読書

2020/07/01

日韓関係と日本人の歴史認識

 コロナの先行きはとても不安。ほんとうは、現状はどうなっているのか、社会活動との関係では、何が問題になっているのか。もうちょっと、まともなデータ分析が出てきてもよさそうなのに、現状は混沌。どこに向かっていけばいいのか、みんなはっきりしない感じ。うーん。そんななかで、普通に出勤の日が増えていく。通勤電車は、ピークは避けているけれど、だけど、もうすでに、座ることはできない状態ではある。

 さて、今日は、来週の「鼎談」の準備メモをつくって、送信。メールのやりとり。実務をいくつか、などをこなしながら、いろいろ先のことも考える。と、その前に、少し机のまわりを整理。まだまだ、きれいという感じまではほど遠いけど、少しずつ、ごみダメからは脱出中。

 そして、吉田さんのパンフレットを読んだ。

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 「戦争法の廃止を求める砂町の会」というところがつくった『日韓関係と日本人の歴史認識』という講演を起こしたパンフ。もちろん吉田さんは、韓国史、朝鮮史が専門ではないので、日韓関係というよりも、少し日本側に視点をづらして、〇戦後の講和の過程、〇80年代、90年代の歴史認識をめぐる問題、〇兵士の体験の継承の意味という3つの山での話。日韓の問題を、真ん中ではなく、まわりからじわーっと考えるという内容だけど、吉田さんの持ち味満載で、おもしろい。うん、吉田さんからは、いっぱい話を聞いてきたなあ。ほんとうに、ぜいたくなしごとをさせていただいたと、いまさらながらに思う。パンフの内容では、直近の、兵士の話がやっぱりおもしろく、印象深いなあ。どのように、戦争の体験を伝えながら、そのなかで、その責任についての認識を共有していくのか。じっくり考えさせられる。

 力まず、抱え込まず、でも、背筋を伸ばして。難しいぞと思いつつ、お仕事、もうちょっとがんばろうね。

 

 

2020/06/05

強制不妊と優生保護法――"公益“に奪われたいのち

 職場に行って、資料の印刷や、資料をいろいろ集めたり。家で仕事をすると、資料に困る。この間は図書館も開いていなかったし、結局、ネットで本を買う。結構、個人的な無駄な?出費が多い5月だったな。

 県立図書館に行く。入口は開いてなくて、非常口から入るスタイル。3冊本を借りに行ったのだが、この間、開いたり閉まったりだったので、予約して、期限が切れていたものもすべて残っていて、全部もっていけと、8冊の本を持って帰るはめになった。帰りに駅前の百貨店。1階の入り口からしか入れなくなっていて、そこで検温という仕組みになっていた。たいへんだな。

 『強制不妊と優生保護法――"公益“に奪われたいのち』を読む。

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 優生保護法の歴史、その前史と戦後憲法のもとで、この法律がつくられた経過を学ぶ。憲法のもとで、なぜ、この人権侵害がおこなわれたのか? 法の成立から、改正のよる強化。そのときには共産党も賛成している。国会での討論では、経済的な理由での中絶の問題にふれているだけで、この人権侵害について当時どのような認識にあったのかはわからない。

 ただ、この法律は96年まで維持される。そして、いまなお、さまざまな問題を問いかけている。コロナでも、隔離が、人権侵害につながらないためには何が必要なのか? トリアージと優生思想との関係。まさに「公益の論理」と、人権という問題が問わている。どこまでの人権というものが尊重される社会とは。その人権の内実も、さまざまな課題を抱えていることもよく見ながら。

 さて、学校再開の1週間が終わる。子どもの先生も疲労困憊だろうなあ。今日は新しい、めんどくさそうな「通知」も出されているし、明日しっかりチェックしよう。

 今日の夕食は、ブリ大根、きんぴらごぼう、きゅうりのキムチ、みそ汁。

2020/06/02

子どもたちの学び、心身のケア、安全を保障するために

 職場で、ミスの後始末からスタート。決めきれない、今月の企画をつめていく。だいたい日程が決まっていく。よしよし。ちゃんとしなきゃなあ。しっかりしろ自分。

 会議もあり、先をつめていかないとなあ。こもっている状態だから、なかなか手が打ち切れていないし、深まっていない。動かなきゃなあ。しゃべらなきゃなあ。動きたくない気持ちと葛藤中。

 昨日、しんぶんに広告が載った。

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 去年、1年間、執念をもってとりくんだ仕事が本になったのだ。インタビュー6本、依頼原稿5本がベース。日韓問題ではなかなかの豪華メンバーだと思う。実は、いまから10年前に、韓国併合100年で連載をやったことがある。そのときも、相当のメンツで、なかなかのもので、本当は、本にしてほしかったんだけどなあ。そのリベンジだね。みなさん、買ってね。

 その後、夕方は「学びの保障と9月入学を考える院内集会」にZOOMで参加。スマホで聞いていたので、あまりよく聞こえない。スマホではやっぱりたいへんだなあ。学生さんの授業は大丈夫なのかなあ、と思った。

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 そういう悪条件のなかでの集会は、さまざまな立場の人が、さまざまな立場からの発言。ボクらが掲げるべき原理も大事だけど、教育のあり方では、現実的なところで、立場のちがう人とも、一致できる部分が多いなあとすごく思ったのがおもしろかった。そういう意味で、自分たちの主張は主張としてしながらも、柔軟に協力するとりくみ、そのすそ野を広げることはいま大事なんだろうなあと痛感したりもする。

 さて、その直前に、「子どもたちの学び、心身のケア、安全を保障するために――学校再開にあたっての日本共産党の緊急提言」の発表があった。「学習の遅れと格差の拡大、心身のストレスは、手厚い教育、柔軟な教育を求めている」「学校の新型コロナウイルス感染症対策が、重大な矛盾に直面している」として、「教員10万人増などの教育条件の抜本的整備、学習指導要領の弾力化を求める」としている。
 このテーマの具体化なんですよねえ。

 さて、そこそこ混んでいる電車に乗って、帰って、夕食は、ハンバーグ、突合せ野菜、野菜炒め、みそ汁。

 明日もがんばろう!

2020/05/23

沖縄「戦争マラリア」―強制疎開死3600人の真相に迫る

 今日は、朝から少し、掃除。テレワークをしていると言っても、余裕がなく、ほこりだらけになっていたので、台所とリビングを中心に、しっかり掃除。ほんとうに、仕事をしない日をつくりたかった。明日もWEB取材が入っているので、今日はゆっくりしたかったけど、結局、仕事。ゲラのチェック、短い原稿を2本、あと資料を読む。ダメだなあ。

 さて、昨日、日本教育学会が「9月入学・始業制」に関する提言書を提出。これがまあ、なかなかなのだ。9月入学への制度変更が拙速になされようとしている状況に対して、教育学の専門的立場から、そのメリット・デメリットについての論点を整理し、同時に、今本当にやるべきこと/できることについての提言をまとめたもの。この今やるべきことというのがみそなのだ。短い期間に、知恵をだしきった労作。頭がさがります。必読です。

 関連して、ショックなニュースがこれ。

保育所など休みで「子だけで留守番」9% 神戸(神戸新聞)
 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、神戸市がインターネットで行った市民アンケートで、子どもが保育所などに通えなくなった家庭のうち、9%が「子だけで留守番している」と回答したことが分かった。また、子の年齢が下がるほど、「親子げんかが増えた」「子育ての負担が大きくなった」とする家庭の割合が高くなることも明らかになった。(初鹿野俊)

 アンケートは市の情報共有アプリ「KOBEぽすと」を利用する市民に実施。「子ども編」(4月27~29日)には1488人、「買物・公園利用編」(5月1~6日)は2328人が答えた。

 「子ども編」の結果によると、感染拡大前は子が保育所や学童保育を利用していた人(560人)のうち、7割が自分または配偶者などが面倒を見ていると回答。一方で9・1%が「子どもだけで留守番」とし、特別保育中の保育所や学童を利用(8%)、祖父母らが見る(4・3%)を上回った。

 また、子どもがいる1149人中、「親子げんかが増えた」は312人。子の年代別では、未就学児の32%▽小学生の26・9%▽中学生の22・5%▽高校生以上の15・4%-がけんかが増えたとしており、年齢が低いほど割合が高い。

 このほか、休校などで増えた負担を問う設問で「子育て」と答える割合も低年齢の子の家庭ほど高い。逆に、「家事」「経済的」の負担が多くなったとする答えは、子の年齢が上がるにつれて割合が高まった。

 家で増えた子の行動では、未就学児は「テレビを見る」が39・2%を占めた。小学生はゲームが30%、中学生と高校生はスマートフォンを見るが最も多く、32・8%、38・2%だった。……

 アンケート結果そのものがこれ。

 「感染拡大前は子が保育所や学童保育を利用していた人(560人)のうち、7割が自分または配偶者などが面倒を見ていると回答。一方で9・1%が「子どもだけで留守番」とし、特別保育中の保育所や学童を利用(8%)、祖父母らが見る(4・3%)を上回った。」って、どう考えたって、これだけで、休業という政策判断しのものは破綻している。「福祉崩壊」とはこのことなんだと思う。そもそも、待機児問題でもそういう傾向はみられていたのだけれども。

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 『沖縄「戦争マラリア」―強制疎開死3600人の真相に迫る 』を読む。なかなかすごい本だった。著者は、映画『沖縄スパイ戦史』の共同監督を務めた。その彼女は、日本で唯一の地上戦が起きた沖縄で、戦闘のなかった八重山諸島で三六〇〇人もの住民が死んだ謎に挑む。住民からは「マラリア有病地」と恐れられていた地への軍命による強制移住があったわけだけど、なぜ、その危険性を知りながら、それが実行され、これほどの住民が死に至ったのか?
 「もうひとつの沖縄戦」と呼ばれてきた「戦争マラリア」を大学院生時代に知った著者は、やがてその地で住民と暮らし、取材を続ける。その誠実な取材ぶりと、そこから、当事者の思いを引き出すその中身は、ほんとうに心をゆさぶる。一〇年にわたる長期取材でその犠牲の実態に迫っていく。そこには、『沖縄スパイ戦史』でも取り上げられた陸軍中野学校の出身者の影があった。若者は、アメリカ軍の上陸の兵力として、そして、そのほかの住民はスパイにさせない監視ももとに。そこには住民のいのちの重みはない。その歴史が現在に問うものは何か。先島が軍事拠点と化しつつあるいま、著者はまっすぐに問題を提起している。33歳の著者からの問いかけは圧巻。かなりガツンとやられた一冊だった。

 今日は体調が今一つで、歩けなかった(配達だけ)。精神的にもちょっとダメだった。

 夕食は、めんちかつ、焼き肉、キャベツの千切り、きんぴらごぼう、みそ汁。

 
 

 

2020/05/21

資本主義の終わりか、人間の終焉か? 未来への大分岐

 今日は、相談してすすめた原稿の仕上げをして、提稿。ゲラのやりとりも引き続き。あとは、資料と本を読みこむ。うーん、天気が悪いので、ぜんぜん、歩けないし、なかなか閉じこもったままで、鬱々とする。

 最近、読んだ本の感想を少し。

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 たとえば『資本主義の終わりか、人間の終焉か? 未来への大分岐』。ご存じ、マルクス・ガブリエル、マイケル・ハート 、ポール・メイソンへのインタビュー本。この点の本ではめずらしいベストセラーだ。決して、わかりやすい本でもないし、しかも、リベラルであったり、ラディカルであったりする議論でもあるわけだけど、どうしてこれだけ売れるのかは興味がある。世界的な新自由主義の破綻、緊縮主義への反発を背景にしているのだろうけど、そして、少なくともそれが、いまの資本主義と根本的にあいいれないという問題意識がひろがっているのだろう。だけど、日本ではなかなかそうならないもの複雑でもあるのだけど。

 しかし、なぜマルクス・ガブリエルが筆頭なのかは、よくわからないところ。きちんと、彼の本は読まないといけないのか? なんとなく、それほど、シャープなのかと読み進めると、なんとなく、自分が、解答が簡単にだせないもとでバランスをうまくとると言っていることと、新実在論というのは似ている感じもしてくる(笑い)。ハートの〈コモン〉なども、自分の考えている問題意識と、実は重なっているなどとも思えてくる。ポール・メイソンの議論も、AIなどの味方はなかなか刺激的ではある。というか、なかなかAIについては、機械的に反発するところがあって、実はきちんと議論ができていないなあとも思ったり。知らないことで面白いという部分と、ボクにとっては思ったほどでもないなあという部分と(たぶんよくわかっていないのだろうけど)。そんな感じ。

 とくに、なぜ、こうも楽観的なのかということは、気になるところ。多分、楽観的なのではなく、人間の「主体性」を重視するところあたりが、彼らに共通しているのかもしれないなあとも。その強調は、楽観のように見えるということかなあ。それと、社会・世界への認識の絡め方が、なかなか、整理できなかったりするところなのかもしれない。もう一度、資本主義のとらえ方と、そして、いまの社会の変容のとらえ方をきちんとしないとなあ。

 リアリストという点では、編者の斎藤幸平なんだろうけど。ボクより、30歳も下。いろいろ評価はわかれるのだろうけど、そこは、言及しないでおく。ただ、彼の3人への質問はなかなか見事。

 なかなか、こういうテーマは、自分が日ごろ追いかけていることとは違うのだけど、ちょっと、幅広く勉強してみようと思った次第。

 さて、夕食は、鮭のバター焼き、野菜のバター炒め、カニクリームコロッケ、ツナサラダ、豆腐のみそ汁。

2020/05/05

閉ざされた扉をこじ開ける

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 稲葉さんの『閉ざされた扉をこじ開ける』を読み終えた。東京五輪のもとでの排除ということから話ははじまる。現在のコロナのもとでの現状を、さまざま考えながら読み進める。ショッキングだった、台東区の避難所でのホームレス排除の問題から、いろいろ考えさせられる。行政や政治の現状をしっかりみていかなければならない。こうした、社会の現状のなかで、大きなポイントになるのが「住まいの貧困」。高齢者や外国人、LGBTの方など、さまざまな形で安定した住まいを確保できない現状をあらためて知る。ふと、若いころ、自分も住宅で困ったことを思い出したりした。そして、稲葉さんの議論は、いま生活保護をめぐってどんな攻めにあいになっているのかを明らかにする。なぜ生活保護の切り捨てがダメなのか。説得力もありシャープ。そして、どう見えなくさせられている人とつながるのか。数々の実践は胸をうつ。妊婦をめぐる問題は気づかなかった点でもある。当事者の語りの重要性は納得する。
 ボクは実践者ではない。現実的に実践者であることは難しいだろう。そして、実践者ともある程度距離を置く位置にいる。だから、実践者はまぶしい。そんなボクに何ができるのか。「周辺からの照射」ということも言われていた。弱い者の目線、ケアの視点で、議論を組み立ててく。そういうことがボクの仕事でもあるのかなと思ったり、決意したり、考えたり。コロナのもとで、そういうことを考えた。

 昨日の首相会見は、なんなんだろう。相変わらず、政治が政治としてどのように判断したのかを、しっかり説明しない。なぜ、こういう判断をするのかという根拠がわからないのだ。そうすると、専門家会議のいうことだけが、一人歩きする。しかしなあ「新しい生活様式」とか言われてもなあ。専門家会議の人にはいろいろ言いたいけど、ここはひとまず置く。牧原さんが言うように、むしろ政治の貧困、官僚の貧困があらわになっているというのもそのとおりだと思う。あえて加えるならば、なぜ、専門家の議論に、社会科学や人文科学の知見がもりこまれないのか。医療にしろ、社会生活にしろ、対策は、そういう知見が必要ないとでもいうのだろうか。

 さて、原稿下書きは半分強、6割程度まできたかな。

 夕方、1時間強あるく。となりの行政区まで歩いた。この間、歩いていて、おしゃれな大きな家が案外多いのに気が付く。近郊で比較的土地が安く?? もともと地元の土地もちの人なのかな? まあ、ボクには無縁だけど。それが、隣の市の境までくるととたんに農村モード。もともと、農村だったからね。子ども通っていた小学校の近くでこんなものを発見。

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 皇紀二千六百年記念、至誠奉公とある。そもそも何を目的としたものなのかはよくわからないのだけど。そういえば皇紀二千六百年に東京オリンピックや万博が計画されていたんだなあ。

 今日の夕食は、ハンバーグ、ごぼうさらだ、ほうれん草の和風ソテー、スープ。

 アレクサで、孫①、孫②とテレビ電話。孫①はいろいろしゃべってた。 

 

 

2020/04/21

感染症と文明――共生への道

 今日は印刷工場籠城1日目。時期が時期だけに、ものすごく疲れたし、テレワークの影響で、工場に持ち込んだ仕事も多く、バタバタして、全然、集中できない。そんな一日。

 少し、時差での出勤や退勤は、ソーシャルディスタンスまではいかなくても、比較的空いている。

 最近、感染症についての本をあれこれ読む。

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 これも、その1冊。人間と感染症のたたかいがどのように展開してきたのかなど、ほとんど知らなかっただけに、驚きながら読んだ。ペストとのたたかいとはどういうものだったのかと。近代科学は感染症の絶滅をめざし、ポリオや天然痘のとりくみが展開されたわけだけど、多くの感染症は、いまだに未知な部分も多い。対策には限界があるということか。ワクチンもまた万能ではない。そうしたなかで、人間は、ウィルスは「適応」し、共生をしてきた。人間の安全や、命というものと、ウイルスとの共生をどう統一するのかという思い課題をつきつけられた感じだなあ。もし、新型コロナが弱毒化し、共生するようになっていくのであれば、それはものすごく時間がかかるのだろうか。10年とかの単位で、かつての生活は戻ってこないのかもしれない、などとも考える。

 そういうなかでどう生きるのか。昨日も書いたけど、これまでの感染症も、今回の新型コロナも、社会に大きな影響を与えたけど、それは横からのちからで、縦軸がある。そのことにボクはこだわりたい。新型コロナはたしかに、いまの社会のさまざまな矛盾や脆弱性をあらわにした。それをどう変えるのか、そういうことを考えたいもの。

 気が弱くなるわけではいけど、テレワークなどの仕事のやり方をしていると、ともすれば、身の引き方みたいなものを考えてしまいがち。そうではなく、もっと、先を見て、そのために生きなきゃと自分を奮い立たせる。なかなか、自分の思いは、いろいろな面があって複雑で、やっかいで、後ろ向きであったりもするけど、もう少し、もう少し!

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2020/03/19

〈ヨコへの発達〉とは何か?: 障害の重い子どもの発達保障

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 びわこ学園に行ったときのことを思い出しながら、読む。やまゆり園の事件の判決があっただけに、重い障害のある人のことをどう考えるか、いろいろ考えながら読んだ。

 では、ヨコへの発達とは何か。糸賀や岡崎、田中たちが、重い障害と向き合いながら、その認識をどう深めていったのかということがテーマ。ボクは、あらためて「共感的発達」や「関係性」ということに目を引かれた。発達というものの理論的展開のなかで、「共感」や「関係性」がどのような飛躍をつくりだしているのか、いろいろ知りたいと思った次第。

 糸賀と、「優性思想」の問題は、近江学園でのいわゆる「手術」問題もあり、いろいろ言われている。おそらく、大事なのは、糸賀自身の葛藤と認識の深まりということなのだと思う。糸賀は人生を通して変化していった。ならば、糸賀の変化と、そしてどこまで到達したのか、限界や、未来にどう開かれていて、それがいま、私たちがどこまで来ているのか、そういうなかで位置づけたいとも思ったり。ヨコへの発達観自身が、今後どのように変わっていくべきなのか、いろいろな課題についても考えさせられたりする。

 

2020/03/07

無敗の男 中村喜四郎 全告白

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 面白かった。この世界で仕事をしていると、保守の政治家と話すことは多い。そのときも感じることだけど、喜四郎もやはり伝統的な保守の政治家だと思う。政治や政策の選択の幅が大きい。それは右にもそうだけど、左にもそうである。だからわれわれと一致点も少なくない。しかも、有権者との結びつきはとてつもなく強い。支持者・世論の動向に敏感だ。これだけ、困難を抱えて生きる層が拡大しているなかでは、いっそう一致点は広がる。なぜ敏感か。喜四郎のような政治家の活動の根底にはどぶ板がある。災害のときの活動は、共産党の活動とすこぶる似ている。この点もおもしろい。コービンや、サンダースの活動とも共通するのだろう。一定程度、戦後民主主義の発展は、こういう有権者との結びつきのありようによって支えられていたのかもと思う。ただ、小選挙区から安倍内閣への過程で、そのありようは大きく棄損するわけだけど。ただ、選択肢の広さは、ともすれば脱法、違法な腐敗にもつながる。さらに、政局への敏感さ、たたかいのなかで生きているということも大事なんだろうと思う。そこなかで自分のありようと位置づけるわけだから、敵を明確化する。それが安倍内閣であるというのが今なのだと思う。だからますます一致する。

 哲学も、手法もまったくわれわれとは違う。だけど、いまは一致するところはとてつもなく大きい。その違いは、今後大きなことかもしれない。そのことも含めて、一致点で共同する。そういうしっかりした見方が必要なのだと思う。しかし、とてももなく面白く、怖い政治家である。ぜひ、会ってみたいと思った。

2020/01/24

イランvsトランプ

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 高橋さんの新書を読んだ。イランや、サウジアラビアなど中東諸国、イスラエル、そして、アメリカのユダヤ人社会などにおける政治戦力の動向がていねいに分析されている。表層の政治勢力の動きといえばそうなのだけど、どのように入り組んでいるのかについては、やっぱり、よくわかっていなかったなあ。ということで、いろいろ知ることができた感じ。なるほど、と思うことが多く。ほんとうにそれだけなのかという突っ込みもいろいろ考えさせられる。日本政府の外交は、ほんとうに、あぶないなあ。

 世界の変化は激しいのに、しかし、日本のメディアが報じていることは、ほんとうに少ない。大手メディアの大きな記事だけをみていると、正直言って、世界の動きからは取り残されてしまう。そういうことも強く、反省させられた。世界の動きに向き合っていくには、相当、努力しないとなあ。そこは、今年の挑戦課題の一つだな。しっかりしなくっちゃねえ。

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