経済

2026/07/13

「スパイ 機密と監視の境界で」

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 今日は移動日。朝、なかなか動けない自分を感じながら、もしかしたら、こんな感じは、ずっとあったりなかったりんおかなあと思ったり。その頻度が強くなっているのはそうだけど。こんなもんなんだ、それにあわせて生きていくしかないんだとおもうことが大事だとおもったりして。まあ、気楽に行きましょう。だけどね、もう疲れたってなったら全体ダメなんだと思う。疲れはしかたながいと思いつつ、そこは強い気持ちで、やることは、少しずつでもやると、ならなきゃって思ったり。まだまだ、がんばらないといけないし、がんばれるんだしね。

 資料もボチボチ読む。取材先への移動は、結構長い。この地に来るもの、これが最後かなあなどとも思いながら、しっかりやる決意で。

 出張先では、人と会う用事がなければ、夜の食事は一人。外食の文化はあまりもっていないので、コンビニが多いなあ。ご当地ものを買ってきて、夕食。ついでに久しぶりにご当地のお酒。

 「スパイ 機密と監視の境界で」を見て、あまりにものくだらなさに、腰を抜かす。取りあげられているロシアや中国の手法も、いわゆる古典的なもので、そんなもの日本でも以前から散々、警察などがおこなってきたものだし、おそらく日本も海外で情報収集の名でおこなっていることではないかとか。ちょっと考えてみてほしい。ボクらは警察によるスパイ工作をどれだけ経験し、目の当たりにしてきたか。そんなことおかまいなしに、中国とロシアのスパイの危険をあおる煽る。日本の権力がおこなっているのは、スパイに対抗するための情報収集で、国内にかぎられていたり、スパイ防止法なども含め、監視社会が懸念されるが、もちろんその点は大事だが、同時に、監視に国民が動員されていくような社会になること。同時に、情報戦はさらに高度化されていき、それを政府・官邸が独占する国家になっていくのだけど、そういう視点はまるでない、お気楽な分析。安全保障の名のもとに、国家・官邸が情報を独占する社会を想像してみればいい。同時に、安全保障を名目に国家間で競い合えば、この面でも際限のないものになっていき、危機と緊張はいっそう激化する。権力の動きを第三者機関で監視と言うのは、大事な視点であることは否定しないが、安全保障を名目に行われれる以上、それでは抑えきれない面も大きいとも思う。そういうことも含め、のんきに考えてはいられない課題ではあるのだとは思う。

 

2026/07/11

「大阪教育集会2026」

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 週の配達をしただけで、汗だくになった。家にいても暑いから、とりあえず職場に向かうことで体を動かす。ダルいなあ。職場で資料をそろえたけど、職場もそうはいっても仕事をするのに落ち着かないので、午後のオンラインについては、自宅で聞くことにする。暑さをしのぐことを含め、居場所はなかなか見つけ出せそうにないなあ。

 それでも去年とか、ここ数年に比べると、まだ暑さはましなのかもしれない。これからが大変になるということ。いじれにしろ、こころして、夏を暮らす。

 

 午後は、歴史関係の国旗損壊罪のシンポジウムもあって、もう一方で、教科書ネットなどの「大阪教育集会2026」で酒井邦嘉さんの講演があって、なかなか悩ましく、大変だった。酒井さんの話は、今問題になっている教育へのデジタルの広がりやAIの導入が、どのように影響をあたえるのかの話。手足の動きと脳への刺激と言った狭い話ではなく、日本の言語を通して学ぶことと脳との関係の話。キーボードか紙かの話も、黒板の意味、読書の意味など、ボクたちが実感として感じていることが、関連付けられていて、とても面白かった。買ったままになっている本も読まないといけないなあ。

2026/07/10

寝苦しい夜になってきた

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 寝苦しい夜になってきた。体を維持するのがたいへん季節になってきた。朝、早く目覚めると、もう眠れないなあ。

 

 今日は提稿1本。少し、次の企画を具体化するための作業などなど。もうちょっとしっかり、進めないとなあ。

 お昼には、入党50年のお祝いの会。ちょっと、そんなの得意じゃないのだけど、節目に振り返るのも大事だと反省し、そこし振り返ってみる。振り返れば振り返るほど、なんとなく活動してきた感じがする。だけど、考えてきたこともあるわけで。でも、それも人に語るようなことではないなあ。まあ、残された日々も、自分なりに、じっくりやっていくしかないわけだしね。

 ニューヨークのマブダニさんの話をいろいろよくなかで、ニューヨークで、左翼がじわじわと影響を広げてきた、その背景にある巨大開発などについての文献を読んだりする。そのときに、日本はどうだったのだろうか。東京などの都市も確かに大きく姿を変えている。同時に、この時期は、日本の場合、経済発展に大きく失敗、停滞した時代で、それが都市部に、さらに地方に、どう影響を与えたのかも考えないといけないなあ。そういうなかで、日本型の修正新自由主義がどのように展開してきて、いま、どこに向かおうとしているのか。いろいろ考えるべき点が多いのはまちがいなさそうだななあ。などなど。

 いろいろし忘れていることも多いので、土日をどうするかはよく考えないといけなさそう。

 

2026/07/08

最終盤の国会

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 朝から電車がとまったり。なんだか通勤電車は、みんな意固地になって、動かない人が多い。もっと詰めてくれればいいのになあ。そういう余裕のなさがちょっと、つらい。朝からやっぱり暑い。

 今日は、職場でたまった実務をやったり、病院にいったり。こちらに戻ってくると、暑いということもあるし、いろいろストレスフルなことも多く、とたんに睡眠は悪くなる。お昼の間に、うまく休む方法を考えたり、うまく生活をおくる術をみつけないといけないなあ。無理はせず。午後、眠たい中、うつらうつらしながら資料を読む。2種類の資料をよみすすめたが、いずれもおもしろい。効率的にどんどんよみすすめることはできないけど、ゆっくり、いろいろ興味をそそられながら読むのも悪くはない。そういう余裕があればいいのだけどねえ。感想は、まだ企画化の途中なのでかかないけど、いろいろおもしろい材料にはなるんだけどね。

 

 国会最終盤。定数削減は先送りして、という妥協策で、国会は閉幕するようだ。取引も含め、もう理屈や道理と言うものではなくなっている。論理的に、主張して、それを広く訴えるというもので政治がなくなっているということが、いちばんしんどい事態なのだと思う。定数削減は、もう文字通り党利党略だし、副首都構想なども、議論の進め方まで滑稽な話になっているし、国旗損壊罪など、発言がはずかしくないのかしらとさえ思ってしまうほど。皇室典範など首相自身が、126代の歴史が云々などいっちゃうんだから。国会のいびつさをどう、共有していくのか? 閉じた後も、どのように今度の国会を語っていくのか。ニュースなどもすっかり、まともな取り上げ方をしなくなっているので、ほんとうに頑張らないといけないのだろうけれどなあ。

 

 きのうBSで「ホワイトマン・ウォーキング 分断されたアメリカの素顔」を見た。黒人の権利を求めるBLM(ブラック・ライブズ・マター)運動のTシャツを着た白人の映像作家ロブ・ブリスが、アメリカ南部から首都ワシントンまで徒歩で旅をするドキュメンタリー。根深い人種差別や分断が残るアメリカの現状におどろく。行為そのものが危険を伴う挑戦。強い緊張感の中で撮影。多様な対話の記録だが、対立の深さがつらい。ほんとうに、ボクらの生きている時代の大変さにむきあわないといけない。

2026/07/07

8月号ができました

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 移動日。朝から飛行場へ。そのまま職場に。いつも思うけど、北の国と東京都ではあまりにも風景が違う。人が多い。しかも若い人が多い。映るものは、刺激的。それだけで、疲れる。

 

 今日は会議日。ここ数日、考えていたことをいろいろしゃべる。ほんとに、企画に結び付けるところまで熟していないのがなさけないのですけどなあ。

 

 さて、8月号ができています。今月は、まず角田さんの性売買――買春者処罰をどう考えるか。ポイントは、性売買とは何かというところをしっかり押さえること。歴史と現状、読みごたえがあります。中嶋哲彦さんに「同志社国際高校に対する不当な支配」。文科省の教育基本法14条の解釈のおかしさを、歴史も踏まえながら、緻密に分析した重要な論考です。児美川さんには、「次期学習指導要領ですすむ公教育の”溶解”」はデジタル、AI、民間企業参入などから、学校の姿が変えられようとしている現状を明らかに、そして田中さんに「世界の動向に逆行する『デジタル学習指導要領』」デジタル学習指導要領とは何か、世界でも北欧はもちろん、アメリカでもデジタル活用に規制をすすめている現状を報告。山田さんには、百武日記から、昭和天皇の戦争を考える2回目。日中戦争の展開の時期を見ます。そして、大澤、児玉、吉水座談会の下で、あらためて、外国人政策の現状と誤解を明らかに。今月も読みごたえはものすごくあると思います。

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2026/07/05

君のスピードで ―希望がくれた贈りもの―

 のろのろと動く相方を横目で見ながら、家事からスタートの日曜日。昨日は少し遅くまで起きていたので、今日は体もだるい。薬の副作用もあるのかしら。

 あまり仕事という気分ではないので、仕事は最低限。とりあえず、ボーっとすごす一日となる。本も全然読めない。

 この歳になると、仕事をしていても、いつもあと、どれだけの仕事ができるかなあということを考えるようになる。ほんとうに、これからやる仕事はいずれにしても限られていると思う。体力的なこともあるけれど、いつも言うように能力的なこともあって、だから、残り少ないから、とにかくいいものをということにはなかなかならず、力足らずだなあということをいつも感じながらの仕事になる。それでも、できる限りのことはとは思っているのだけれどねえ。なかなか、難しいところ。いろいろやきもきしてもしかたがないので、とにかくがんばるということを自分に言い聞かせるんですけどね。だけど、何をやっても不器用だから、時間の使い方も、ボーっと仕方も不器用なのがつらいところ。

 食事をつくったりするが、こちらも才能ないなあ。出汁をとったりするのだけど、味付けは全然ダメ。基本味のわからない人間だから、おいしいものはつくれないなあ。とにかく、つくったものを食べてもらうという感じ。今日は、とくに、味はもう一つだったよなあ。

 

 昨日は、ETV特集 「君のスピードで ―希望がくれた贈りもの―」を見た。エンドロールで、筆頭に取材協力者で戸田さんの名前が、でまずおどろいた。北海道・帯広に暮らす杉田希望(のぞみ)さんという、独特な観察眼と色彩センスで唯一無二の作品を描く自閉症の方のドキュメント。父の一司さんは、その悪戦苦闘の日々を『君のスピードで』と題した日記に書き残してきた、その物語。周囲との関係の獲得が、ときにおかしく、同時に、子ども同士の自然さもあって、感動的。その36年の記録だけど、小学校時代、そして最近の施設の話が中心で、多くの時間はとんでいる。ともすれば、全寮制の高等養護学校はちょっとひどいところに映ってしまう。が、実際に、そうした思春期の時代のことはほとんど触れられていない。それでも、子ども時代を中心にその育ちの人間関係はとても、ほほえましく、あたたかいし、そのことを通して、ボクらがまなぶことは大きいなあとは思った次第。

 

 相方への励ましは感謝です。かなり、普通に戻りつつあります。もう1つにゆっくりして、それからはたぶん通常モードかな。ボクのほうも、しっかり、エンジンかけないと。

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2026/07/02

ハンセン病療養所のこれから

 なぜか、北の国に来て、鼻がじゅんじゅん、目もかゆい。何かしらのアレルギー反応か??? 目薬をさしたり、昨日から、抗アレルギー剤を飲む。と、たしかに鼻のじゅんじゅんからは解放され、かゆみもおさえられたのだが、ものすごい胃の不調、だるさ、眠さが…。うーん、今日は、ほんとに最悪の一日になってしまった。でもって、横になっていると、だいぶ楽になった。稲なのか、何なのか。原因はもう一つはっきりしないが…。化学物質とか??? よくわからない。

 

 今日も待機の日だけど、そんあわけで、全然、思うようには仕事はすすまず。残念な日。

 昨日のあさいちで「若者の貧困」。番組をみていて、世代間にそれが引き継げられていることも感じる。いまから20年度前に、貧困問題が社会的に注目されたが、そのころのはすでに子育て世代の貧困があり企画化したことも思い出す。学生の学費や、奨学金などもそのまま。番組をみながら、さらには、いまの貧困の様相がどうなっているのかが気になる。若者の姿も多様で、しかし、そのなかで貧困が広がっている。トータルにデータというものを知りたいと思っているところ。なかなかそういうものが見当たらないなあ。

 

 さて残念な日は、やっぱり読書かな。徳田靖之さんたちが書いた『ハンセン病療養所のこれから』を読む。国よる「絶対隔離政策」で社会に広がった差別意識。その責任が問われ、国は、療養所の入所者が最後の一人になっても責任を持つことを約束していますが、今後、実際にどうなっていくのか。療養所の将来と入所者の今後に対する国の責任を問うのが本書。

 永続化というのが、キーワード。入所者の「医療・介護の面倒をきちんとみる」こととともに、人権抑圧の歴史をどのように伝えていくのか。歴史的なものと言えるようなものも、すでにうしなわれはじめている。何年か前、清水先生に命令されて、探しに行き写真をとった、全生園の少年少女舎という子どもたちが住んだ場所も、もうすでになくなっている。実際に元患者は多くは90代で、生存者も少なくなっている。だからこそ、国の責任の問い方、この場所がどのようにこれからの世代に残されていくのかは、私たちが人権というものにどう向き合っていくのかということと本当に一体。各地の人たちや自治体の模索も学べてとてもよかった。

 しっかり元気をとりも出さないとね。

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2026/07/01

そう簡単に解決するわけではない

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 今日も、家族的責任、待機が中心の一日。自分の体のいたわりにも使う。

 その時間に、これからの企画のための読書にあてるが、ほんとうにこの間の勉強不足が露呈していて、なかなか中身を理解できなかったりして、呆然となる。これじゃあためだなあとつくずく思う。だけど、それを取り返すのには相当努力がいるのだけど、短時間ではなかなかすすまなかったりするなあ。

 少し頭を落ち着かせるために、少し資料作りなどをすすめたりもする。

 

 悶々とした状況はそう簡単に解決するわけではないが。

 

 今日の朝日のオピニオン欄で「(インタビュー)解消法10年、絶えぬヘイト 川崎市の在日コリアン3世・崔江以子さん」が掲載されていろいろ議論になっている。榎さんのコメントへの批判もSNS上で出ている。ボク個人としては、崔さんのたたかいや発言は共感するし、榎さんの議論をよしとする立場ではない。ただ、榎さんの議論を頭から否定するような議論は、少し冷静ではいたいと思う。もともと、表現の自由をめぐっては、川崎の条例の際にも、ヘイトスピーチ禁止法についてもかなり激しい議論があった。その背景には、日本における表現の自由と権力の関係があってこそでもある。アメリカの経験を機械的に紹介するのはどうかという意見もあるけれど、アメリカの紹介の文献などを見ても、当時の日本の表現の自由と権力の関係を念頭においての議論が多かったように思う。だから何を言いたいかというと、きちんと、いま、どのような人権侵害があるのかというところから出発して議論をするのかがまず大事なのではないかと思う。ヘイトと人権をめぐって、具体的にも一般的にも何がおこっているのかを。そんなことを考えたりする。



2026/06/30

「悲しみのピーア 海底炭鉱で待つ183人」

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 久しぶりの青空。家族的責任を果たす日。とにかく、待つのが仕事。とりあえずは今日の責任は果たしたところ。無事、終わってほっとはしているけれども、まだまだ落ち着かないところ。


 その役目が終わった後は、待っている時間もそうだけど、とにかく、資料を読む。そのなかでいろいろ考える。新自由主義の修正の展開。アベノミクスの継続・継承と飛躍。などなど。アベノミクスは、明確な経済理論というか、経済再生の姿を描けなかったものだったので、かなり下世話な経済政策がとられたという感じ。それがお友達経済だったわけで、その下世話さは引き継がれているような印象。だけど、手法的には同じでも、安全保障の名をまぶすことで、少しスケールを大きくしているのかとも思えてくる。いずれにしろ、そこには政治の末期的姿と、経済のゆきづまりしか見えてこないのだけれども。地方自治体がそういった修正新自由主義推進の役割を果たさせられようとしている現状を、住民の生活を守るものにどう組み替えていくのかがこれから問われていくということなのかなあとも思ったりする。


 考えてみると、ことしも半分が終わった。その最後の日は沖縄の宮森小の事故の日でもある。今日は少し、沖縄とのやり取りもあった。そのほか、先の企画の相談もいくつか。また、企画化まで距離があるものばかりで、どう手を付けていくのか、自分のなかでなかなか整理もされないところ。あれこれ、あたふたとやっている感じ。


 今日は国会で、長生炭鉱の水非常を歴史に刻む会が政府と交渉。引きあげらて遺骨を日韓両政府で鑑定を急いでいるという発言はあったが、調査には直接は乗り出す予定はないというのが返答。鑑定は急いでほしいが、なぜ、調査をしないのか。安全面で検討が必要ならば、その安全面での検討に乗り出すべきだ。そんな思いもあって、先日、山口放送で放映された「悲しみのピーア 海底炭鉱で待つ183人」を見た。とても、切なく、つらい番組でもある。だけど、長生炭鉱で戦争中の水没事故で朝鮮人を含む183人が亡くなったその遺骨の調査は、いろいろな困難があっても、一つ一つ解決してすすめるのが歴史的な責任でもあるはず。いろいろな人の思い、困難を前にした葛藤もあるだけに、何とか、前に進めてほしいもの。この日本社会が抱える歴史の責任はしっかり向き合いたい。北の地でもそれは同じ。



 


2026/06/29

昨夜、胃が…

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 相方のリクエストで、昨夜は、四川料理。結構辛い、麻婆豆腐。結構、辛いのに弱い??? 最近胃腸の調子ももう一つだし、大丈夫かなあと思っていたら、夜に胃が痛くなって、ちょっと眠れない(苦笑)。

 今日は、午前中は、家庭責任をはたす用事だったけど、睡眠不足で…。午後、仕事に移ったけど、その効率の悪いこと悪いこと、トホホの一日だったりして。しゃあないなあ。

 

 昼に、いろいろ電話で討論したりもしたけど、悶々とする日は続く。先日も書いたように、ほんとうに悪法が続く国会だが、それに対して、こちらがシャープの議論をできているのかが悩ましい。何度も言うように、十分な企画化もできていないし。

 国旗損壊罪にしても、皇室典範にしても、明治の日にしても、何でそんなものが、そんなやり方ですすめられるのか。それを通して何をやろうとしているのか。

 大きく見たときに、高市政権がやろうとしているのは、強権的な国家を、軍事に傾斜することでつくって、アメリカの軍事戦略に呼応することと同時に、日本の大企業がすすめようという国家主導の新自由主義をすすめることなんだろうけれども。それをすすめながら、その先に、憲法を変えることなども視野に入れいる。では、そういう政権のめざすものと、国旗損壊罪や皇室典範はどうかかわってくるのか。わかったようなわからないような話。衆院では圧倒的な議席をもちながら、参院では少数。その弱点を、こうした問題では、中道などが反対しないことを見越しての分断の対策なのか??? そもそも、軍事・国家主導を強めることで、国家改造をすすめようとしているのだから、そのすそ野を崩そうとしているのか。

 政権には根本的な弱点がある。衆院で議席を大きく持っているし、支持率も相対的にはいまだに高い。しかし、一方で、有権者はそのすべてを支持しているわけではなく、いろいろな違和感や、疑問も内包していることは、世論調査の流動化や今日の杉並の区長選にも表れている。政治は一路右傾化しているわけではないし、リベラルがすべて忌避されているわけでもない。有事への不安の一方で平和への強い願いや、新自由主義を内面化しつつ、ここまでの格差や人権抑圧には、疑問も感じている。まだまだ、やっかいな意識状況だけど、単純ではないけれども。だからこそ、もっともっとするどく政治的な議論ができるようにならないといけないし、そのために、いろいろしったりしないといけないのだけれどもなあ。

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