読書

2017/03/21

強制収容所のバイオリニスト―ビルケナウ女性音楽隊員の回想

5169s7ykml_sx341_bo1204203200_ 著者のヘレナ・ドゥニチ‐ニヴィンスカさんは、1915年生まれのポーランド人。アウシュヴィッツ=ビルケナウに収容されたのはユダヤ人だけではなく、非ユダヤ系の人たちも、政治犯などが収容されていた。彼女は、自宅に反ナチス活動家を下宿させたことで、母親とともに逮捕された。アウシュヴィッツに移送された。ここが注目の1点目。
 アウシュヴィッツまでの彼女たちの道のりをみると、独ソの密約による支配がもたらしたものを痛感させられる。覇権主義的な国家がもたらしたものが何であったのかの歴史の証言者でもある。これが2点目。
 そして、アウシュヴィッツ=ビルケナウの女性音楽隊のこと。ナチスの収容所での音楽の役割などは、「収容所のマエストロ」のようなすぐれたドキュメンタリーもある。生きるための音楽ということはそうだけど、ここでは、囚人を送りだしたり、迎えたりするそういう音楽隊だ。もちろん、休日の音楽会、ときとして秘密の音楽会もあったわけだけど。だけど、音楽隊の人たちは、生きるには、良心の呵責に耐えて弾くほかなかったという体験だ。そして、そのため、戦後、多くの人はそのことを誰にも明かさなかった。そうした収容所での非人間的な体験や音楽隊の実態を、克明に記した回想録になっている。
 重い内容を問いかける。人間とは、人間にとって自由とは、人間の尊厳とは。その問いを忘れてはいけないなあ。


2017/03/13

「奨学金」地獄

11 ここのところ、奨学金に関する新書が相次いで発刊されているが、本書は、とりわけその実態編。何が起こっているかというところから問題を浮き彫りにする。ボクらは、この間、ずっと、奨学金の問題を取り上げ続けてきたけど。だけど、やっぱり、この問題が生み出している歪みの大きさ、規模も質も、がどこれだけのものかということを考えさせられる。ほんとに、それがいまの社会の歪みをもっとも端的に、映し出しているということも言えるわけで。ほんとうに、何とかしなければいけないのだ。

2017/02/27

政府の憲法九条解釈─内閣法制局資料と解説(第2版)

281172 なるほどである。内閣法制局は『憲法関係答弁例集』なるものをつくっていて、そのうちの「第9条・憲法解釈関係」の部分について、解説を付してつくられた本だけど、第1版から第2版の間に、あの安保法制(戦争法)の強行がおこなわれたわけだ。今回、その『答弁例集』が大きく変わった。なにしろ、厚みがほぼ倍というものになっている。それほど、政府にとっても、この論戦の意味は大きかった。われわれは、憲法解釈の180度改変と批判するわけだけど、政府としての整合性をとるための答弁から、結局、論理として何が変わったのかがわかるようになっているということなのだと思う。「立憲主義の回復」ということが、掲げられるわけだから、こうした点について、しっかり考えたいわけで、なかなか貴重な本だと思う。


2017/02/19

裸足で逃げる 沖縄の夜の街の少女たち

511uu24rjjl_sx337_bo1204203200_ 上間さんのはじめての単著。読み通すのが苦しかった。それぐらい当事者によりそった本。レイプやDV、暴力が支配する沖縄の夜の街で生き延びた少女たちの物語だ。もうボクには言葉がない。だけど、この本がすごいのは、その少女たちに寄り添うだけではなく、その少女たちの選択と、少女たちの生きざまへのなんというか、とてつもない信頼なのだ。彼女たちはそうして生きてきて、そうして生きていく。彼女たちは決して保護される対象ではない。支援ということの難しさと、そして研究と支援との距離感の難しさ。そういうものを含めて、突っ込んていった本。ボクも花街の出身だ。だぶん、著者そのものがいろいろな思いをないまぜに生きてきたんだろうなあ。ほかに評価を求め、だけどここに帰るしかないという複雑な思い…。いろいろ難しいことをいろいろ感がえる。いずれにしろ参りました。
 実は、上間さんのこうした仕事をどう見ているのか、高里さんに聞いてみたことがある。『セクシャリティ』でいっしょに登場していたから、上間さんの仕事を全部知らなくても、少しは読んだことがるだろうと思って。高里さんは、「甘いって」、きびしかった。それはそうなんだ。沖縄のこうした貧困、そして暴力の背景には、沖縄戦と戦後の米軍統治がある。花街ができた経過からもそうだ。だから、この本の登場人物も、もっと突っ込めば必ずそういう背景があるにちがいないから。だけど、同時に、その彼女の目線の先に米軍基地があるわけではない。ならば、まずその目線の先にあることからはじめ、聞き取らないといけないのだから。そんなことも考えた。
 沖縄に、上間さんに会いに行きたくなった。

生きたかった 相模原障害者殺傷事件が問いかけるもの

10 今日、赤旗で、薗部さんが書評を書いていた。それ以上のことはないんだけど。死者19人、重軽傷者27人。あの恐ろしい事件があって、もう7カ月がたつ。いまだボクは企画化できていない。やっぱり、冒頭の藤井さんと福島さんの文章が胸に迫る。「生きるに値しない命などない」。本書の執筆者の叫びだ。それをふみにじるような「障害者は生きていてもしかたがない」「安楽死させたほうがいい」という容疑者の言葉。そこで浮き彫りになった「優生思想」を、ボクらのうちなる意識にまで踏み込んで明らかにする。同時に、その背景を、新自由主義の進展にみる。そんもとでのヘイトスクラムと重なってくるのだ。いまの社会のありようを根源から問いかけている。
 この本のできる過程で、国会でおこなわれた集会もあった。発言のいくつかはそこからとられている。それだけに、この本は、意識的に、施設で生きるということのもう一つの側面を避けている感じがする。施設でいきる人。重度の障害ある人が生きるとは? そこに迫れているのか。それだけに、施設=差別という印象もうけてしまう。生活は社会が規定する。そこで、豊かに生きるには、施設で生きるということもこの社会ではありうるし、そこに生きる意味があることもありうる。そういう丁寧な議論も必要だと思うのだけど。


2017/02/10

キャスターという仕事

41gjbfogydl_sx307_bo1204203200_ 国谷さんは、ボクより1学年うえ(あっ、誕生日は相方と同じだ!)。同じ、大阪の出身。まあ、だいぶ育ちは違うにしても。彼女がクローズアップ現代をはじめたのが93年。ボクがいまの雑誌の仕事をはじめたのは91年。ほぼ同じ時代を、かなり性格が違うにしても、メディアの世界で見つめていた。それだけに、読んでいておもしろいし、自分のことをふり返りながら読む。キャスターと編集者はだいぶ性格がちがう。編集者は黒子、だけど、その分、企画立案からはじめる。最初から、最後まで。取材者ではないのは同じ、見識ある人、専門家を相手に、そこから引き出すというのも同じ。こちらは弱小雑誌だから、NHKの編集者と違って、1カ月20本、かなり広い分野を、手当たり次第に、必死で勉強して仕事をするのは同じだなあ。
 この20数年の政治や社会の変容は大きい。そこで感じていることで、共感できることは多い。国際社会への関心、雇用や経済のあり方の問題…。なによりも、社会が複雑化し、単純に問題を描けないということ。テレビ化、ネット化がすすみ、短い言葉でわかりやすくということの危険性という問題意識は、強く共感する。
 だけど、クローズアップ現代そのものは、なぜ、つっこまないのか、なんと中途半端なのかという批判的な視点で見ることの多かった番組でもある。それはたぶん、立ち位置が決定的に違うからだろうし、だけど、彼女の立ち位置での葛藤は理解もできるし、共感もできる。それは、たぶん、ジャーナリズムとは何か、メディアと民主主義の関係で問われていることは何かということで、彼女がぶれていないからだろう。
 やっぱり、ボクなんかと違い大物であり、才女である。だけど、小さいながらもボクにはボクなりの自負もある。それだけに、たくさんその彼女のジャーナリストとしての仕事ぶりと、生きざまから、学びたいと思うことも多いし、忸怩たる思いや後悔などからm、学びたいと思うのだ。
 それでも理屈っぽい、もっとわかりやすくという意見もでるだろうなあ。永遠の課題でもあるのだろうけど。


2017/02/08

ルポ 母子避難――消されゆく原発事故被害者

41r4x6gwwfl_sx309_bo1204203200_ 以前に買っておいたのだけど、全部読まずに放置したままになっていた。だけど、相方が北海道に持っていったはずなので、もう一度amazonで買ったわけだけど、相方は持って行っていないという。真相は不明。で、ここに来て読み終えた。冒頭は、事故直後の避難からはじまる。あのときに恐怖を思い出して、読んでいても息が苦しくなる。それほど、大きなできごとだった。
 たしかに、自主避難というのは、自己責任にくるまれてしまう。そのなかで、登場する人たちの暮らしやそのなかでの葛藤は、読んでいても、ほんとうに苦しくなる。そこなかで、送った避難生活。だけど、そこには、いろいろな議論があるにしろ、ある種の危険があり、恐怖があり、やむにやまれず、強いられた避難であるはずだ。だけど、政治も、東電も、なぜにここまで冷たく、そして社会のなかで、支援運動が広がったにしても、十分な理解が広まらないのか。
 そして、いまの内閣は、福島は帰還が先行し、自主避難者たちは、「消されていく」ことになる。目前に借り上げ住宅の打ち切りは迫る。さまざまな押し返しや地域での具体化があるにしても。もう6年だ。避難先でも生活もあれば、果たして、かつて住んでいた町や村は、帰還できる状況に十分あるのか。ていねいな議論が必要なのにだ。きちんと、向き合わなければならない。
 


2017/02/06

障害を持つ息子へ ~息子よ。そのままで、いい。

9 さて、お約束の本の紹介。この本に引き込まれるのは、やはり自閉症の子どもの親としての葛藤、そしてそのなかで変わっていくその過程を、そのまま赤裸々に綴っていることだろうなあ。そのうえで、著者は、取材に向かう。その姿がまた胸をうつのだ。そこで、えぐっていく論点は、ほんとうに今こそ問いかけるべきもの。たとえば、自閉症児をもつ家庭の無理心中のところでの弁護士の発言は、いま、相模原の事件にかかわって、熊谷さんが紹介する、横塚さんの『母よ、殺すな』にも通じる。親が、どんなに成長しても、子どもがいろいろな発達を一歩一歩勝ち取っても、実際には、さまざまな困難がある。そういう思うをふまえながら、その人生を必死て歩んでいる姿に共感を感じるのだろうな。
 ボクも、いろいろいってもメディアの世界の人間だから、その仕事の原点は、その問題を自分の問題として考えるということにある。そのようにして、いつも考えていたし、とくに、子どもにかかわることはつねに自分の子ども、子育ての重ねながら考えてきた。だけど、この著者のように、赤裸々ではないなあ。もちろん、雑誌編集者は、取材者ではなく、取材したり、いろいろ調べたりしている人をとおして作品をつくる。だから少し引いたところから、やや冷めた視線で見ているわけで。いろいろ共感したり、うらやましく感じたり、よけいにいろいろ考えたりする。このテーマでも、やっぱりそうであるのだけど。


2017/01/30

孤立していく子どもたち―貧困と格差の拡大のなかで

41euqc5nxl_sx341_bo1204203200_ しんぶん赤旗の連載を再編集して、本にした、このテーマでの二冊目の本。今回は、若年出産、保育園の現場から、学校での排除、高校生のバイト、そして支援の現場からだ。論を立てて伝えるというのではなく、記者の視線と感情で、ストレートに伝える。子どもの貧困は、大きな社会の問題になって、注目もあびるようになった。だけど、同時に、子どもの貧困は、決定的な点で、可視化されたとは言えない面も強い。ガンバル親、けなげな子どもが求められ、どこまでの自己責任が付きまとうためだ。支援の現場にからめとられやすい性格がある。この本の帯にも、「困難の中でも懸命に生きる彼ら」となってしまう。ほんとうにそれでいいの?懸命でなくても、ありのままに子どもを受けとめる、そうでない社会が子どもだけではなく、大人も追い詰めている。あらためて、ていねいに、声を聞く。声を代弁する。本そのものは、そのことの重要性を、伝えている。


2017/01/24

考えてみませんか 9条改憲

51dtsx1clyl_sx353_bo1204203200_ 久保田さんの新著。読みましたよ!
 好評だった『知っていますか? 日本の戦争』の続編というべき一冊、安保関連法制定などによる「解釈改憲」がすすみ、明文改憲の動きもある憲法9条。では、9条はもう時代遅れになってしまったのか。9条が現実にどんな力を発揮してきたのか、戦後の日本をふり返りながら、確認していきます。また、現在、中国や北朝鮮との緊張関係が高まり、「テロ」の脅威が強まる中で、軍事による対抗ではなく、9条にもとづく平和外交のあり方、その基礎にある、日本の戦争の歴史への真摯な反省の必要性を考えます。さらに、安保関連法の制定や9条改憲は、安倍首相らの言うように日本を守るものでは決してないことなどを明らかにします。前著と同様に、写真が多数掲載され、フィールドワーク感覚で読み進めることができます。平和を守るたたかいの現場の写真は、本文の平和を守る思想の解説とあわせ、9条と平和主義の真髄をしっかり学ぶことができるものとなっています。

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