文化・芸術

2017/03/21

強制収容所のバイオリニスト―ビルケナウ女性音楽隊員の回想

5169s7ykml_sx341_bo1204203200_ 著者のヘレナ・ドゥニチ‐ニヴィンスカさんは、1915年生まれのポーランド人。アウシュヴィッツ=ビルケナウに収容されたのはユダヤ人だけではなく、非ユダヤ系の人たちも、政治犯などが収容されていた。彼女は、自宅に反ナチス活動家を下宿させたことで、母親とともに逮捕された。アウシュヴィッツに移送された。ここが注目の1点目。
 アウシュヴィッツまでの彼女たちの道のりをみると、独ソの密約による支配がもたらしたものを痛感させられる。覇権主義的な国家がもたらしたものが何であったのかの歴史の証言者でもある。これが2点目。
 そして、アウシュヴィッツ=ビルケナウの女性音楽隊のこと。ナチスの収容所での音楽の役割などは、「収容所のマエストロ」のようなすぐれたドキュメンタリーもある。生きるための音楽ということはそうだけど、ここでは、囚人を送りだしたり、迎えたりするそういう音楽隊だ。もちろん、休日の音楽会、ときとして秘密の音楽会もあったわけだけど。だけど、音楽隊の人たちは、生きるには、良心の呵責に耐えて弾くほかなかったという体験だ。そして、そのため、戦後、多くの人はそのことを誰にも明かさなかった。そうした収容所での非人間的な体験や音楽隊の実態を、克明に記した回想録になっている。
 重い内容を問いかける。人間とは、人間にとって自由とは、人間の尊厳とは。その問いを忘れてはいけないなあ。


2017/03/16

特集ワイド 「ウルトラセブン」放映開始50年 脚本に沖縄の現実投影

特集ワイド 「ウルトラセブン」放映開始50年 脚本に沖縄の現実投影(毎日新聞)

 主題歌冒頭の和音を聞くと、思わず「セブン、セブン、セブン!」と連呼したくなる中高年も多いだろう。「ウルトラセブン」の放映開始から今年で半世紀。日本特撮史に残るこのテレビ番組には、当時まだ米軍統治下にあった沖縄の複雑な状況がにじんでいたことをご存じだろうか。沖縄出身で、「セブン」のメイン脚本家の一人だった上原正三さん(80)に、当時と今の沖縄を語ってもらった。

織り込んだ「戦争」や「差別」/新たな「非武のヒーロー」作りたい

 砂ぼこりをまき散らして疾走するラリーカー。トランクの中には超高性能火薬「スパイナー」が積まれ、ウルトラ警備隊のダン隊員、アマギ隊員が地球防衛軍の実験場まで運ぶ任にあたる。コース上では地雷が爆発、オートバイに乗った人間爆弾が襲撃してくる--。
 上原さんが脚本を書いた「700キロを突っ走れ!」(1968年)は、72年の沖縄本土復帰前、統治機構として住民の生活を覆う米軍の存在がヒントになった。「さまざまな武器や爆発物を積んだ米軍車両が市街地を行き交うのは、沖縄ではごく当たり前の光景だった。いつどこに何が運び込まれるのか、われわれ住民には一切知らされない中で、日常がひっくり返りかねない怖さを常に感じていた」
 神奈川県内の行きつけの喫茶店でインタビューに応じてくれた上原さんは、最も印象に残る「セブン」の脚本を尋ねると、真っ先にこの回を挙げた。当時のTBSプロデューサーから「沖縄の人でなければ書けない」と評価されたという。
 ブラウン管の向こうでウルトラ警備隊が守っていた危うい日常は、放送の翌69年7月、沖縄の現実とつながる。米軍の知花弾薬庫(現沖縄市)で毒ガスが漏れ出し、米軍兵士ら20人以上が治療を受ける事故が発生。ひそかに貯蔵されていた物質にはサリンやVXガスも含まれていた。「沖縄では今も、米軍が生活の場からフェンスひとつ隔てた場所で存在する。その存在が、日常の平和を壊す危険をはらんでいる現実は、復帰前も今も変わらない」と静かに語った。…

 ウルトラマン、ウルトラセブンと沖縄の金城哲夫や上原正三のことを知ったのは、前にも書いたけど、NHKのドラマ、「私が愛したウルトラセブン」が最初だよなあ。世代的には、2回りもちがうもの。復帰前の、沖縄戦と地続きの米軍施政下の苦難を正面から背負っていた世代なんだろうあ。とくに金城は、そこからの脱出すべをみつけられうに、自己破壊的になってしまった感もあるのだけど。でも、ボクガなぜ、ウルトラセブンなどが大好きで、そこから何を吸収していたのかも、いろいろよくわかるというか、考えさせられるのではあるのだ。

2016/09/15

昭和偉人伝 山崎豊子

 昨日の、BSの番組。賞味期限切れのプロ野球のタイガース戦が長引いたのはちょっと閉口……。

Prg66_01 医学界の腐敗を鋭く追求した「白い巨塔」。金融界の闇の部分を暴いた「華麗なる一族」。商社マンの熾烈(しれつ)な闘いを描いた「不毛地帯」など、当時、聖域とされた分野に果敢に挑み、戦後の日本の光と影を描ききった作家・山崎豊子。国民的作家として知られる山崎だが、世に送り出した小説は、実は長編が15作、中編・短編が9作にすぎない。半世紀を超える作家生活の結晶としては少ないが、その一つ一つが長い年月をかけ、徹底した取材と緻密な構成のもとに生み出されたものだ。そして、そのほとんどが映画やテレビドラマとして映像化され、時代を超えて多くの人々の心をとらえ続けている。
 生まれ育った大阪・船場を舞台に描いたデビュー作「暖簾(のれん)」はすぐに映画、舞台化され好評を博し、二作目の「花のれん」が直木賞受賞という華々しい文壇デビュー。「白い巨塔」「華麗なる一族」で作家としての地位を固めた山崎は、小説の舞台を大阪から離れ、作家生命を懸け戦争の不条理を鋭く描き続けることになる。戦争三部作と呼ばれる「不毛地帯」「二つの祖国」、そして「大地の子」である。
 「原稿用紙と万年筆を持ったままひつぎに入る」との強い覚悟を抱いていた山崎の作家生命は、遺作「約束の海」まで続いた。国内はもとよりアフリカ、シベリア、アメリカなど世界中を駆け巡って取材した山崎豊子。その不屈の作家精神はいかにして生まれ、育まれたのか? 関係者のインタビューや、死後発見された日記、膨大な創作ノートなどをもとに、日本人の魂を描き続けた作家・山崎豊子の足跡と、情熱の根源を探る。

 やっぱ、すごいはこの人。血を流しながら、書くというのは、この人のようなことだな。小説として、断端な設定。さらに、現実のテーマをフィクションで描くとき、誤解も、混乱も恐れずすすむ。つまり、読者(国民)を信じているんだな。最終的には、正しい認識をしてくれるって。そういう信念、使命感を支えたのが、ものすごい量の取材ということか。膨大な創作ノートや、インタビューテープ。一度、見てみたいなあ(聞いてみたいなあ)。時間ができたら、読んでいない作品も含め、挑戦したいなあ。

2016/09/11

燃える東京・多摩 画家・新海覚雄の軌跡」

14330109_1167190610008349_549527746 やっと最終日に見に行くことができました。ボクが新海について詳しくしったのは、この仕事をしたから。
よみがえる1950年代の前衛芸術と社会運動
●砂川闘争から60年安保闘争へ
 武居利史

 3年半ほど前になるのかな。50年代の美術の再評価のながれのなかで、この時代のリアリズム運動と社会運動が注目された。たしかに、戦後の文化を見ていくとき、これまで政治的にそぎ落とされた形になっているものが少なくない。
 今回、実物を直接みたわけだけど、やはり迫力をもって、迫ってくるものはある。いまの政治が政治だし、いろいろな困難のなかでの開催だったのだと思うけど、1万人が来場したそうだ。すごいね。テーマそのものが難しいいろいろな問題もあるのだろうけど。
 歴史としても、作品としても、とても興味をそそられた。あらためて。

2016/09/02

健康で文化的な最低限度の生活(4)

09187810 頭を殴られた思いで読んだ漫画はもちろんこの本。4巻は、引き続き扶養照会なわえだけど、その中身が厳しく、つらく…。そうしたなかで、迷い、葛藤する主人公が初々しい。おりしも、高校生バッシングがあったばかり。いろいろ考えないとなあ。


2016/09/01

非戦を選ぶ演劇人の会 ピースリーディング vol.19 すべての国が戦争を放棄する日

14068141_1157234327670644_658489789 昨日は、非戦を選ぶ演劇人の会 ピースリーディング に行ってきた。友人から誘われたのをきっかけに、ここ何年か、毎年来ているが、演劇人たちが、今どんな主張を選び、どんな言葉を発するのかが関心。今年は原点のような言葉だったなあ。高江で始まり、高江で終わったから、ぐいぐい引き込まれる。沖縄ですすむ、米軍新基地建設や、自衛隊の新たな配置からいまの政治をといかける。北朝鮮、中国脅威論はほんとうか。
 ふと、この言葉は、いまの社会全体のなかで、どこまで説得力をもつのかということが頭をよぎる。うん。だけど、いま平和のために何かをしたいと考えている人の心を動かさない言葉ではダメなのだ。いま、被害に直面している人の視点で言葉は繰り出されなければならない。そのうえで、それをどう普遍化し、説得力をもつ言葉に昇華していくのか。そんなことも考えた。そのためには、ぶれない原点が必要だと。
 たくさんの論点が、いつもつまっているピースリーディング。だめだなあ。勉強不足をこんなところで感じるようでは。と、いつも反省の日々である。


2016/07/22

バケモノの子

Main_large_2 はずれないかあ細田守! おおかみこどもの雨と雪、サマーウォーズ、時をかける少女。これもおもしろかった。バケモノとはだれか? 心の闇を抱えながら葛藤し、それでも生きていく。うん。そして、その生きる道をさししめすのが”バケモノ”だと。見ていて、こころがあったかくなる。アニメらしいアニメ!
 細田さんはジブリの影響を隠さないね。というか、ジブリにも重ねながらね。うん。よかった。ボク的には。


2016/06/05

視点

Images 昨日は、こちらも。毎年行っていると、いろいろ考えるなあ。ずいぶん、スナップ系の写真が増えた。日常を切っているのは、大事かもしれないなあ。だけど、がっちりしたドキュメントはずいぶん減ったなあ。こうした写真をどう受けとめればいいのか、いろいろ悩む。だけど、ああ、これは、って、ボクの好きな写真も、やっぱりあるんだよなあ。うーん。この分野は引き継がなきゃ。いろいろな人脈の引き継ぎ。


2016/04/30

安田菜津紀写真展「この街で、これからも 陸前高田に生きる」

 昨日の午後の後半はここ。安田さんの写真展に行ってきた。

Img 今でも振り返らない日はない。一面の瓦礫に覆われた陸前高田の街を前に、茫然と立ち尽くした、2011年3月。あれから5年の月日が経つ。整地を待つ市街地、続く仮設住宅暮らし、乗り越えていかなければならないものを数えれば、きりがないかもしれない。それでもここで生き抜く人々と共に少しずつ、街の宝物が息を吹き返す姿を目にしてきた。神事や伝統行事、海の幸。そんな営みが取り戻されていくのはむしろこれからだ。だからこそ、これからもこの街で、少しでも多くのシャッターを切りたいと思う。それは再び輝こうとしているものに触れたいという願いであり、そして同じ悲しみを繰り返さないための意思でもある。命のバトンを、受け継いでいくために。

 テレビに出るようになって、売れっ子になった。写真展もすごい人だった。すごいなあ。もう6年の付き合いになる。はじめて会ったのは、まだ大学を卒業して間もないころ。すっかり立派になったなあ。うちの息子と同い年だけど。この写真展のテーマも、3年ほど前に、グラビアでやってもらった。
 
20160430_130121 そして4月号でも登場してもらったのがこれ。とても、思いのこもったグラビアだった。昨日は、人がいっぱいだったので、挨拶は遠慮したけど、Kくんとちょっとおしゃべり。


2016/04/29

MOTアニュアル2016 キセイノセイキ

13010677_1073750392685705_863235366 今日は、まず、都立現代美術館へ。いっぱい並んでいるピクサー展を横目に、キセイノセイキ展に。「今の社会を見渡すと、インターネットを通して誰もが自由に声を発することができる一方で、大勢の価値観と異なる意見に対しては不寛容さが増しているように思われます。表現の現場においても、このひずみが生み出す摩擦はしばしば見受けられます。そうした中で、既存の価値観や社会規範を揺るがし問題提起を試みるアーティストの表現行為は今、社会や人々に対してどのような力を持ちえるでしょうか」というのがモチーフ。たとえば、藤井光のインスタレーション《爆撃の記録》は、強烈な印象。何もないがらんどうの展示室なのだから。ただ作品につけられるキャプションだけが……。キャプションの文字を読んでいくと、東京大空襲に関する資料名であることがわかる。いろいろ想像が書きたてられる。そう、これはかつて東京都が祈念館建設のために収集した戦争資料の一部なのだが、一九九九年に建設は凍結された……。この未完のプロジェクトを「想像の祈念館」として再生した作品であることが最後にあかされる。様々な年齢の人々に一九〇〇年から一九四五年までの日本を含むアジアで何が起きたかを答えてもらい、その口元の動きだけを映像でつなげた作品もあった。その発言の危うさ。ヘイトスピーチに近い発言もあり、そうした人々の意識が無言の「空気」のような圧力となっていく。うーん。
 そのほか、危険物、裸体、暴力、戦争、死などの表現が続く。直接的な政治的メッセージではなくとも、この時代の内と外にある「規制」と、「表現」の持つ意味を問いかける、とても刺激的で、いろいろ考えさせられた美術展だった。

20160429_135028 この美術館はもしかしたらはじめて? そもそも深川など行ったことがない。結構、人が集っていて、散策をしているのには驚いた。深川めしの店屋さんは並んでいるし。若い人が多いし。へーと驚いた。

より以前の記事一覧

無料ブログはココログ
2017年4月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30