文化・芸術

2020/10/11

“ワケあり”りんご

 今日は、まず、インタビュー②原稿を発信して、続いて、インタビュー③原稿にとっかかる。

 が、まず日曜美術館にひっかかる。「そばにいつも絵があった 妻が語る画家・神田日勝」。日勝さんの絵への情熱、そして喜びなどもまた感じられた。
21234

 インタビュー③はいろいろ調べながらつくらないといけない。進行のスピードはちょっとかかる。

 昨日は、ETV特集の「“ワケあり”りんご」を何となく見た。見ている途中でどんどん引き込まれた。

3842575
「私たち、野菜でも果物でも人でも、ワケあり大歓迎です」。産みの親を幼い頃に亡くした真由美は、施設や里親のもとを転々とし、18歳できみ江という女性の養女となった。きみ江には、かつて子どもを産むことが許されなかった辛い過去がある。やがて成人した真由美は、妻子を置いて失踪した兄の子を引き取り育てることに。それぞれに事情を抱えた他人同士が肩を寄せ合い、築き上げてきた家族の物語。あなたの家族は、何色ですか?

 こんな家族があるんだと、驚いた。きみ江さんはハンセン病の元患者。若いころ傷を乗り越え、子どもを引きとり、子どもをつくり、ADHDの子どもと格闘する日々。そこにある、絆、愛情……。

 家族を美化したり、家族に依存するのは危険だ。けれど、多様な家族はつくれるし、愛情を力に困難に向き合うことはできる。きみ江さんと真由美さんの強い関係が、真由美さんと子どもたちをつないでいく。子どもたちもすてきだった。

 ノンナレーションの構成もまたうまかった。NHKならではの力のあるドキュメンタリー。

 

 

2020/06/25

神田日勝展 そして生活保護引き下げ名古屋地裁判決(怒

 夜中というより朝方の大きな地震。うーん。

 今日は、朝から、まず神田日勝の美術展に行ってきた。天陽くんのモデルの人だ。農民作家というイメージがあるが、働くというところから生まれ出た画家というのがピッタリ。社会性をもった、リアリズムがその出発点にあるのだろうなあ。その原点をもちながら、さまざまな試行錯誤を、大胆にやっているところが、胸を打つ。しっかり、生きている若者の姿が人気の秘密なんだろうなあ。貧しく困難な北の地で、孤独に。だけど、そこに、当時の美術界の活気が流れ込んでいるところがまた、すごいんだよなあ。ごつごつのなかの繊細さ、とっても魅力的だった。十勝の人。相方のところに行ったときに、一度訪ねたいと思っていたけど、いけてなかったので、東京駅で。

Mainvisualpc

 職場で、会議と、あれこれの仕事は実務中心。打ち合わせメールも。いろいろ抑え込んでいかないと。秋を展望して考えないとなあ。にわかに政局モードだし、その取材もしなくてはいけないなあ。疲れをとってはつらつと。

 そして、3時に驚くべき、悲しいニュースが。

生活保護引き下げ「厚労相の裁量」認める 名古屋地裁判決 原告の請求棄却(毎日新聞)

 2013年8月以降の生活保護費引き下げは「生存権」を保障した憲法25条に違反するとして、愛知県の受給者18人が自治体と国に減額の取り消しや慰謝料を求めた訴訟の判決で、名古屋地裁(角谷昌毅裁判長)は25日、引き下げが厚生労働相の裁量権の範囲であることを認め、請求を棄却した。原告側は控訴する方針を示した。

 国は13年8月から3回に分けて、生活保護費のうち食費や光熱費に充てる「生活扶助費」を平均6・5%、最大10%引き下げた。減額は総額670億円に上る。当時のデフレ傾向による物価の下落を考慮した減額が生活保護法に定められた厚労相の「裁量権」の範囲に収まるか否かが争点だった。

訴訟の構図と地裁判断
 判決では、物価下落を生活保護基準に反映させたことを「実質的に当時の生活保護費は増えたと評価でき、判断が不合理と言えない」と認めた。生活保護受給者の生活実態ではなく、一般世帯の消費支出を元に支給額を算出したことについても「より適切と言えなくもない」と評価した。

 一方で、国が減額に際し、専門家の検証を行わなかったことは認めながらも「(専門家の)検討を経ることは通例ではあったが、手続きの過誤はみられない」と判断。その上で「厚労相は、当時の国民感情や国の財政事情を踏まえて生活保護基準を引き下げた」と妥当性を認めた。……

 もちろん、憲法25条違反だと、大上段からのたたかいをいどんだのは、こちら側だ。だけど、そのことを問わないと、先を開くことができないのも事実。これに対し、裁判所は、憲法にもとづいて、厚労大臣の裁量を認め、「厚労相は、当時の国民感情や国の財政事情を踏まえて生活保護基準を引き下げた」というわけだ。しかも、その国民感情について、自民党の公約をわざわざ引用し、それが支持されたという。こんな判決ありですか?
 しかも、この国民感情、財政事情論というのは、実は、朝日訴訟最高裁判決のいわゆる「念のため」判決。わざわざ、生活保護の権利性を否定するためにのべられたもの。それが、その後のたたかいで、乗り越えられてきたと言える代物なはず。50年以上前の亡霊を持ち出すしまつ。憲法問うことにたいして、裁判所をふくめた権力一体の意志を感じさせる判決でもあるのだけど。裁判の進行は、どうかんがえても、原告側が圧倒していて、その最たるものは、岩田先生の証言だった、そんあ裁判だっただけになんか、この判決は、おそろしく攻撃的な暴力性を感じてしまう。ものすごく徒労と同時に、悲しみ、怒り、さまざま感情がないまぜになる。

18001

 今日の夕食は、鮭、ゴボウサラダ、こんにゃくの煮物、みそ汁。

2018/04/15

写真展「The Voice of Life 死と、生と」

30712709_1760007360726668_733227709 今日は朝から2時間ほど掃除などをして、クリーニングを出しに行ったら、そのとき息子から電話。近くに買い物に来ているという。そこで、ちょっと新しい彼女の顔を見に行く。そのあと、表題の写真展へ。菜津紀さんの写真はずっと見ているけど、題材がどんどん厳しくなります。ほんとうに時代を切り取っているからです。見ていて涙が出てきてしまいます。今日は空いていたので、菜津紀さんとも慧さんともおしゃべりもできました。先の息子と同じ年だし、ハラハラしながらいつも見てます。月末にはまた紛争地に取材に行くそうですし。若いのに、ほんとうに現実としっかり向き合っているのは、彼女が、自分の困難を、つながりながら乗り越えてきたからなのだといつも思うけど。今度の写真展もすごくよかったです。
 その後に職場で、堤稿作業をして、それから国会へ。急ぎのインタビューです。夜は遅くなりまあしたが、夕食をつくらなければならない日曜日です。
 


2018/02/02

ペリリュー 楽園のゲルニカ 1~3

61kuk7wol_sx350_bo1204203200_ ガイドをするにあたってということもあるけど、この漫画を読んでみた。吉田さんも、あとがきで書いているけれど、ペリリューのたたかいは、徹底した持久戦をおこなって、米軍がてこずったことから、日本軍の強さということで称賛されたりするのだけど、実際のペリリューのたたかいはどうだったのか。そのことが、コミカルな可愛い絵柄で、しかし、内容的には、リアルに描かれる。もちろん、ほんとうの戦争の地獄には程遠いのだろうけど、その地獄について想像力もかりたてられて、ものすごくリアルな感じで迫ってくるのだ。いろいろ、当時の戦場を知るうえでポイントになるようなこともしっかり描かれていて。これはとてもおすすめの漫画だな。4巻が待ち遠しい。


2018/01/07

生誕100年 ユージン・スミス写真展

 行ってきました。

26168388_1653094258084646_703455513 W.ユージン・スミス(1918-1978)は、写真史上、もっとも偉大なドキュメンタリー写真家のひとりです。グラフ雑誌『ライフ』を中心に「カントリー・ドクター」、「スペインの村」、「助産師モード」、「慈悲の人」など数多くの優れたフォト・エッセイを発表し、フォト・ジャーナリズムの歴史に多大な功績を残しました。  とりわけ日本とのかかわりが深く、17歳のときニューヨークで偶然であった日系写真家の作品につよい感銘をうけ写真の道を志すきっかけになったこと、太平洋戦争に従軍して、戦争の悲惨で冷酷な現実をカメラで世に伝えんとして自らも沖縄戦で重傷を負ったこと、戦後の日本経済復興の象徴ともいえる巨大企業を取材した「日立」、その経済復興の過程で生じた公害汚染に苦しむ「水俣」の漁民たちによりそった取材などがあります。  本展覧会は、生誕100年を回顧するもので、スミス自身が生前にネガ、作品保管を寄託したアリゾナ大学クリエイティヴ写真センターによる協力のもと、同館所蔵の貴重なヴィンテージ・プリント作品を150点展示します。情報あふれる現代社会に生きる私たちにとって、ジャーナリズムの原点をいま一度見つめ直すきっかけになることでしょう。

 若いころから、構図がずば抜けていて、すばらしい写真をとる。ボクんとっては「楽園への歩み」がやはり、ユージンスミスだけど、むかし見た《 入浴する智子と母 》がやはり強烈だった。いまは、夫人アイリーンの判断で公開されていないので、展示はなかったけど。
 沖縄戦などの戦場写真が根底にあるのはよくわかった。その現場での負傷から、「楽園への歩み」につながる。
 平和だとか、道徳的価値、ヒューマニズムがほんとうに根底にあり、労働者=ピープルの写真へと続く。そこから人間を描く中で、葛藤が生まれていくさまがなるほどなあと考えさせられる。いきついた、丸ごとの写真。うーん。そして「水俣」。じっくり、その写真の経緯をみれたのはよかったなあ。


2017/12/30

ハンナのかばん

06399382e47cb48665d4c850451a622d_f1 ずっと見たかった、劇団銅鑼の「ハンナのかばん」をやっと26日に見てきた。あの話をどのように舞台化するのかと思ったけど、ものすごく完成された舞台。
 ホロコーストと向き合うこと。その深みを、日本でもこういう舞台になっていることはものすごく大事だと思った。


2017/10/14

<九条俳句訴訟>掲載の期待侵害、さいたま市に賠償命令 掲載拒否は「不公正な扱い」/さいたま地裁

 小さな裁判だけど、大きなことが問われた裁判。

<九条俳句訴訟>掲載の期待侵害、さいたま市に賠償命令 掲載拒否は「不公正な扱い」/さいたま地裁(埼玉新聞)

 さいたま市大宮区の三橋公民館が2014年6月、同公民館で活動する句会会員が詠んだ俳句「梅雨空に『九条守れ』の女性デモ」の公民館だよりへの掲載を拒否したのは、表現の自由を保障した憲法21条などに違反するとして、市を相手に作品の掲載と慰謝料200万円余の支払いを求めた国家賠償請求訴訟の判決が13日、さいたま地裁で言い渡された。大野和明裁判長は「職員の不公正な取り扱いで、原告の利益である掲載の期待が侵害された」とし、市に慰謝料5万円の支払いを命じた。掲載請求は棄却した。
 大野裁判長は判決理由で、公民館は句会が選出した俳句を3年8カ月にわたり公民館だよりに継続して掲載してきた点を述べ、「原告の俳句も掲載されると期待するのは法的保護に値する人格的利益」と指摘。その上で「公民館職員らが原告の思想や心情を理由に俳句を掲載しないという不公正な取り扱いをしたのは国家賠償法上違法」とした。
 公民館職員らが掲載可否の「十分な検討を行わなかった」ことを認定し、その原因について「教育現場で憲法に関連する意見の対立を目の当たりにしてへきえきし、一種の『憲法アレルギー』のような状態に陥っていた」と推認した。
 一方、不掲載が表現の自由の侵害に当たるかについては「公民館だよりという特定の表現手段による表現を制限されたにすぎず、原告が必要とする掲載請求権はない」と棄却。学習権の侵害となるかについても「学習権の内容に学習成果の発表の自由は含まれず、不掲載により原告の学習は制限されない」と退けた。
 判決などによると、「梅雨空に」の俳句は、句会会員でさいたま市大宮区の原告女性(77)が東京都内に出掛けた際、雨の中でデモ行進する女性たちに遭遇し、共感した思いをつづったもの。句会が公民館だよりに掲載する句として選出したところ、公民館が「世論を二分する題材を扱っている」「公民館の考えであると誤解を招く」として掲載拒否を伝えた。
 市は「公民館だよりは公民館側に発行、編集の権限がある」と請求棄却を求めていた。

 不掲載が表現の自由の侵害に当たらないとはしたが、不利益を認め、実質的に、表現の自由を擁護した内容の判決。表現することの粘り強くとりくみが、その自由をまもったともいえるのだと思う。近年、表現の自由をめぐっては、非常にきな臭い、閉塞的な状況がある。それだけに、厳しい面にはしっかり目を向けながら、この判決を力にしたいと思うった次第。

2017/10/08

重重写真展 消せない痕跡Ⅱアジアの日本軍性奴隷被害女性たち

22289780_1563710787022994_509108915Img_0_m 忙しくって取材に出れないと、こころが乾くなあ。ホントは今日も、あとのことを考えて、取材に出たかったけど、なかなかそうはいかず。それで、でも夕方はここに行きました。安さんにも会ってきました。安さんと仕事して、1年ほどたって、安さんは、インドネシアとか、フィリピンの取材をすすめていた。そこで描かれたその事実をどう受けとっめるのか。いろいろ考えさせられた。そう向き合わなきゃ。そう迫られた。


2017/06/12

2017年 第42回『視点』

Shiten2017_exb 土曜日は、こちらに。毎年のことだけど、仕事として行くのはあと何回ぐらいかなあ。
 さて、今年は、組み写真が多い気がした。それぞれテーマをもった写真が多い。時代を切り取るということになると、見えるものを、その本質まで抉るように見せる写真と、見えないものを想像力をかきたたせながら見えるようにする写真とがあるのだろうけど。そういういろいろな写真がある。どこまで、迫れているのかは、どうだろうか。ただ、問題意識や、撮りたいものをあれやこれや考えている姿勢などはよくわかるなあ。と共感できる写真も結構あったけど。レセプションで、知り合いの写真をとっていた人などとのおしゃべり。超ベテランの大先生とも。家に帰って、その被写体になった人ともしゃべる。


2017/05/10

渋谷 敦志 写真展:ボーダーランド―境界を生きる者たち

 午前中は、渋谷さんの写真展を見に、銀座に。最終日とあって、混んでいた。さすが。

Postcard 世界の紛争地や被災地、辺境を訪れ、そこに生きる人々の姿を撮り続ける写真家、渋谷敦志氏の写真展です。18年に及ぶ取材において、忘れがたい人間や生命が躍動する瞬間を写し撮った写真約50点を展示します。人間は弱いけど強い、残酷だけど優しい。そう信じるに足る何かをボーダーランドに生きる者たちのまなざしに感じた氏が、境界を越えて人と人がつながる未来へのヴィジョンを写真で紡ぎ出します。

 写真は、渋谷さんらしい、光の使い方と色合い。いつみても素敵な写真。だけど、今回は厳しい写真が多い。タイトルにあるボーダーは、貧困や紛争や、さまざまな困難の境界にいる人々か。そこにひかれるボーダーラインを、彼は乗り越え、そして共に生きる。彼自身の眼差しは、きびしく、強い。だからこそ、乗り越える。うーん、ボクは、ただうろたえるだけだなあ。こんなに、直視し、正視して、うけとめられないなあ。その違いを感じてしまった。少し、おしゃべりをして、また励まされる。

 そして、職場へ。自分の卑屈さとか、さもしさとかも感じながら、それでもね。いまは生きて、がんばるしなね。しっかり、心を洗われながらね。

より以前の記事一覧

無料ブログはココログ
2020年12月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31