昭和天皇の発言の詳細を記録した側近の日記
外の風景はだいぶ飽きっぽくなっていく。鮮やかに色づく木もある。秋だなあ。だけど、腰はまだまだもう一つ。家にこもって作業の日。ひたすら講演①の原稿づくりから一回目の打ち直し作業。打ち直しは三分の二ぐらいまでいったかなあ。だけど、ずっと椅子に座っての作業で、ほんとに疲れてしまった。ただ、提稿作業を一本。だんだんと工場籠城が近づいてくる。ものすごく気になっているのが、先のこと。いろいろメールで相談などもはじめているのだけれども、実際には全然すすんでいないのが実情。どうなるのかなあ。困ったなあ。
朝日新聞に、昭和天皇の発言の詳細を記録した側近の日記などの記録が最近、相次いで刊行されというニュースが載っていた。戦前と戦中に侍従長を務めた百武三郎の日記だとか、同じ頃、侍従武官として天皇を軍事面で補佐した坪島文雄の日記、戦後の初代宮内庁長官を務めた田島道治の「昭和天皇拝謁記」などが、それ、百武のそれや拝謁記は、ボクも仕事の関係もあり、パラパラと読んだりもする。この2つはNHKの番組にもなっていた。おそらく、他者が読むことが想定されていないものだったろうから、なかなか生々しく、裕仁天皇の姿がリアルに伝わってくる。
天皇の制度については、ボクらも、ボクのよくお世話になる研究者もあえて、「天皇の制度」と呼んで、戦前の「天皇制」と区別をしている。憲法によって、天皇に係る制度は大きく変わって、現憲法のもとでは天皇が政治的権能はもたないことになっている。それは前提に物事を考えるべきだ。そのことをきちっと押さえないと、逆に足をとられることになる。ただややこしいのは現憲法が大日本帝国憲法の改正の形をとっておこなわれており、天皇に係る条文の構成も形式的には大日本帝国憲法にのっとってつくられているため、政治家によっては、政治利用をする口実に強引されことがあるということだ。それだけに、現憲法の立場で、厳密に天皇の政治利用をさせない監視が必要であると思われる。しかも、昭和天皇については戦争責任が十分に明確にされてこなかった経過があり、そのことが、政府の歴史認識と不可分にむすびついて、今の日本のありようを規定している。だからこそ、この点でもつねに問いかけていかないといけない。先の一連の文献はそのことを考えるうえで、とても大事な資料だと言える。戦前と戦後の天皇をめぐる制度の大きな変化をしっかりと抑えつつ、天皇と天皇制、天皇の制度をめぐって、考えるべきことをしっかり考え続けることはいまだに大事だと思った朝日の記事であった。
今日も、わが家の上空では戦闘機が数機。下総航空基地は近いからなあ。考えたら10キロもないのではないか? 戦闘機はツインテールに見えたが、下総基地には、それはないから、見間違いで、実際はF2あたりかなあ。















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