文化・芸術

2018/02/02

ペリリュー 楽園のゲルニカ 1~3

61kuk7wol_sx350_bo1204203200_ ガイドをするにあたってということもあるけど、この漫画を読んでみた。吉田さんも、あとがきで書いているけれど、ペリリューのたたかいは、徹底した持久戦をおこなって、米軍がてこずったことから、日本軍の強さということで称賛されたりするのだけど、実際のペリリューのたたかいはどうだったのか。そのことが、コミカルな可愛い絵柄で、しかし、内容的には、リアルに描かれる。もちろん、ほんとうの戦争の地獄には程遠いのだろうけど、その地獄について想像力もかりたてられて、ものすごくリアルな感じで迫ってくるのだ。いろいろ、当時の戦場を知るうえでポイントになるようなこともしっかり描かれていて。これはとてもおすすめの漫画だな。4巻が待ち遠しい。


2018/01/07

生誕100年 ユージン・スミス写真展

 行ってきました。

26168388_1653094258084646_703455513 W.ユージン・スミス(1918-1978)は、写真史上、もっとも偉大なドキュメンタリー写真家のひとりです。グラフ雑誌『ライフ』を中心に「カントリー・ドクター」、「スペインの村」、「助産師モード」、「慈悲の人」など数多くの優れたフォト・エッセイを発表し、フォト・ジャーナリズムの歴史に多大な功績を残しました。  とりわけ日本とのかかわりが深く、17歳のときニューヨークで偶然であった日系写真家の作品につよい感銘をうけ写真の道を志すきっかけになったこと、太平洋戦争に従軍して、戦争の悲惨で冷酷な現実をカメラで世に伝えんとして自らも沖縄戦で重傷を負ったこと、戦後の日本経済復興の象徴ともいえる巨大企業を取材した「日立」、その経済復興の過程で生じた公害汚染に苦しむ「水俣」の漁民たちによりそった取材などがあります。  本展覧会は、生誕100年を回顧するもので、スミス自身が生前にネガ、作品保管を寄託したアリゾナ大学クリエイティヴ写真センターによる協力のもと、同館所蔵の貴重なヴィンテージ・プリント作品を150点展示します。情報あふれる現代社会に生きる私たちにとって、ジャーナリズムの原点をいま一度見つめ直すきっかけになることでしょう。

 若いころから、構図がずば抜けていて、すばらしい写真をとる。ボクんとっては「楽園への歩み」がやはり、ユージンスミスだけど、むかし見た《 入浴する智子と母 》がやはり強烈だった。いまは、夫人アイリーンの判断で公開されていないので、展示はなかったけど。
 沖縄戦などの戦場写真が根底にあるのはよくわかった。その現場での負傷から、「楽園への歩み」につながる。
 平和だとか、道徳的価値、ヒューマニズムがほんとうに根底にあり、労働者=ピープルの写真へと続く。そこから人間を描く中で、葛藤が生まれていくさまがなるほどなあと考えさせられる。いきついた、丸ごとの写真。うーん。そして「水俣」。じっくり、その写真の経緯をみれたのはよかったなあ。


2017/12/30

ハンナのかばん

06399382e47cb48665d4c850451a622d_f1 ずっと見たかった、劇団銅鑼の「ハンナのかばん」をやっと26日に見てきた。あの話をどのように舞台化するのかと思ったけど、ものすごく完成された舞台。
 ホロコーストと向き合うこと。その深みを、日本でもこういう舞台になっていることはものすごく大事だと思った。


2017/10/14

<九条俳句訴訟>掲載の期待侵害、さいたま市に賠償命令 掲載拒否は「不公正な扱い」/さいたま地裁

 小さな裁判だけど、大きなことが問われた裁判。

<九条俳句訴訟>掲載の期待侵害、さいたま市に賠償命令 掲載拒否は「不公正な扱い」/さいたま地裁(埼玉新聞)

 さいたま市大宮区の三橋公民館が2014年6月、同公民館で活動する句会会員が詠んだ俳句「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」の公民館だよりへの掲載を拒否したのは、表現の自由を保障した憲法21条などに違反するとして、市を相手に作品の掲載と慰謝料200万円余の支払いを求めた国家賠償請求訴訟の判決が13日、さいたま地裁で言い渡された。大野和明裁判長は「職員の不公正な取り扱いで、原告の利益である掲載の期待が侵害された」とし、市に慰謝料5万円の支払いを命じた。掲載請求は棄却した。
 大野裁判長は判決理由で、公民館は句会が選出した俳句を3年8カ月にわたり公民館だよりに継続して掲載してきた点を述べ、「原告の俳句も掲載されると期待するのは法的保護に値する人格的利益」と指摘。その上で「公民館職員らが原告の思想や心情を理由に俳句を掲載しないという不公正な取り扱いをしたのは国家賠償法上違法」とした。
 公民館職員らが掲載可否の「十分な検討を行わなかった」ことを認定し、その原因について「教育現場で憲法に関連する意見の対立を目の当たりにしてへきえきし、一種の『憲法アレルギー』のような状態に陥っていた」と推認した。
 一方、不掲載が表現の自由の侵害に当たるかについては「公民館だよりという特定の表現手段による表現を制限されたにすぎず、原告が必要とする掲載請求権はない」と棄却。学習権の侵害となるかについても「学習権の内容に学習成果の発表の自由は含まれず、不掲載により原告の学習は制限されない」と退けた。
 判決などによると、「梅雨空に」の俳句は、句会会員でさいたま市大宮区の原告女性(77)が東京都内に出掛けた際、雨の中でデモ行進する女性たちに遭遇し、共感した思いをつづったもの。句会が公民館だよりに掲載する句として選出したところ、公民館が「世論を二分する題材を扱っている」「公民館の考えであると誤解を招く」として掲載拒否を伝えた。
 市は「公民館だよりは公民館側に発行、編集の権限がある」と請求棄却を求めていた。

 不掲載が表現の自由の侵害に当たらないとはしたが、不利益を認め、実質的に、表現の自由を擁護した内容の判決。表現することの粘り強くとりくみが、その自由をまもったともいえるのだと思う。近年、表現の自由をめぐっては、非常にきな臭い、閉塞的な状況がある。それだけに、厳しい面にはしっかり目を向けながら、この判決を力にしたいと思うった次第。

2017/10/08

重重写真展 消せない痕跡Ⅱアジアの日本軍性奴隷被害女性たち

22289780_1563710787022994_509108915Img_0_m 忙しくって取材に出れないと、こころが乾くなあ。ホントは今日も、あとのことを考えて、取材に出たかったけど、なかなかそうはいかず。それで、でも夕方はここに行きました。安さんにも会ってきました。安さんと仕事して、1年ほどたって、安さんは、インドネシアとか、フィリピンの取材をすすめていた。そこで描かれたその事実をどう受けとっめるのか。いろいろ考えさせられた。そう向き合わなきゃ。そう迫られた。


2017/06/12

2017年 第42回『視点』

Shiten2017_exb 土曜日は、こちらに。毎年のことだけど、仕事として行くのはあと何回ぐらいかなあ。
 さて、今年は、組み写真が多い気がした。それぞれテーマをもった写真が多い。時代を切り取るということになると、見えるものを、その本質まで抉るように見せる写真と、見えないものを想像力をかきたたせながら見えるようにする写真とがあるのだろうけど。そういういろいろな写真がある。どこまで、迫れているのかは、どうだろうか。ただ、問題意識や、撮りたいものをあれやこれや考えている姿勢などはよくわかるなあ。と共感できる写真も結構あったけど。レセプションで、知り合いの写真をとっていた人などとのおしゃべり。超ベテランの大先生とも。家に帰って、その被写体になった人ともしゃべる。


2017/05/10

渋谷 敦志 写真展:ボーダーランド―境界を生きる者たち

 午前中は、渋谷さんの写真展を見に、銀座に。最終日とあって、混んでいた。さすが。

Postcard 世界の紛争地や被災地、辺境を訪れ、そこに生きる人々の姿を撮り続ける写真家、渋谷敦志氏の写真展です。18年に及ぶ取材において、忘れがたい人間や生命が躍動する瞬間を写し撮った写真約50点を展示します。人間は弱いけど強い、残酷だけど優しい。そう信じるに足る何かをボーダーランドに生きる者たちのまなざしに感じた氏が、境界を越えて人と人がつながる未来へのヴィジョンを写真で紡ぎ出します。

 写真は、渋谷さんらしい、光の使い方と色合い。いつみても素敵な写真。だけど、今回は厳しい写真が多い。タイトルにあるボーダーは、貧困や紛争や、さまざまな困難の境界にいる人々か。そこにひかれるボーダーラインを、彼は乗り越え、そして共に生きる。彼自身の眼差しは、きびしく、強い。だからこそ、乗り越える。うーん、ボクは、ただうろたえるだけだなあ。こんなに、直視し、正視して、うけとめられないなあ。その違いを感じてしまった。少し、おしゃべりをして、また励まされる。

 そして、職場へ。自分の卑屈さとか、さもしさとかも感じながら、それでもね。いまは生きて、がんばるしなね。しっかり、心を洗われながらね。

2017/04/30

ETV特集「日本の文化財を守れ~アトキンソン社長の大改革~」

 これはちょっと驚いた。メディアでも結構とりあげられているそうだけど、あまり詳しくしらなかったので。

161fb1ccf6b949099f346e4ccbbaec4f 外資系金融会社の幹部だったイギリス人が老朽化の危機にひんする日本の文化財を救おうとしている。職人たちとの対立を越え、日光東照宮や春日大社をよみがえらせた改革とは
 今、日本各地の歴史的建造物が、老朽化しながらも予算や職人の不足により修繕が進まない事態が進んでいる。その中で救世主として期待されているのが、デービッド・アトキンソン氏。外資系金融会社の幹部だったが、7年前、老舗の文化財修復会社の社長に就任。職人たちと衝突しながらも、斬新な発想と実行力で、日光東照宮や春日大社など名だたる文化財の修復を進めてきた。日本の文化財の可能性を信じるアトキンソン氏の改革とは。

 アナリストの改革だから、もっと経済原理重視かとおもったら、実は、伝統のそいながら、オーソドックスなバランス。
 地方再生大臣の二条城の学芸員発言にある、二条城の再建にもかかわっている。大臣は、こうしたとりくみの一端をつまみ食い的に仕入れていて、勝手に解釈して、ああいう発言をしたのだろうか。保全と活用を模索するこうした努力はまったく眼中にないのか?
 しかしまあ、日本というのは、ほんとうにこうした文化の保全という問題についても、貧弱なのか。社会全体を豊かにしていくビジョンがないというか、思想がないというか。そういうことをつきつけられると悲しくなるなあ。
 その模索と葛藤は、いろいろな立場の人の意見もていねいに聞いてみたいものだなあ。


2017/03/21

強制収容所のバイオリニスト―ビルケナウ女性音楽隊員の回想

5169s7ykml_sx341_bo1204203200_ 著者のヘレナ・ドゥニチ‐ニヴィンスカさんは、1915年生まれのポーランド人。アウシュヴィッツ=ビルケナウに収容されたのはユダヤ人だけではなく、非ユダヤ系の人たちも、政治犯などが収容されていた。彼女は、自宅に反ナチス活動家を下宿させたことで、母親とともに逮捕された。アウシュヴィッツに移送された。ここが注目の1点目。
 アウシュヴィッツまでの彼女たちの道のりをみると、独ソの密約による支配がもたらしたものを痛感させられる。覇権主義的な国家がもたらしたものが何であったのかの歴史の証言者でもある。これが2点目。
 そして、アウシュヴィッツ=ビルケナウの女性音楽隊のこと。ナチスの収容所での音楽の役割などは、「収容所のマエストロ」のようなすぐれたドキュメンタリーもある。生きるための音楽ということはそうだけど、ここでは、囚人を送りだしたり、迎えたりするそういう音楽隊だ。もちろん、休日の音楽会、ときとして秘密の音楽会もあったわけだけど。だけど、音楽隊の人たちは、生きるには、良心の呵責に耐えて弾くほかなかったという体験だ。そして、そのため、戦後、多くの人はそのことを誰にも明かさなかった。そうした収容所での非人間的な体験や音楽隊の実態を、克明に記した回想録になっている。
 重い内容を問いかける。人間とは、人間にとって自由とは、人間の尊厳とは。その問いを忘れてはいけないなあ。


2017/03/16

特集ワイド 「ウルトラセブン」放映開始50年 脚本に沖縄の現実投影

特集ワイド 「ウルトラセブン」放映開始50年 脚本に沖縄の現実投影(毎日新聞)

 主題歌冒頭の和音を聞くと、思わず「セブン、セブン、セブン!」と連呼したくなる中高年も多いだろう。「ウルトラセブン」の放映開始から今年で半世紀。日本特撮史に残るこのテレビ番組には、当時まだ米軍統治下にあった沖縄の複雑な状況がにじんでいたことをご存じだろうか。沖縄出身で、「セブン」のメイン脚本家の一人だった上原正三さん(80)に、当時と今の沖縄を語ってもらった。

織り込んだ「戦争」や「差別」/新たな「非武のヒーロー」作りたい

 砂ぼこりをまき散らして疾走するラリーカー。トランクの中には超高性能火薬「スパイナー」が積まれ、ウルトラ警備隊のダン隊員、アマギ隊員が地球防衛軍の実験場まで運ぶ任にあたる。コース上では地雷が爆発、オートバイに乗った人間爆弾が襲撃してくる--。
 上原さんが脚本を書いた「700キロを突っ走れ!」(1968年)は、72年の沖縄本土復帰前、統治機構として住民の生活を覆う米軍の存在がヒントになった。「さまざまな武器や爆発物を積んだ米軍車両が市街地を行き交うのは、沖縄ではごく当たり前の光景だった。いつどこに何が運び込まれるのか、われわれ住民には一切知らされない中で、日常がひっくり返りかねない怖さを常に感じていた」
 神奈川県内の行きつけの喫茶店でインタビューに応じてくれた上原さんは、最も印象に残る「セブン」の脚本を尋ねると、真っ先にこの回を挙げた。当時のTBSプロデューサーから「沖縄の人でなければ書けない」と評価されたという。
 ブラウン管の向こうでウルトラ警備隊が守っていた危うい日常は、放送の翌69年7月、沖縄の現実とつながる。米軍の知花弾薬庫(現沖縄市)で毒ガスが漏れ出し、米軍兵士ら20人以上が治療を受ける事故が発生。ひそかに貯蔵されていた物質にはサリンやVXガスも含まれていた。「沖縄では今も、米軍が生活の場からフェンスひとつ隔てた場所で存在する。その存在が、日常の平和を壊す危険をはらんでいる現実は、復帰前も今も変わらない」と静かに語った。…

 ウルトラマン、ウルトラセブンと沖縄の金城哲夫や上原正三のことを知ったのは、前にも書いたけど、NHKのドラマ、「私が愛したウルトラセブン」が最初だよなあ。世代的には、2回りもちがうもの。復帰前の、沖縄戦と地続きの米軍施政下の苦難を正面から背負っていた世代なんだろうあ。とくに金城は、そこからの脱出すべをみつけられうに、自己破壊的になってしまった感もあるのだけど。でも、ボクガなぜ、ウルトラセブンなどが大好きで、そこから何を吸収していたのかも、いろいろよくわかるというか、考えさせられるのではあるのだ。

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