宣伝が終わるたびにFacebookに書き込んだ報告(Ⅱ章)を読むと、それがいかにたたかいを広げ、情勢を切り開いてきたのか、そして、人を結びつけ広がってきたのかがよくわかる。いまでは、無言の宣伝は、スタンディングなど各地で多様におこなわれている。もの言う市民のありようは多様に広がった。Ⅲ章はこのとりくみに参加した人々による証言。「微力かもしれないが、無力ではない」という思いと決意にあふれているその思いが未来をつくる。


子どもの貧困、日本下位 先進41カ国、ユニセフ調査

 共同配信のこのニュース。1週間ほど前のものだけど、知らなかったなあ。もとの調査もまだ見つけられていない。

子どもの貧困、日本下位 先進41カ国、ユニセフ調査(東京新聞)

 国連児童基金(ユニセフ)は14日、先進国中心の経済協力開発機構(OECD)や欧州連合(EU)に加盟する41カ国の子どもの貧困や不平等の状況を順位付けした報告書を発表した。対象にした10分野のうち、日本は「貧困の撲滅」で23位、家庭の所得格差を比べた「不平等の削減」で32位と下位だった。
 日本は「飢餓の解消と栄養改善」や「働きがいのある人間らしい仕事」の分野でいずれも1位だが、相対的な貧困割合や所得格差に課題を残した。日本のデータを提供した首都大学東京の阿部彩教授は「特に底辺に属する子どもの状況が厳しいことが分かった」と指摘した。

 「飢餓の解消と栄養改善」「働きがいのある人間らしい仕事」が1位というのは、首をかしげるし、ほかの先進国が、すごくいいというわけではないのだろうしなあ。だけど、困難な状況にいる子どもたちへの施策が大きく遅れていることは、明白な現実だろうなあ。

 

2017/06/17

第6回子どもの貧困対策情報交換会

19143774_1451970068197067_79254040419095665_1451938521533555_637217365 今日の午後は、ここ。内容は大田と沖縄。いろいろ考えた。とりわけ、3つの点。やっぱり、この実践と知恵はすごいなあ。報告だけではなく、議論を聞いていておもしろかった。2つめには、大田と沖縄というまったく条件のちがうところの報告(両極端といってい)を聞いて、いやおうなしに、国の役割を考えた。ナショナルミニマムというか、社会福祉における国の責任というか。そして、3つめに、南風原の実践の踏み込み。これは聞いていて、涙が出るほどすごかった。あとで課長さんと話したけど、これはどこでもできるって。たぶん、理念の力だな。そこが大事だとも思ったなあ。


センター試験後継、大学に波紋

 もりあがらないけど、結局は、社会全体が振り回されることになる。そして疲弊する。これもまた、文科省ではあるのだけどなあ。


センター試験後継、大学に波紋(朝日新聞)

 大学入試センター試験の後継となる「大学入学共通テスト」(仮称)が、大学に波紋を広げている。国立大学協会(会長=山極寿一・京都大総長)では、英語で民間試験を活用する文部科学省の実施方針案に賛否が割れ、日本私立大学連盟(会長=鎌田薫・早稲田大総長)も記述式の問題について懸念を表明している。
■英語、民間試験を活用 移行時期、意見割れる
 「英語の廃止についての意見は、全く割れた」
 14日、東京・神田の学士会館で開かれた国大協の総会で、入試委員長の片峰茂・長崎大学長が報告すると、出席していた学長たちからどよめきが起きた。
 文科省が打ち出している入試改革の大きな目玉は、英語で「読む・聞く・話す・書く」の4技能を測ることだ。このため、民間試験を活用する方針で、実施方針案では大学入試センターが作ってきた従来の「読む・聞く」の英語の問題について(1)新テスト開始時の2020年度から廃止し、民間試験に全面移行する(2)制度変更の影響に配慮して23年度まで残す――の2案を提示し、6月末までにどちらかを選ぶとしている。
 5月中旬の実施方針案の公表を受けて、国大協の入試委員会は、86国立大学のうち大学院大を除く82大学の意向を調査。(1)(2)に加え、(3)「大学入試センターによる英語の問題を23年度まで残すが、リスニングのみ20年度から廃止」の独自の選択肢も示した。その結果、(1)は34・1%(2)は29・3%(3)は18・3%といずれも過半数を満たさなかった。さらに「その他」も18・3%で完全に意見が分かれた。
 国大協は新テストについて基本方針の暫定案をとりまとめる予定だったが、「様々な意見、懸念、疑念が提出された」(片峰委員長)として断念。英語試験の廃止を現時点で決めることは「拙速」で、20年度の民間試験の活用状況を検証して判断すべきだという意見書をまとめるにとどめた。民間試験の内容が学習指導要領と合っているかや、受験生の経済的な負担の軽減策などについて文科省に説明を求める内容も含めた。
 総会でも、ある学長が「私学が使う気がないと、国立大だけが4技能試験をやることになる。やりたい方式を打ち出さないと」と発言した。しかし、別の学長は「20年度の新テスト実施は受けないという心づもりも含めて対応してほしい」と述べ、考え方の違いがにじんだ。
 総会では「4技能試験を国か入試センターが責任を持って作るのが本当かなと思う」と述べた片峰委員長も、記者会見では「50万人の受験生の4技能を測るには、民間試験を活用するしかないことは理解している」と語った。今後については「文科省に投げたボールにどんな答えが返ってくるか。着地点を早く見つけることで国大協は一致して改革に貢献できる」とした。
■国語・数学、記述式の導入 成績、提供遅れを懸念
 国大協は各国立大学へのアンケートで、文科省の実施方針案全体への意見も聞いた。回答欄には国語、数学で新たに導入される「記述式」の問題への懸念や、記述式問題の採点などに時間がかかることから文科省が「成績提供を、センター試験より1週間程度遅らせることを検討している」としていることについて、不安が並んだ。……

 内容面で、記事は、英語の試験と、記述式に注目する。また、私学が、「国語と数学の記述式問題については、難易度が高まると、多くの私立大が受験生の力を十分測れなくなる可能性を指摘し、作問や評価の工夫を求めた」と。これはなかなか、深刻な問題。ほんとうに、学生のためはもちろん、大学のためになるのか。ひいては社会にとってプラスになるの。混迷しているなあ。

2017/06/12

2017年 第42回『視点』

Shiten2017_exb 土曜日は、こちらに。毎年のことだけど、仕事として行くのはあと何回ぐらいかなあ。
 さて、今年は、組み写真が多い気がした。それぞれテーマをもった写真が多い。時代を切り取るということになると、見えるものを、その本質まで抉るように見せる写真と、見えないものを想像力をかきたたせながら見えるようにする写真とがあるのだろうけど。そういういろいろな写真がある。どこまで、迫れているのかは、どうだろうか。ただ、問題意識や、撮りたいものをあれやこれや考えている姿勢などはよくわかるなあ。と共感できる写真も結構あったけど。レセプションで、知り合いの写真をとっていた人などとのおしゃべり。超ベテランの大先生とも。家に帰って、その被写体になった人ともしゃべる。


2017/06/08

私たちのこれから #子どもたちの未来

 先週のNHKスペシャルは子どもの貧困。うーん。番組の途中で、チャンネルを変えた人が多かったんだろうなあ。

Thum_01 市民参加の討論番組「私たちのこれから」、今回は「子どもたちの未来」を取り上げる。「あなたは、自分の将来に明るい希望を持っていますか?」―― 日・米・英・韓国など7か国の若者を対象に、日本政府が行った意識調査によると、「明るい希望を持っている」と答えた日本の若者は62%。80%以上の他の国を大きく下回った。こうした状況に大きな影を落としているのが、6人に1人の子どもが相対的貧困の状態に置かれている問題。この状況を放置すれば、子どもの教育や成長に著しい影響を及ぼすだけでなく、社会全体にも大きな損失を及ぼすという試算もある。一方で、海外の研究では、解決の秘策が幼少期からの「早期介入」にあることもわかってきていて、日本でも幼少期の支援を充実させる方策が議論され始めている。日本が、すべての子どもたちが未来に可能性と明るい希望を持てる「公正な社会」であるために、「貧困の連鎖」をどう断ち切るか。番組では、専門家・市民による徹底討論、そして生放送での視聴者の声を交え、今打つべき対策を具体的に探っていく。

 実態編はこれまでのおさらいのような話で、あまり深めたような話はない。ではどうするのか、の対処編は、やたらと「公平」ということが強調される。貧困な子どもへの支出が増えれば、消費税も公平な負担だということまで、主張されてしまう。いつのまにか、そういう議論が強まり、税の再配分、累進課税という問題が、明らかに骨抜きにされているのは注意が必要だなあ。加えての実践編は、ジェームズ・J・ヘックマン。ノーベル賞経済学者だけど、こちらもその公平性。幼児期の教育の重要性に注目するのは、大事なことだけど、幼児教育の制度も、社会的な環境もちがう日本とアメリカで、そのまま議論を持ち込むのはどうなのだろうか。ヘックマンの議論への疑問は、山野良一さんが、『岩波講座 教育 変革への展望3』で書いていたので、ぜひそちらを。しかも番組の解説は、竹中さんの弟子の、中室さん。エビデンスを掲げ、『「学力」の経済学』で売れた人ね。いつのまにか、この言葉も、恣意的に、経済的に強い人の意のままに使われていく感じがするなあ。というわけで、子どもの貧困に向き合うということからすれば、かなりしんどい議論になっていく。「私たちのこれから」は、これが最後だった。うーん。何という幕切れなのかなあ。

わたしの話を聴いてほしい

 4月にNNNドキュメントで放映されたもの。やっと、見ることができました!

Oa_170430600x338 昨年7月、神奈川県相模原市にある障がい者施設で19人もの命が凶行によって奪われた。事件後、1人の映画プロデューサーが動きだす。向かったのは、13年前に撮影した障がい者施設「びわこ学園(滋賀)」。そこには、重度の障害を抱えながらも離れて暮らす男性を思い続ける女性や、目や手のかすかな動きを頼りに"声なき会話"をする親子の姿が。不自由な体から絞り出される言葉に込められた、今だからこそ伝えたい思いと願いとは。

 びわこ学園で暮らす、重度の障害者たち。すごいなあ、不自由だけど、自由に生きている。ボクらは、よくタテの発達と、ヨコの発達と言ってきたけど。竹内さん流に言えば、上への発達と「社会と文化の水平的展開」。いずれにしても、そういう関係性のなかでしっかり豊かに生きる姿がそこであるし。時間の流れ方もまったく違う感じがする。悔しさや悲しみも、喜びもしっかりそこにある。ボクには、まったく知らない、見えない世界と生き方。これからの社会をどうつくるかということのビジョンを考えるとき、そういう見えない世界への想像力というものがないとダメだし。自分には見えない世界があることをしっかり自覚しないといけないなあと、とりわけそう思った。

2017/06/04

シンポジウム・貧困と特別ニーズ教育

18891490_1437249289669145_292772090 今日はちょっと問題意識があり、このシンポに行ってきた。SNE学会の中間集会。そもそも教育の場ではなかなか貧困は語られない。子どもの貧困の集会でも、学校関係者はほとんど参加がない。だけど、子どもの貧困対策法などのフレームは、学校がプラットホームと位置付けられている。では、この課題を教育の側がどう引き受けるのか。大綱で書かれていることは、メニューとしては、生活困窮者支援法によっていて、それが羅列されている、だけど、それを学校でどう引き受けるのか。『現代思想』で山野さんは、対策が教育に偏重していないかと問題提起されていたが、それをどう考えるのか。
 学会のシンポなので、運動より外側の人の議論とうのもちょっと興味があった。シンポジストは、SSW、保健室、通常学校、支援学校となかなかの人選。報告のそれはそれで、なかなかいろいろ考えさせられる。それを学校というところに流し込んで、政策的課題ということで、いろいろ設計図を考えると、とたんに息苦しくなる。それはなぜなのか。うーん。たぶん、いまの学校のありようとなかで議論を組み立てると、とたんに子どもが不在になる。親が入れなくなる。そんなことを考えさせられた議論だったのが、ちょっと発見でもある。そして、ここから、よく考えなければならない問題が見えてくる感じもする。学校というユニバーサルな場で、一人一人の子どもの発達や経済的困難に即した支援をどう組み立ているのか。それがなかなか難しいことをどう変えていくのか?そのための議論や合意はどうなっていくのか??
 結構、難しいなあ。シンポは議論で、ぐっと絞られていくというのではなく、むしろ、手探りの議論。それそのものが、たぶん教育の側の手探り差のすがたなのだろうなとも思った。そういう問題意識がむくむくと。関係者の議論にとどまらず、学会という枠組みで議論に取り組んでいるところが、大事な点だと思う。続きの本大会も行こうかな。
 


2017/06/03

全生園へ

Dscn1317 今日は全生園に。写真は、旧少年少女舎。ハンセン病児問題にかかわって、いろいろ必要なものを。そして、その舞台の一つである、少年少女舎にいた見た。朽ち果てたたてもの。全生園も暮らしている人もすっかり少なくなった。日本の負の歴史の現場。と同時に、ハンセン病問題は決して終わったわけではない。それをどう伝えていくのかも考えた。


2017/05/31

東日本大震災 避難者10万人下回る 6年2カ月で復興庁

 真実を隠すという点では、これなどは典型で…。

東日本大震災 避難者10万人下回る 6年2カ月で復興庁(毎日新聞)

 復興庁は30日、今月16日時点の東日本大震災の避難者が、全国で9万6544人になったと発表した。震災直後の推計47万人から6年2カ月で、ようやく10万人を下回った。東京電力福島第1原発事故による避難指示の一部解除に加え、自主避難者の住宅無償提供が3月末で打ち切られ、避難先の民間賃貸住宅を退去した人などが数字上、避難者数に計上されなくなったことが要因だ。
 福島県内の避難指示は、帰還困難区域を中心に7市町村で約2万4000人を対象に継続中で、自宅に戻るめどは立たない。津波被災地でも復興が遅れている地域があり、今も仮設住宅などで避難生活を送る被災者も多い。生活再建に向けた一層の支援が課題となる。
 避難者数は4月13日時点の前回調査と比べ、約1万2000人減った。避難先は47都道府県の1061市区町村。都道府県別では福島の減少が大きく、8653人減の2万3897人。宮城は2307人減の1万8706人、岩手は833人減の1万2694人だった。
 施設別に見ると、仮設住宅や公営住宅などが7万7433人、知人や親族宅1万8825人、病院に286人。
 復興庁は、避難者が現在暮らしている自治体からの報告に基づき、毎月の人数を集計している。原発事故の避難区域以外からの自主避難者を含めるかどうかについては明確な基準を示しておらず、事実上、自治体側の判断に委ねている。
 復興庁の担当者は「避難生活が長期化する中で被災者の体調が悪化しないよう、仮設住宅入居者へのケアを続けていく」と話している。

 避難中の方も「どうやら私、数から消された」と言っている人がいる。弁護士の小口さんが書いているけど、「国が3月末に『避難している人』に対する支援施策を一方的に打ちきった結果、支援施策を受けられている避難者数の人数が10万人を切ったという意味に過ぎ」ないのだ。つまり、「政府が避難者と認めている人の数が10万人を切った」ということ。ポスト・トゥルースの政治のひとつの典型的なあらわれだとしか言いようがないなあ。酷すぎるし、だからこそ、メディアの役割が問われているということだろうけど。

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