メディア

2009/10/14

記者の目:普天間問題、沖縄の民意を見極めよ 上野央絵 に思ったこと

 今日の「毎日」の記者の目に、次のような記事が掲載されていた。

記者の目:普天間問題、沖縄の民意を見極めよ 上野央絵(毎日新聞)

 鳩山政権が米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)のキャンプ・シュワブ沿岸部(名護市)への移設計画を巡って揺れている。野党時代に「県外・国外移設」を訴え、先の衆院選マニフェスト(政権公約)でもこの問題を含む米軍再編に「見直しの方向で臨む」としたが、米側が見直しに慎重なためだ。しかし、普天間問題への対応は外交問題である以上に、自公政権のあり方を根本から見直す「政権交代」の象徴。鳩山由紀夫首相自らが強調する「沖縄県民の意思」をじっくり見極めて結論を出すべきだ。「11月のオバマ米大統領来日までに方向性を」などと焦る必要はない。…

 中途半端な、あいまいな答えは許されない。だから記者の気持ちはわからなくはない。がしかし、メディアの発言はそれでいいのだろうか。
 時間をかけて解決策を模索する。それでは、いまの普天間の危険はどうなるのか? 十分な解決が図られるメドもない。
 問題は、なぜ、普天間が問題になるのか。普天間をはじめ沖縄の問題はなぜつくられたのか。その根底にある、沖縄の基地をめぐる問題を安保条約=日米同盟のありようをふくめて議論を指摘しないで、ただこのような論評はジャーナリズムとしての本質が問われるのではないのか?

 沖縄の世論の核にあるのは、普天間からの無条件撤退である。あらためて沖縄問題の本質的な議論が必要なのではないだろうか?

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2009/09/29

全メディアに記者会見を開放 岡田外相

 これは、ちょっとしたニュース。

全メディアに記者会見を開放 岡田外相(東京新聞)  岡田克也外相は29日、記者会見を外務省記者クラブ所属の報道機関に限らず全メディアに開放した。事前登録したフリーランスやインターネットメディアの記者ら約20人が今回初めて参加し、会見は約50分間に及んだ。  岡田氏は「従来の状態を続ければ、記者クラブ以外の記者の取材機会を奪い、国民の知る権利にもかかわる問題になる」と開放の意義を強調した。

 もともと、民主党は、記者会見の開放を掲げていたが、政権交代後実施されていなかった。
 記者クラブ制という閉鎖したマスメディアのあり方は、横並びを生み、権力の情報の垂れ流し機関化し、権力を監視するジャーナリズムの精神を失ったということはよく言われることである。
 今回の措置が広がっていくのか? それがどのような変化をもたらすのか? いよいよメディアのあり方が問われることになる。

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2009/09/21

TOKYOメディフェス2009

Img00006200909211126_3 TOKYOメディフェス2009というのは、市民メディア全国交流集会です。そんな集会に、参加してみた。
 市民メディアというものをどう考えるのかというのは、とてもむずかしい問題だ。もちろん、第4の権力と言われるマスメディアに対して、大きな可能性をもっているのは事実である。しかし、日本では、マスメディアの力が圧倒的に強いですし、市民メディアは、必ずしも大きな成功をかちとっているわけではない。期待されて、大失敗したohmyニュースのような例もあるしね。
 それは、なぜか。外国の市民メディア、独立メディアというものは、国民・市民の抵抗の運動、オルターナティブ運動の成長と一体だったり、少なくとも、そういったものの伝統というものを背景にして形成されているのに対して、誤解を恐れずに言えば、日本の場合は、そういう批判的な世論そのものが、きわめて脆弱であるということがある。

 2日目の今日は、午前中、国際フォーラム「私たちのメディアが社会を変える~コミュニケーションの権利の視点から」だった。ヘムルート パイスルというオーストリアのフリーラジオ連盟会長、彼は、EUの「コミュ二ティメディアに関する決議」のレポート作成に大きく関わった人で、ヨーロッパのとりくみを報告、イ・ジネンさんは韓国益山メディアセンター・ディレクターで、各地に公的なメディアセンターが設立されている中で、そのとりくみを紹介する。
 アハマド・マハムードさんというバングラディッシュのVOICEという団体の事務局長は、一転して、政府によるメディアの監視、インターネットへの規制などについて報告。最後に、オリバー・ライズテルトさんというドイツの研究者が、個人の権利を侵害知る、監視社会の現状を報告した。
 日本のメディア状況も、いまIT・通信と放送の統合など、大きな転機に直面しているのだけれども、メディアへの参加とアクセスを当然の権利としながらも、そのへの干渉や規制をめぐって対立と緊張のもとにある外国の状況のもとで、その人たちがもつ、問題意識と自分のそれとの落差に、ちょっと、呆然とした。

 午後からは、「徹底討論!独立系メディアがマスメディアを変える!」という分科会に参加した。東京新聞の土田修という方が、フランスのアクリメドという団体の紹介と、日本版アクリメドといえるようなマスメディアを批判し検証する中間支援NPOの結成をよびかけた。これをうけ、デモクラシーナウ!ジャパン代表の中野真紀子さんが、アメリカの独立メディアの代表とも言えるデモクラシーナウについて、そして、弁護士の加藤幸さんが、ボクもときどきお世話になるNews for the Peaple in Japan= NPJについて報告し、東京大学情報学環准教授の林香里さんが、ドイツの例を引きながら公共性のためには連帯が必要という話をされた。
 デモクラシーナウは、話には聞いていたけれども、見たことはなかった。NPJの評価が、たぶんみればわかる。

 結局、独立系メディアが、それだけで、世論を動かす現状にはない。ということで、中間支援NPOの提案も、マスと市民との連帯ということが打ち出されるのだけれど。でも、難しいなと思うのは、日本の場合は、政治的なものについて、政党のレベルでも、世論のレベルでも、共通になるようなものが十分に形成されていないという問題が横たわっている。たとえば、ヨーロッパでは、ナチスの残虐については、共通の考えというものが存在する。が、日本は、歴史認識1つをとっても、メディアが直面する大きな問題となってしまう。それは社会保障などについても言えることでもある。
 どれだけ、多様な議論が提供されるのかということを前提としながら、共通の土俵をつくるような、事実の積み上げが必要なのか。など、いろいろ考えてしまう。

 オバマをつくったのはYoucubuと言われ、ひと頃、韓国の民主化をすすめたのも、インターネットだと言われた。日本の今回の”チェンジ”は明らかに、マスメディアが主導した。での、より日本で批判的、対抗的な運動をすすめていくには、何が必要なのか? 答えがそんなに簡単には見つからないだろうけれど、メディアというもの、世論というものについて、いろいろ考えた一日でもあった。

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2009/09/17

まずはワクワク? でもなぜ新聞は遅れるのでしょうか

 昨日の、大臣就任会見から、ワクワクするような話が続きます。

 母子加算の復活、後期高齢者医療制度の廃止、八ツ場ダムの「中止」、日米密約の調査を命令、高校授業料の無償化…。多くの国民が一致して期待していることは、大いに、前に進めてほしいものですよね。

 今日は、国会では、「早くしてよ!母子加算復活‎ 」という院内集会が開かれたし、夜には、「徹底検証!新たなセーフティネット ~ 本当に使える制度にしよう!」 9.17集会がひらかれて、新政権に、こうした要求の実現をせまっています。

 こうした流れに対し、いちばん心配しているのが、新聞の役割です。足をひっぱらないのかということ。
 たとえば、選挙結果が出た後、まず、産経が、「民主党政権 現実路線で国益を守れ」と主張で書きました。そこでは、「維持されるべき日本政治の方向性とは、日米同盟を基軸とした外交・安保政策の継続であり、構造改革の推進により経済や社会に活力を取り戻すことにほかならない。民主党が現実的な判断に立ち、これらを継承することができないなら、何のための政権交代かということになる」とまで言うのです。なにも産経だけではありません。読売も、社説で「政権移行始動 基本政策は継続性が重要だ」と書きました。日経も、社説で「鳩山政権は対米政策で『君子豹変』せよ」と。このもとになったのは、もともと朝日だと、桂さんは指摘しているのです。

 ところが、国民のほうは、民主党政権に不安ももちつつ、明らかに変化を期待している。その声を前に、新聞も修正をよぎなくされたのか。今日の社説のテーマは、もともと最初から、先の議論にはくみしなかった毎日は、「鳩山政権発足 恐れず『チェンジ』を貫け」とし、さらに朝日は「鳩山新首相に望む―『変化』実感できる発信を」、日経は「鳩山首相は政権交代への期待に応えよ」といっています。
 しかし、読売は、「鳩山内閣発足 進路を誤らず改革を進めよ」として、「公約の『自縛』に陥るな」、産経は、「鳩山新内閣 国益最優先に針路とれ 現実直視し公約修正も必要」と言っているのです。

 むしろ、新聞が、ジャーナリズムとしての役割をはたすうえでは、国民の要求の側にたって、その要求そのものをていねいに紹介するとか、実現への不十分さを積極的に指摘するようなことこそが求められるのではないでしょうか。
 メディアが、国民の運動、世論の動向の足をひっぱりかねないのが実際の現状です。なぜ、メディアとくに新聞は遅れるのか、このことがいま問われているのだと思うのです。

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2009/09/04

到来“ネット選挙”時代

 NHK特報首都圏という番組で、表題のテーマを扱っていた。

 実は、とても関心のあるテーマである。
 もともと、日本はべからず選挙と言われるほど、選挙についての禁止事項は多い。政党の政策を、直接、有権者に届けるには2重3重の制限がある。比較的自由なのは電話による対話であるが、この電話は、時間的には制約があるから、結局、若い世代から中堅の世代に語りかけることがむずかしい。そこでネットである。

 今回の選挙では、大手のネット企業が、選挙向けのポータルサイトを開設したのが大きな特徴でもある。
 それは、どれだか、政党の主張を有権者に、公平に客観的に伝えることに寄与したのか? 新聞の報道などと違って、こうしたことも実は十分に検証されることが少ない(もちろん、新聞が十分に検証されているというわけでは決してないけれども)。ネットと選挙というのは、よく研究するべきテーマでもあるのだ。

 さて番組は、

 今回の衆院選は、日本でも本格的にインターネットを活用する選挙になると注目された。自らの政策を、ネット動画で表明する多数の候補。民主党の政策を批判する自民党が制作したアニメがネット上で大きな話題になるなど、公示日前から活発な動きが見られた。しかし、現行の公職選挙法では、インターネットに関する数々の規制が加えられている。ネット利用を解禁するべきという声に対して、問題点が多いという慎重意見も根強い。…

 番組そのものは、ややあっさりしたものだったし、取材していた候補者の動画は必ずしもたくさんのアクセスがあったわけではなかった。逆に、言えば、今度の選挙でも、実は、視聴というものにはかなりの偏りがあったのだと思う。どいうサイトが、どのように関心を集めたのだろうか?
 いろいろな情報があれば、是非紹介してほしいのだけれども。

 今日は、実は落ち込みモード。自分が、仕事で考えていることが、身近な人、いっしょうにいろいろなことに取り組んだりしている人に十分に伝わらなかったり、その人のいろいろな思いをふまえて、伝えることができなかったりするというのは、なかなかつらいこと。
 ボクらにような仕事は、やっぱり、いろいろな主張を、活字にする仕事だから、その主張の最前線にいる人の、考えや思いを、できるだけ理解するというのが、仕事をするときには欠かせないと思う。そのために、本を読んだり、それでも分からなかったら、話を聞いたり、現場の人に会いに行ったりする。自分に何ができるか、そんなことはよくわからないし、自分に十分な能力があるわけでもないのけれども。でも、それでも、いい仕事をしたいし、伝えなければならないことを必死で探りたいのだけれど。

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2009/08/24

バンキシャ! 検証番組

 昨日の夜中、日本テレビの報道番組「真相報道バンキシャ!」の、岐阜県庁などの裏金誤報問題を検証する番組が放送されていた。仕事がら、眠い目をこすりながら、見た。

 だいたい、0:50という時間からの放送というのはどういうことだろうか。もちろん、夕方6時台にダイジェスト番組を放映するという措置をとったということだけれども。もともと、この問題は、テレビの「報道」の根幹にかかわるものだ。誤解をおそれずいえば、視聴者がまゆつばで見る、バラエティにおける”誤報”とはちがう。しかし、真摯に、その誤りについて、視聴者の前に明らかにするという点で、まずどうなのだろうか。

 そこで、その内容である。「バンキシャ裏金報道」検証報告書が公表されているので、これを見ればそのポイントはわかる。
 ボクは、番組を見ていて、登場してお詫びする、局幹部、番組制作幹部たちの発言が、何か、他人事を言っているようで、どうも気持ちが悪かったけれど、どうだろうか?
 それなり、経過は明らかにされているのだろうし、そこで何が問題なのかということを明らかにされてはいる。だけど、その内容は、どう考えても、あまりにも「報道」としては初歩的な問題で、それができなかったことを反省する。今後は誤りがないように教育を強めるといわけれても、もう1つ説得力がないのだ。

 それに、今度の検証番組は、BPO(放送倫理・番組向上機構)放送倫理検証委員会からの勧告で作成されたものであるのだけれど、番組は、その上塗りをしているような印象になってしまっているのだ。

 この問題の背景には、安易な下請け発注をおこなうテレビ局の姿勢、そこにある、コストカットという問題があることはすでに多方面から指摘されている。もちろん、下請けがつくるものが粗雑だというのではなく、極端なコストカット、劣悪な労働条件という問題は、報道のありようの劣化と不可分な問題ではないのだろうか?
 そして、この問題は、現在、経営危機のもので、お金のかからない番組をすすめるテレビのありようにかかわる問題でもある。そこで、ジャーナリズムとしての報道は維持されるのか?
 
 しかし、検証番組では、そんな指摘はなかった。
 もちろん、BPOの勧告は重要なものではある。しかし、同時に、放送局自身が、検証するのだから、さまざまな意見を聞きながら、自己検証するべき問題はないのだろうか? 労働組合や監視的な市民団体などの意見に耳を傾ける力量というのは、ないのだろうか?
 ここには、ジャーナリズムとしての深い問題があるような気がしてならないのだけれども、番組を見た人は、どのような印象をもったのだろうか?

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2009/08/17

戦争とラジオ 第一回 放送は国民に何を伝えたか

 昨日のETV特集。

Img0816_05s 戦争とラジオ 第一回 放送は国民に何を伝えたか

 太平洋戦争の時代、ラジオ放送の現場にあった人々は、あるべき放送をどう模索し、何を国民に送り届けていたのだろうか。最近掘り起こされた資料から、それを明らかにすることが初めて可能となった。戦時中、日本放送出版から刊行されていた月刊誌「放送」及び「放送研究」には、放送の第一線にいた人々の座談会や、各セクションの戦略、主要番組の放送原稿などが採録されている。また、メデイアを統制していた内閣情報局が、出していた「放送しるべ」からは、国家が放送をどうコントロールしようとしていたかを読み取ることができる。
 戦時下、ラジオ放送は、国策伝達の手段であることを免れえなかった。新たな資料からは、報道・教養・演芸などの各現場で議論を尽くし、時代の要請を実践してゆく様がありありと浮かび上がってくる。 番組では、雑誌「放送研究」をはじめとする活字資料、わずかに残された音声資料、そして当時、放送業務に携わった人々の証言を立体的に構成し、戦時下ラジオ放送の実像に迫る。

 戦争と新聞の問題などは、いくつかの研究書などを読んだことはある。けれど、放送については、これまで、話に聞くぐらいで、ほとんど知らなかった。そもそも、資料がほとんど残されていないという実情があるのだろう。当時の、放送業界の雑誌や、かろうじて残された録音をもとに、番組は検証する。
 最初から、国策にもとづき、国策の遂行ということを意識して、日本の放送というものが成り立っていたということがよくわかる。それが、太平洋戦争期になると、いっそう極端に、新聞など他のメディア以上に、国民を動員する柱となっていく経過もよくわかった。
 でも、体験を語っている人たちの証言を含め、深い後悔というものが感じられないのはどうしてなのだろうかと感じてしまう。ほんとうになぜだろうか。

 やはり、放送がはたした役割というものについての検証は、まだまだこれからだと感じた。もっと以前、日本が戦争をすすめていく国家を形成していく過程からさかのぼって、ほんとうに放送の初期にさかのぼって、どのような役割をはたしたのか、具体的に検証する必要は感じる。
 また、圧倒的な影響力の大きさである。一つ一つの放送が、どのように国民の影響をあたえていったのかということも、もっと迫って検証してほしい。たとえば、番組でも出ていた、少年兵の問題などがそうだ。そういったことがないと、ほんとうの教訓は見えてこないようにも思える。

 「放送研究」という雑誌に掲載された座談会の再現や、残された録音から伝わってくることも少なくないし、はじめて知ったこともあるけれど、もう少し、歴史の中に、そのことを置き直して、そこから見えてくるもの、見なければいけないものを探ってほしかったというのが、正直のところである。

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2009/07/30

自転車操業、現場は「手足」…バンキシャ!虚報を糾弾

 今日は、会議があったりして、とりあえず企画を考える一日。午前中は、いろいろ調べもの。
 夜は早く帰って、映画を見た次第。

自転車操業、現場は「手足」…バンキシャ!虚報を糾弾(産経新聞)

 記者会見するBPO放送倫理検証委員会の川端和治委員長=30日午後、東京都千代田区 「いろいろ取材しているようだが、実際はほとんど一歩も根拠の収集に向かわなかった」。日本テレビ「バンキシャ!」の虚偽報道について、BPO検証委が30日に示した勧告は、安易な取材方法についてだけでなく、放送日程に追われる“自転車操業”の実態や取材者の責任感の欠如など、報道番組のありようを厳しく批判した。
 「1週間では十分な取材ができないテーマでも、何とかその週に放送することが求められていた」「放送日に合わせて無理やり取材を間に合わせる」…。勧告は、虚報の根本的な原因として、取材の過密スケジュールを挙げた。
 問題となった裏金報道の場合、情報収集を始めたのが昨年11月3日。当初の放送予定は6日後の9日だったという。結局、放送は23日となったが、その2週間も、「情報源の特定につながる」などと、情報提供者以外の裏付け取材には動かなかった。勧告は「真実と信じるに足る根拠」を取材する意志がみられなかった、と糾弾した。
 取材チームの判断力や責任感の欠如も指摘された。勧告によると、現場に赴いた番組スタッフは、「幹部スタッフが取り上げると決めたからには、情報提供者の信用性はすでに判断されている」と思いこんでいたという。取材現場に真偽の判断が委ねられていなかったことも、虚報の一因になったとみられる。…

 現在の放送現場の抱える問題を凝縮したような、象徴的な事件でもあると思う。
 現在、放送局の経済基盤は揺らいでいる。ドラマは、バラエティへ、そしてニュース・ドキュメントへ、できるだけおかねのかからないものへの傾斜している。そして、報道そのものが、とても安易になされるようになる。だからこそ、報道番組として検証がもとめらる。

 検証委の服部孝章委員は「決してバンキシャだけの特殊な事例ではない。これまで委員会が扱ったいくつもの事例に同種の傾向がみられる」と述べ、報道機関が真摯(しんし)に問題を受け止めるべきだ」と言う。その検証を、テレビ全体のものにする必要がある。

 BPO放送倫理検証委員会の勧告はここ

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2009/07/16

西日本新聞編集者の違和感

 NHKの「JAPANデビュー」という番組で、日本の台湾支配を描いた番組について、タカ派研究者らが提訴しているわけだけれど、そのことについて、強い違和感を覚え、新聞づくりをおこなったことを、西日本新聞の編集者が今日のコラムに書いていたそうだ。

「NHKの番組が偏向している」として8000人が提訴した(西日本新聞)

 「NHKの番組が偏向している」として8000人が提訴したという記事を、紙面で目立つ扱いにした。どう受け止めるかはもちろん読者次第だが、私としては違和感を伝えたかった。
 日本による台湾の植民地統治を検証した番組「JAPANデビュー」に反発する人たちが、ネットやCS放送、デモなどで抗議を続けている。それ自体は「言論の自由」だ。嫌な感じなのは元首相を含む国会議員が絡んでいること。以前、NHKの従軍慰安婦問題を特集した番組や映画「靖国」でも指摘されたことだが、政治家の発言は圧力になりかねない場合がある。特に慎重であってほしいと思う。…

 このコラムを書いた人は、「番組内容は『台湾は親日的』との固定観念が問い直され、当時の『同化政策』がチベットやウイグルへの施策と通じる面もあるように感じられ、興味深かった」とも書いている。現在の、中国における同化政策は、経済格差の是正など、経済政策という面もあって、とても複雑で、難しい問題なので、どこまで、日本の戦前のアジア支配の問題と同列に扱えるのかは、わからないけれども、違和感そのものは、ボクと共有はしているようだ。
 コラム子は言う。「万人が納得するキャンペーンはない。『筆を曲げない』気概だけは譲らないでほしい」と。政治家による不当な攻撃を許さないような、国民的な支援も必要であろう。同時に、NHKはふんばりどころであろう。

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2009/04/30

政治の軸にならない「貧困」

 今日から、日経の清水真人記者の書いた『 首相の蹉跌―ポスト小泉権力の黄昏』を読み始めた。感想は後日書くけれど、よく取材されている本だとは思うけれど、小選挙区制のもとでの2大政党制による選挙が、国民の政治選択を深めるという前提にたっているところが、まあなんというか日経だけれど。この2大政党のマニフェストによる政治選択の提示が、まやかしの選択軸になっているという問題になぜ、気がつかないのか、それが国民の政治への不信を強めているのに。

 たとえば、4月19日の東京で、ドーアが表題の小論を書いている。

 しかし、他国に比べれば、日本で不思議なのは、不平等が政党政治の重要な軸にならないことだ。メディアの関心は外国と比べ強い。本屋には、「ワーキングプアの反撃」「派遣村」「反貧困の学校」など、貧困関係の本が何十点も並んでいる。  ところが、よその国で、貪困・再分配の問題が政冶論争の主要軸になるのに、日本ではそうならない。

 これがドーアの問題意識だ。

 長期的な―少なくとも二十年来の―所得分布の不平等化傾向が、今の不況によって大いに加速されている。政府の緊急対策、「底割れ」対策が、やはり底割れの効果があるか。それこそ目下の主要な関心事である。  … 失業対策として、失業者の住宅支援、訓練費の補助、雇用調整助成全、介護職員の待遇改善など、厚生労働省の役人さんたちはいろいろと工夫を練った。その努力をけなしたいと思わないが、もし私が切られた派遣労働者だったら、危機対策の予算配分を問題にするだろう。五六・八兆円のうち、雇用対策費(国費、事業費も合めて)は四・四兆円、金融対策費はその十倍の四四・八兆円である。その数字を見て、失業者たちは「麻生政権の関心の優先順位はそんなものか」と怒るだろう。

 補正予算案が閣議決定され、その内容が、各省のHPに掲載されている。実際に労働対策、貧困対策のものは厚生労働省のHPに掲載されているがお寒い限りだ。だいたい、貧困対策については、国が制度から撤退している状態もあるから、国の制度は、ごく限られたもの。でも、地方交付税はどうなのかということになるのだが…。

 ここでも、選択の軸はどう提示されているのだろうかが問われる。
 ドーアはこう言う。

 いたるところで、フリーター組合をつくったり、不当解雇を法廷で争ったりする草の根の低抗が起こっている。ところがそれに手を伸ばしているのは、民主党支持の連合ではなくて、体制外の全労連である。その不満をくみ士げて地方の政党支部にその人たちを組み込もうとしているのは、今度天下を取るつもりでいる民主党でなくて、共産党だけである。  なぜだろう。

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