教育

2020/09/10

少人数学級のチャンス、だけどぼやぼやしていられないぞ

 今日は座談会後半原稿の作業。膨大な量だなあ。9月も過酷な作業。仕事がプレッシャーになっているのか、夢も何か、たたかっているような夢だった? しかも睡眠がよくないなあ。リラックス、リラックス。

 午後には、メディア関係の人からいろいろ話を聞く。たとえばテレビでは、テレ朝の問題とか、民放労連の新しい委員長の問題とか、いろいろとりざたされているのでいろいろ教えてもらう。いろいろ考えないといけない。大きくメディアを取り巻く状況はドラスティックに変化しているなかで、「経営」をめぐる問題も焦点になる。

 今日の朝の新聞では教育費の問題がとりあげられている。OECDの『図表でみる教育2020年版』と新型コロナウイルス危機の影響を分析したレポートだ。日本については「2017年では、日本の初等教育から高等教育までの公財政教育支出が一般政府総支出に占める割合は8%で、OECD平均の11%を下回っている」ということが注目されている。まあ、OECDだから、いろいろ言っているから、めんどうなんだけどね。
 関連して、教育再生実行会議初等中等教育ワーキング・グループ。少人数指導について、いろいろ議論される。
 WGが出した文章はこれだけど

そこには、「少人数によるきめ細かな指導体制の計画的な整備や関連する施設設備等の環境整備を進める方向で、当ワーキング・グループで議論するとともに、今後、予算編成の過程において、関係者間で丁寧に検討することを期待する」という表現しかない。従来どうりの少人数による指導だ。だけど、文科省の側や萩生田さんの側が、意図的に「少人数学級」ということを流している。官邸があえてそうしているのかもしれない。
 少人数学級の導入にむけ、大きなチャンスが生まれているのは事実。同時に、総選挙がとりざたされる。そのとき、新政権は、コロナ対策を大義名分にするかもしれない。補償がそうだけど、消費税とともに、この少人数学級が出されてくるかもしれない。そういう準備がすすんでいるとも読めないことはない。

 ほんとうに、野党は、相当踏み込んだ政権の姿、旗印が求められるぞ。ぼやぼやしていられないと思うなあ。

 

 

2020/09/06

敏感くんたちの夏

 朝から、すっきりしない天気と、すっきりしない気分(苦笑)。

 てれびで、厚岸をとりあげていた。そのあと、釧路湿原の番組もあった。すっかり、道東の地とは親しくなった。釧路湿原は、もう何度か行っているし、厚岸にも行った。どちらも、とても好きな場所だ。北海道の歴史についてもいろいろ考えさせてくれるところ。

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 行きたいなあ。

 今日は、ずっと座談会原稿。15Pめぐらいまではすすんだけど、なにしろ膨大だから、全体をどうするのかは、続きを収録しないとよくわからない。作業の進め方に悩むなあ。まあ、今日は、そこそこすすんだけど。このテンポでいいのか? もっと、集中力やテンポをあげたいけど、体も気持ちもなかなかついていかない。ダメですね。

 昨日の、ETV特集は、「敏感くんたちの夏」。聞いたことはあるのだろうけど、よく知らなかった。

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 とても敏感で繊細な子どもたち、HSC(Highly Sensitive Child)の夏を見つめる。北海道に暮らす中学生の元気くんは人の悲しみや苦しみなどの感情にとても強く共感し、自分のことのように受け止める。毎日ひどく疲れてしまい、教室に入ることもなかなかできず悩んでいる。この夏、HSCの子どもたちが仲間と出会い、敏感さとの付き合い方を一緒に学びながら、自分の生きる道を見つけていくまでの物語。

 発達障害ともまた違う。これをどうとらえればいいのか、よくわからない。だけど、さまざまな子どものしんどさや、思いや、生きづらさがあって、そのことを理解する回路が増えていることは、たぶん大事なのだろうなあと思った。自分は、子どもたちのことを、どれだけわかっていたのかということも考えさせらえる。知らないことがいっぱいある。

2020/08/12

特別支援学校寄宿舎「新しい生活」模索 風呂、食事密着避ける

 昨日は、対談原稿を一気に仕上げる。そして発信。あとは、インタビューが2つだ。だけど、とりあえず、今日はお休みにする。暑い毎日、結構、体にも、思った以上に、負担がきている。ちょっとのお酒で、悪酔いするしなあ。

 さて、一昨日の西日本新聞の記事から。

 新型コロナウイルスの感染拡大以降、共同生活を送る各施設で感染リスク軽減の取り組みが続く。筑後特別支援学校(福岡県筑後市)の寄宿舎でも、さまざまな工夫が行われているほか、近い将来、社会に羽ばたく生徒らに「新しい生活様式」を身につけてもらう取り組みが試みられている。
 7月29日午後5時半前、夕食の時間とともに、寄宿舎の食堂前に生徒が並んだ。入り口横にある洗面台で一人ずつ手を洗い、自分のハンカチで拭いた手をさらに消毒。目の前に仕切り板が置かれた食卓に着いた。この日、配膳係も務めた高等部3年の女子生徒は「手をよく洗ったり、人と距離をとったりするなどコロナ対策には慣れました」と落ち着いた様子でこなした。
 同校の寄宿舎は、休校明けの6月から、42人の定員を応急的に半分に減らして再開した。3人部屋を1人もしくは2人で使うようにし、現在は筑後地区の中学3年から高校3年生までの男女22人が生活している。
 風呂は密集しないよう班ごとに分けて入り、共有していたせっけんも各自が用意して名前を書いたケースに収納するようにした。寄宿舎指導員の古賀裕司さん(49)は「生徒の安全を預かる身として模索してきた。生徒にとっては集団生活の中で公衆衛生を学ぶ機会と捉えている」と話す。
 再開当初は食堂に一人用の学習机を一方向に並べて黙々と食事を取っていたが、市内のメーカーから寄贈を受けた仕切り板を導入すると同時に対面型の食卓に戻した。「予防策をとりつつ互いの顔も見えるようになり、生徒の表情が明るくなった」と古賀さんも胸をなで下ろしている。
 障害者にとって、寄宿舎生活を送ることはメリットが大きいという。中田雅子校長によると、入居を希望する理由の一つが「社会性が身につき、卒業後の離職率が低いと言われている」ことだ。規則正しい生活習慣と集団生活が、社会に出るための大事なステップになっているという。
 そのため、8月25日に始まる2学期からは通常の定員42人に戻す予定だ。感染者が増加する中で、中田校長は「様子を見ながらの判断になるが、食事も交代制にするなど対策を取り、日々の健康管理を大切にしながら再開したい」と話している。 (丹村智子)
 ちょっと流行らない記事かもしれないけど、いまだからこそ考えたいこと、集団のなかでの成長の意味、とりわけ、発達ということを考えたときの意味は、いろいろはかりしれないものもある。ところがいま、あまり、この点が重視されない。きちんと、議論したいことであるのだけど。

2020/08/09

「教育のつどい」のWeb分科会「教育課程・教科書」

 朝から、仕事にとっかかるまえの家事。ベランダに行くと、朝顔がいくつか咲いている。やっとそれらしくなってきた感じ。

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 今日の話の前に、昨日のETV特集。長崎の原爆孤児の話。

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原爆投下後の長崎を訪れた米軍カメラマン、ジョー・オダネルが撮影した「焼き場に立つ少年」。近年ローマ教皇によって取り上げられたことで世界から注目を集める写真だ。しかし撮影から75年経つにも関わらずその撮影日時や場所は謎に包まれたまま。番組では米軍が戦後九州で撮影した約4千枚の写真を主な手がかりに写真を多角的に分析。原爆孤児らの証言をひもときながら「焼き場に立つ少年」が生きたはずの戦後の日々を見つめる

 孤児たちの戦後史の意味を考えさせられた。原爆の被害もそうだけど、孤児となった後の戦後の行く手の酷さを考えさせられる。証言者の「言いたくない」という言葉が思い。若くしてなくなっていくきょうだい。どれだけつかかったかと、証言者は涙する。そこには、この孤児たちを棄てた、国の責任があるはずだ。最後のオダネルの言葉がさらに重い。原爆は誰も救わなかった。彼は、原爆投下の誤りを認めるようになる。

 さて、今日は、朝から、対談原稿、作業は第三段階には入っている。いろいろ予定が入ってきて、一気に仕上げに向かえない。うーん。

 午後からは、「教育のつどい」のWeb分科会「教育課程・教科書」。いろいろな論点があり面白かった。若い先生の実践に励まされる。若い先生が、子どもの実態と向き合って、ストレートに、では、どのような子どもの成長をめざすのかを考え、教科と教科外の行事を組み合わせて、教育課程づくりに向かっているのがすごいなあと思う。時数の工夫などもそのうえにあっておこなわれる。ああ、ストレートに、こういくのかというのは、驚きでもあるのだ。大阪はいろいろたいへんだけど、びっくりするような実践が出てくるんだよなあ。

 授業づくりと子ども理解の関係の議論もおもしろかった。子ども理解を軸にした実践に対して、教科の観点で疑問が出されたという話。この2つの観点は矛盾しないのではという問題提起があっての議論。ボクが考えさせられたのは、この「子ども理解」をめぐって、いろいろおこっているということ。現場の問題としてはスタンダードなど、子ども理解を重視しない状況があるということもあるけれど、これまでの教科教育そのものが曲がり角にきているということもある。社会の変容、子どもの変容から、キーコンピテンシーなどの議論がはじまったわけで、もちろん、それは日本に持ち込まれる過程でかなりの歪みがつくられているにしても、やはり従来の議論では教科の議論は無理なわけで、そのときに、子ども理解に立ち戻る必要があるということなのだと思うのだ。子どもの事実、子どもの成長の姿をとおしてこそ、スタンダードに対してた対抗できるのではないか。だから授業の中の子ども理解なのだと。少なくとも、学習指導要領の文面では、その社会と子どもの変容を前提にした実践を求めている。それが極めて一面的なものであっても。だからこそ子ども理解をベースにした、教科の授業実践の新しい形というものが求められているのだろうと思う。学習指導要領をめぐる問題、そして、学校で教育課程を子どもの実態から出発してということと、合わさってくるのだなあ。

 そして、教科書の問題も含め、文科行政と、政府全体、政治とのかかわりの構造をどう理解するのかがいまは結構大事なんだろうと、とても思った議論だったなあ。結構、充実した議論だった。

 そんなことをしながら、原稿整理はすすまないよう。家事もこなさないとと、結構結構、あわただしく一日が終わっていった。

2020/08/04

コロナ時代の教師のしごと

 職場での仕事は、数倍疲れます。テレワークになれると、ほんとうに疲れる。長時間の通勤もそうですが、いろいろ人とかかわることによる疲労でしょうね。まあ、それも大事なんですけど。否定的なこともありますし、力になることもありますし、その力になること、喜びになることもまた、疲れにはつながるのですがね。

 さて、新しい仕事もやってきます。この時代、この時期ですから、いずれも、労力のいる仕事です。どう調整していくか、新しい仕事の努力も模索しつつ、うまく乗り切りましょうね。

 執筆者とやりとりをしていて、日本の差別は、自覚のない差別だということが少し話題になりました。なるほどなあと思います。いじりなどはそうですね。それだけではなく、建前の社会というものがそうしているのでしょうか。身の回りで体験することだけに、よく考えたいことです。そこはよく見なければいけません。

 注文していた本が、いろいろなトラブルで届くのが遅れて、やっと届きました。セイジくんやガッキーの『コロナ時代の教師のしごと』です。

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 やっと、読むことができました。執筆者は飲み仲間が多いなあ(笑)。それはそうと、素敵な本。

 この難しい時代に、どう子どもとともに、生きていくのか。そういう思いが伝わってくる。子どもの事実から出発する、その子どもに向き合って、授業をつくる、それだけでなく学校のあり方を描く。すてきな先生たちの模索と試行錯誤のなかでの決意。それが希望かな。

 学校や、教師をめぐる現状にはいろいろな難しさがある。上意下達のなかでの現実、それが壁になる。その一方で、必死でがんばって、で、やってしまうことの難しさ。そういうなかでの模索と試行錯誤だ。そこでみんなで考え合った知恵だ。

 ありがとうの感謝を込めて。でもなあ、魔女先生には、また見事に泣かされた。電車のなかで。

2020/07/29

日韓の歴史問題をどう読み解くか―徴用工・日本軍「慰安婦」・植民地支配

 さて、今日も職場に。一日、実務が中心。お金の関係の処理をすすめる。メールのやりとりをする。短い原稿も書いたなあ。郵便局にいったり、休載中のコーナーのあらたな立ち上げの相談にいったり、いろいろやってよ。最後に1時間半ほど、やっと講演原稿作成に向かうことができた。しかしまあ、今日はものすごく疲れた。夜はガソリン切れ。

 コロナの事態がどんどん大変になっている。どう解決するのか、今何をすべきなのかという議論も、政権の外側からは、かなり積極的に提案がなされるようになっている。

 そういうなかで、今日の新聞に、大学の問題が掲載されていて、ちょっと。注目した。医学部のある国立大学は、これまで独自資金が潤沢ということが言われていたけど、コロナで、一気に、その財政が大変になっている。病院だけではなく、だいがくそのものの危機になろうとしている。医療の危機は、こんなところまで広がろうとしている。うーん。

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 『日韓の歴史問題をどう読み解くか―徴用工・日本軍「慰安婦」・植民地支配』をちゃんと紹介しておこうと思う。
 前衛でやった連載シリーズを本にしたものだけど。

 今年は、戦後七五年、韓国を植民地化した「韓国併合」から一一〇年にあたる。しかし、日韓関係は現在、「悪化」と言われるような状態にある。とりわけ二〇一八年韓国大法院の徴用工判決を機に、私たちは、日本の政府やマスコミの異常な反応を目の当たりにし、それが国民の感情や歴史認識にも負の影響を及ぼすという事態に直面することになったのだ。正直、判決が出たときのニュースや政治家の反応を見て、これは大変なことのなる。腹をすえて日本の植民地支配の歴史問題にとりくまなければと思ったのだ。

 そこで、この解決のために何が必要か、国民のあいだで、いまどんな議論をする必要があるのかをテーマに、第一線の研究者ら登場をお願いした。どうせなら、いま一番”旬”で、一番、しっかりした議論をしている人にお願いしようと、人選をすすめた。こうして一一人が多角的に挑んでくれたのが本書だ。

 第一章では、そもそも、徴用工裁判とはどんな裁判で、そこで何がとわれたのかを明らかにし、第二章では、日本の植民地支配では何が行われたのか、そのことに日本は戦後、どのように向き合ってきたのかを問う。第三章では、いま、私たちが歴史認識をただしていくうえで、必要な論点を示している。ほんとうに多くの方に手とってほしい一冊だ。

 

2020/07/28

思案のしどころだなあ

 今日は朝から対談のためにzoomテスト。一つひとつ、すすめながら、つながって、音もでるようになったけど、相手のカメラの映像がうつらない。あれこれやっているうちに、zoomは相手のカメラを認識、相手のカメラも起動しているのに、うつらない。結局、夜、相手側で、息子さんにSOSを出して、無事解決!!! ありがとうございます。

 今日は、会議日でもあるので、遅れて職場に。インタビューの日程を確認したり、いろいろ。うーん、しっかりものごとをすすめないとなあ。

 疲れが残っているのだろう、思ったように仕事がすすまない。自分の年齢とコロナと、現実の編集部の実情とを勘案しながら、どんなスタイルで仕事をするのかが思案のしどころだなあ。よくわからない。

 Twitterで、木村草太氏と、神代健彦氏との議論をちょっと見る。少人数学級についての議論。木村さんのことをみんな論客って言うけど、ボクはあまりそうは思わない。話術はたしなにうまいから、議論も駆け引きになれているのだろうなあ。だけど、非常に表面的な議論をする人という印象。少人数学級についても、メリットとデメリットを冷静に議論するべきと、ある意味では、当たり前に聞こえるような議論をするのだけど、これまで、少人数学級にかかわって、どんな議論が積み重ねられて、そこに貫かれた問題がなにかなど、もちろん専門家ではないので、関心のない様子。出してくる資料はかなり部分的なものだし。となるとかなり無責任なものという感じ。ここで、中身に踏み込む余裕がないので、どこかで、きちんとやってみたいものではあるが、いずれにしても、注目したのは、少人数学級には、まだまだ、ちゃんと議論をして解決が求められる問題が少なくないということなのだろうと思う。木村さんは、統制的・管理的教師の問題とか、複数教員メリットとかを言っているしね。どこかで、こうした議論を整理をしなくっちゃとは、思った次第。時間の余裕はいまはないけどなあ。

 まあ、いろいろ仕事をすすめろということで。

 

2020/07/21

障害ある子どものいる家庭がどんな状況にあるのか?

 いよいよ明日から工場籠城。なわけで、追い込みの編集実務が中心の一日。先の企画の頭を使う仕事は、どんどん、連休に先送り中。ちょっと、頭が、働かない。いろいろ抜けている感じがするなあ。集中力も、頭の働き方も、体力も、加齢もあって、ちょっと限界かねえ。この体制じゃねえ。かなり厳しい現状を何とかしなくっちゃ。明日の籠城の後は、籠城は4日間中断。その間に、インタビュー取材も含め、いろいろ仕事が入っている。夏まで、ダラダラと仕事が続く。うーん、メンタルの管理もうまくしないといけないなあ。がんば!

 さて、3日ほど前の、悲しいニュース。 

「障害ある子の介護に疲れた」 長男殺害疑い逮捕の母、容疑認める(京都新聞)
 京都市左京区の自宅マンションで少年が殺害された事件で、京都府警下鴨署は17日夜、殺人の疑いで、少年の母親の無職坂山文野(ふみの)容疑者(52)を逮捕した。同署によると、「障害のある子どもの介護に疲れた。数年前から、物を投げたりして暴れるようになった」と容疑を認めているという。

 逮捕容疑は16日午後6時半から17日午前10時15分の間、同区のマンションの居室で、総合支援学校高等部2年の長男りゅうさん(17)の首を絞めて殺害した疑い。

 下鴨署の説明では、文野容疑者はりゅうさんと2人暮らし。「16日夜ごろ、寝ている息子の首をベルトで絞めて殺した」と供述しているという。

 文野容疑者は17日朝、左京区の別のマンションから飛び降りようとしているところを発見された。下鴨署によると、首などに複数の傷があり、「りゅうのそばで死にたかった」と書いたメモを所持していたことから無理心中を図ったとみている。

 何年かに一度、必ずこういう報道が繰り返される。障害ある子どものいる家庭がどんな状況にあるのか? 研究者による部分的な研究調査はあるものの、政府の調査は基本的にはない。政府には、子どもの問題から、問題をいろいろ考えるという発想がない。子どもについては、政策的な無関心がいまなお貫かれている。そういうなかで、置き去りにされ、家庭に沈殿した困難が、こういう形で表出する。それが何も変わらないということに、正直、絶望的な気分になる。ただでさえ、コロナ禍のもとで、障害ある人たちの生活はさまざまな困難が生じている。子どもの生活はなおさらだ。そこに、複合的な問題が重なっていけば……。厳しいなあ。

2020/07/20

新自由主義からの転換はすすむのか

 今日も、朝から、提稿作業。いよいよ追い込みです。お昼の間に、来月のインタビューのための資料をいろいろ集める作業も。あとは実務。結構、忙しく仕事が続くのです。

 さて、今日は教育再生実行会議のことがニュースになっていた。報道によると、「ポストコロナ期における新たな学び」をテーマとする議論に着手したそうだ。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、オンライン教育のあり方や適正な学級規模、早期導入が見送りとなった「9月入学」の是非などを検討する。来年5月をめどに提言をまとめる方針だという。基本、骨太の方針に呼応した方向だけど、その範疇でのオンラインのいうのが実際のところだろうなあ。同時に、「9月入学」がまたまた出てくる。一方で、文科相は、記者会見で、「(現在の40人学級は)限界を超えている」と述べ、少人数学級の「計画的な整備」に向けて検討していく考えを示したというのだけど。単純じゃないなあ。いろいろおこっている。

 それだけに、教育とは何か、学校とは、なぜ少人数学級なのか、という骨太い議論をしていかないといけないだと思う。

 その関係で、いま新自由主義からの転換が大きな課題になっている。このままでいいのかと、その条件が広がっているのはたしかだと思う。だけど、それが、単純に広がっているわけではないということが大事なのではないかと考えている。国民の多くは、一方で、反新自由主義にまっすぐ向かっているわけではないし、いまでも、新自由主義のいろいろなイデオロギーがからみついているのだから。ほんとうに社会はどうあるべきかということを、深く、広く、議論しないと、転換はすすまないのではないのか。その構えも、とりくみも、本格化しないとなあ。そこが、なかなかすすまないという感じもあるのだ。いまは正念場、たぶん、秋に解散・総選挙。ここが本当に正念場だ。

 

 

 

 

 

 

 

2020/07/19

コロナ禍、海外にルーツをもつ子どもとその家族はいま

 朝から、「サンデーモーニング」を見ながら、心がざわつく。そして、提稿作業をすすめる。対談の資料を並行して読み進める。何か眠いなあ。久しぶりの雨の降らない日曜日だだから、洗濯機を何度も回したかったけど、出張校正が近いので仕事優先。午後も2本目の提稿作業。

 途中から、第13回子どもの貧困対策情報交換会に”ながら”で参加。ウェビナーだけどね。「コロナ禍、海外にルーツをもつ子どもとその家族はいま」。全体的な特徴の分析と、現場からの報告と。この間の、外国人労働者の現状を数字でも確認できたのは貴重。かつてと急速に変化し、いまや、日本は実態的には多数の外国人労働者を抱える国になっている。その大きな割合が実習生や留学生で、その不安定さについてあらためて考えさせられる。そこに本来なら禁止されている家族が来ていたもする。さまざまな不安定な人がいる。コロナ禍で、困難を抱えるのもそういう不安定な人たちだ。そのもとでの子どもの実態に胸がつまる。だけど、実践的には、その親に経済的支援がなされなとというのが現実。もう一つの塊に、難民といわれる人たちがいる。さまざまな背景がありながら日本にきた人々に、日本は簡単に受け入れず、困難な状況にいる。クルドの報告があったけど、入管のひどさにあらためて考えさせられる。さすがに元内務省の組織、法務省の外局だけど、実態は、内務省、外務省の流れでの、統制・支配を旨とする機関であることがよくわかる。公安も同じだな。どこまでの人権を顧みない実態に、こちらも胸がつまる。こうした問題をきちんとやらないとなあと反省させられる。

 夕方、来月のインタビューの日程を決める。オンラインを使える方ではないので、いまのご時世だから、お伺いするのも厳しく、電話取材かなあ。こちらは、PCから電話して、録音するのがいいかなあなど考える。月内2本、来月はじめに2本のインタビューが続く。

 夜、「新聞記者」を途中から見入ってしまった。うーん。感想はすでに書いた気がするが。悔しい思いでいっぱいになる。

 だけど、たしかにいまの政治の矛盾は大きく、さまざまな新しい動きはあるけれど、だけど、この惨状を前に、ボクらはどのように行動すればいいのだろうか? やっぱりボクは厳しく、心して向かわななければならないのが現実だと思うなあ。

 引き続く、「i 新聞記者」は望月さんのドキュメント。この世代、正論をはく彼女のたたかい。うらやまさしさ、自分はこのように生きてきたのかは考えるところもあるけど、静かななる自分のたたかいも、たたかいではある。自分の仕事はきちんとやるよなあ。

 菅さん、要請と補償を法律で。これを公約で、解散・総選挙を考えているのかなあ? 消費税減税もあるかもねえ。やっぱり、解散の目は消えないなあ。

 さあ、今月、最後の追い込みです。

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