映画・テレビ

2017/09/21

スクープドキュメント 沖縄と核

 たまっていた夏のNHKのドキュメントを、先日の日曜日に一気に見たぞ。

Thum_01 45年前の本土復帰までアジアにおけるアメリカ軍の“核拠点”とされてきた沖縄。これまで、その詳細は厚いベールに包まれてきた。しかし、おととし、アメリカ国防総省は「沖縄に核兵器を配備していた事実」を初めて公式に認め、機密を解除。これを受け、いま「沖縄と核」に関する極秘文書の開示が相次ぎ、元兵士たちもようやく重い口を開き始めた。そこから浮かび上がってきたのは、“核の島・沖縄”の衝撃的な実態だ。1300発もの核兵器が置かれ、冷戦下、東西陣営の緊張が高まるたびに、最前線として危機的な状況に置かれていたこと、さらには、「核」の存在こそが、沖縄への米軍基地集中をもたらす要因となっていたという新事実・・・。
 1950年代から急速に部隊の核武装化を進めようとしたアメリカと、国民の見えない所に「核」を欲した日本、両者の思惑の中、“唯一の被爆国”の番外地として、重すぎる負担を背負うことになった沖縄。新資料と関係者への証言から、沖縄と「核」の知られざる歴史に光をあてる。

 まさにスクープドキュメントだな。知らないことも多かった。とくに前半の伊江島の模擬爆弾投下訓練や、核の事故、日米交渉での日本側の発言など息をのむ。後半の、メースBの発射直前の問題は、太田さんかだれかが書いていたような気がします。読んだことがある。だけど、それにかかわった当事者の発言が生々しいのだ。このあたりもさすがの取材力。もう沖縄がなくなるぎりぎりの局面にあったと。結局、日米政府が沖縄をどう位置付けてきたのかの証明でもある。そのこともまた、いまの沖縄のたたかいの正当性を裏づけるものだと思う。さすがNHK。

2017/08/03

教育と愛国~いま教科書で何が起きているのか

 MBSの関西ローカルの番組。ネットで探してみた。

1 「善悪の判断」・「礼儀」・「国や郷土を愛する態度」…20以上の徳目がずらりと並びます。
それらを学ぶための読み物、それが「道徳」の教科書です。来年度から小学校で導入される「特別の教科 道徳」は、 これからの時代の教育の要とされています。2020年度に全面実施される新教育課程には「道徳教育は学校の教育活動全体を通じて行われる」とあり、まさに戦後教育の大転換といえます。
 しかし、教育現場では賛否が渦巻いています。その背後では教科書をめぐって、文部科学省の教科書検定や採択制度が、政治的介入を招く余地があるとの懸念の声があがっています。これまで歴史の教科書では、過去に何度もその記述をめぐり激しい議論が起きてきました。「もう二度と教科書は書きたくない」と話す学者がいます。「慰安婦」の記述をきっかけに教科書会社が倒産することになった過去の記憶が、いまも生々しく甦ると学者は重い口を開きます。一方、いまの検定制度のもとでの教科書づくりは、何を書き何を書かないか、まさに「忖度の世界」と嘆く編集者もいます。さらに学校現場では、特定の教科書を攻撃するハガキが殺到するような異常事態も起きています。
 教育の根幹に存在する教科書。歴史や道徳の教科書を取り巻く出来事から、国家と教育の関係の変化が見えてくるのではないだろうか。教科書でいま何が起きているのか。これまで表面に出ることがなかった「教科書をめぐる攻防」を通して、この国の教育の未来を考えます。

 道徳を切り口にしながらも、とりわけ中学歴史の教科書でなにをおこったのかをふり返る。日本書籍のバッシングと倒産。編集者と執筆者(吉田さん)の声が生々しい。そしてつくる会、沖縄戦の記述の書き換え問題、学び舎へのバッシングなどなど。政治と教育の距離が近くなり、政治の介入・不当な支配が激しくなっていくさまを見せつける。教育の自立性、自主性を奪い、異様なものを教育に持ち込む課程のなかで、安倍さんが果たした役割にあらためて、怒りを感じる。もうここまできている。
 そういう大きなゆがみが教育にもちこまれているもとでの道徳の教科書だ。そうとうたいへんな事態に教育は直面している。道徳については、端的でも、もう少し突っ込んではほしかったけどね。はたして、地域からの学びで押し返していくことができるのかが問われていくことになる。
 番組は、さすがにあの斉加尚代さん。

2017/07/25

米軍(アメリカ)が最も恐れた男 その名は、カメジロー

Eafd68f8645678e5 テレビで放映されたドキュメントを全面改編して、ドキュメント映画にした表題の作品の試写を見てきた。佐古さんがあいさつで、いま起きていることを理解するうえでも、沖縄の戦後史をみつめることが大事だ、そういう映画にしたと言っていたが、ほんとうにそういう感じの映画にしあがっている。新しい資料としての瀬長の沖縄戦について書いた文章からはじまって、戦後の占領下でのたたかいへとていねいに、経年で追いかけていく。植民地ともいえる占領下の圧政と人民党の結成、そして投獄。相次ぐ米軍の事件、そして島ぐるみ闘争から、那覇市政をめぐるたたかい。復帰闘争の広がり。いまの「オール沖縄」の源流がどこにあるのかがわかるものになっている。「不屈」とは瀬長にとって、沖縄県民のたたかいを指す。つまり、どこまでも、米軍の圧政・横暴へ揺らがない怒りと、そして正義は必ず県民の団結を基礎に勝利するという不動の確信。それが、この映画の伝えたいところだと思う。それこそが、いま、われわれが学ぶべきこと。
 ほんとうに沖縄の戦後史をていねいに追っかけてつくられている。とてもいい映画だと思った。


2017/07/16

こんなはずじゃなかった 在宅医療 ベッドからの問いかけ

 昨日のETV特集。堀川病院の早川先生・

20170404055417 在宅医療のパイオニアとして知られる早川一光さん(93歳)ががんになった。「畳の上で大往生」を説いてきた医師自らが患者になり、死を見つめ語るメッセージを聞き取る。
 早川さんは、戦後まもなく京都西陣で診療所づくりに参加。「西陣の路地は病院の廊下や」を合言葉に、病院を出ても安心して暮らせる在宅医療の体制を整え、「畳の上で大往生」を説いてきた。今、その早川さん自らが患者となった。自宅のベッドで一日の大半を過ごしつつ死を見つめた時、語る言葉は「こんなはずじゃなかった」。その言葉にこめた思いは何か?医師や家族、訪問者と、命と医療をめぐる対話を続ける早川さんを見つめる。

 ボクも若いころ、堀川病院の近くに住んでいた時期があって、この病院に通院したりもしていた。民医連の病院ではないが、市民の病院として、独特の地位を築いていたのを思い出す。
 あらためてこの病院の在宅医療のとりくみをかんがえさせられながら、早川先生自身が年老いて、人生の最期を考えるあたって、さらに踏み込んで、思索している姿に驚いたし、考えさせられた。そして、いつまでも柔軟であり、人とつながる。
 だけど、こんな前向きな人生観はボクにはないなあとも思えてしまう。それが自分のいちばんあかんたれなところではあるのだけど、そんなに簡単に解決はしないなあ。などともいろいろ内向してしまう。

 この番組の前に、SWITCHインタビュー 達人達。満島ひかりはなかなか魅力的でおもしろい。

2017/07/09

キミのこと聞かせてよ~木原雅子さんの出張授業~

Wysh_026480x270 昨日のETV特集。京大っていろいろやっているんだよなあ。知らなかった。だけど、実践の基本的な筋は、教育の教育の世界では特殊なことではない。子どもが語れるためには何が必要か、そして、それを支える教師と生徒の関係性。だけど、それがこのように焦点化されなければいけないほど、子どもを取り巻く状況は厳しく、かつ教師をとりまく環境が厳しいということか。その厳しさへの切り込み方が大事なのかもしれない。子どもはしんどいんだよ。教師はそれほど余裕なく追い込まれているんだよっと。この時代の問題提起かもしれないなあ。本読んでみよ。


2017/06/26

悪夢苦しんだ戦後 米映画「ハクソー・リッジ」モデルのドスさん 95年来沖

 こんな逸話があったんだ。

悪夢苦しんだ戦後 米映画「ハクソー・リッジ」モデルのドスさん 95年来沖(琉球新報)

 日本各地で24日から上映されている映画「ハクソー・リッジ」の主人公として描かれ、沖縄戦で武器を持たずに負傷兵75人を救出した衛生兵デズモンド・ドスさん(2006年死去)が1995年6月に沖縄を訪れた際、琉球新報の取材に応じていた。浦添市前田高地の戦闘で負傷したドスさんは戦後5年半、陸軍病院で入院生活を送り、戦時中の夢を見続けるなど、心的外傷後ストレス障害(PTSD)のような症状に苦しんだことを明かした。「悪夢を見続けてきたが、今はもう見ない。自身の体験を語ることで克服することができた」と話していた。
 ドスさんは取材時の95年は76歳だった。戦後に沖縄を訪れたのは69年に次いで2度目で、米陸軍の戦後50年記念行事などに参加するため、6月18日から28日まで11日間滞在した。
 ドスさんは1945年4月、米陸軍第77師団第307歩兵連隊第1大隊B中隊の衛生兵として沖縄に上陸した。キリスト教セブンスデー・アドベンチスト教会の信者で、聖書の「十戒」にある「汝(なんじ)殺すことなかれ」を守るため、銃を携行せずに従軍することを条件に志願した。「戦場に行って、人を殺すのではなく助けに行くためだった」と理由を話した。5月5日、前田高地の丘に上がったドスさんらB中隊の兵士は予想以上の激しい戦闘に巻き込まれていった。
   ◇   ◇   ◇
 映画の題名になっている「ハクソー・リッジ(のこぎり崖)」とは浦添市の前田高地の切り立った崖を指す。映画のモデルとなったデズモンド・ドスさんは、45年5月5日に前田高地での戦闘にドスさんは同行した。
 所属していた米陸軍第77師団第第307歩兵連隊第1大隊B中隊の約150人は崖をよじ登って丘の上に立った。「頂上で仲間のために祈った。無事に戻ることができるようにと」と振り返った。
 しかし丘の奥には日本軍が潜んでおり、機関銃などで激しい攻撃を受けた。このためB中隊は撤退を決める。兵士が次々と崖下に下りたが、自力で動けない負傷兵は取り残された。
 このためドスさんは丘にとどまり、日本軍の攻撃が続く中、一人一人を崖の近くに移動し、足の根元と胸の辺りにロープを通して崖下に下ろす作業を4時間にわたって繰り返した。「母親が子どもをなりふり構わず救うのと同じ。夢中だった」と当時を思い起こす。
 翌日の戦闘で、塹壕(ざんごう)にいたドスさんは日本軍から手りゅう弾を投げ入れられ、足を負傷した。さらに5時間後に担架で運ばれている時、日本軍の銃弾を左腕に浴びた。グアムの陸軍病院に移送され、その後結核になって、片方の肺も摘出した。
 入院中のドスさんを襲ったのが、戦時の光景がよみがえる悪夢を見続けることだった。「眠れぬ日が続き、眠っても夢の中で爆弾が破裂して自分が死んだ。戦友たちも爆死した。なぜか戦場にいる私のところに母親が来て、目の前で爆弾で亡くなる夢も見た。途中で起きて、涙を流した。戦友たちの中に、精神的におかしくなってしまった人を知っている。今はもう悪夢を見ない。自身の体験を語ることで克服することができた」と振り返った。
 沖縄滞在中、前田高地を4度訪れた。理由について「行くことによって当時を確認する。そこで自分が体験したことを把握し直したかった」と話していた。…

 沖縄戦の前半の山場の激戦がわかろうというもの。この激戦が結果としてつくりだしたものが、県民の犠牲なんだろうけど。
 記者が次のように書いている。「今月初め、映画「ハクソー・リッジ」の予告編をインターネットで目にした。信仰を理由に武器を持たない衛生兵が多くの負傷兵を救出した物語だった。聞き覚えのある話だった。具志川支局(現在は中部支社に統合)時代に取材した元米兵のことだと気付いた。 自宅に保管している取材ノートを探してみた。見つかった。冒頭に『デスモンド・T・ドス氏』とボールペンで走り書きされ、6ページのメモを残していた。 取材した当時、社会部に記事を送ったが掲載されなかった。戦後50年の節目の『慰霊の日』を目前に、紙面は沖縄戦の記事であふれていた。私の記事は時機を逸してしまったようだ。映画上映を機に、22年前の取材ノートをめくり、記事を書き直すことにした。」
 うーん、映画、見に行かないとなあ。

2017/06/08

私たちのこれから #子どもたちの未来

 先週のNHKスペシャルは子どもの貧困。うーん。番組の途中で、チャンネルを変えた人が多かったんだろうなあ。

Thum_01 市民参加の討論番組「私たちのこれから」、今回は「子どもたちの未来」を取り上げる。「あなたは、自分の将来に明るい希望を持っていますか?」―― 日・米・英・韓国など7か国の若者を対象に、日本政府が行った意識調査によると、「明るい希望を持っている」と答えた日本の若者は62%。80%以上の他の国を大きく下回った。こうした状況に大きな影を落としているのが、6人に1人の子どもが相対的貧困の状態に置かれている問題。この状況を放置すれば、子どもの教育や成長に著しい影響を及ぼすだけでなく、社会全体にも大きな損失を及ぼすという試算もある。一方で、海外の研究では、解決の秘策が幼少期からの「早期介入」にあることもわかってきていて、日本でも幼少期の支援を充実させる方策が議論され始めている。日本が、すべての子どもたちが未来に可能性と明るい希望を持てる「公正な社会」であるために、「貧困の連鎖」をどう断ち切るか。番組では、専門家・市民による徹底討論、そして生放送での視聴者の声を交え、今打つべき対策を具体的に探っていく。

 実態編はこれまでのおさらいのような話で、あまり深めたような話はない。ではどうするのか、の対処編は、やたらと「公平」ということが強調される。貧困な子どもへの支出が増えれば、消費税も公平な負担だということまで、主張されてしまう。いつのまにか、そういう議論が強まり、税の再配分、累進課税という問題が、明らかに骨抜きにされているのは注意が必要だなあ。加えての実践編は、ジェームズ・J・ヘックマン。ノーベル賞経済学者だけど、こちらもその公平性。幼児期の教育の重要性に注目するのは、大事なことだけど、幼児教育の制度も、社会的な環境もちがう日本とアメリカで、そのまま議論を持ち込むのはどうなのだろうか。ヘックマンの議論への疑問は、山野良一さんが、『岩波講座 教育 変革への展望3』で書いていたので、ぜひそちらを。しかも番組の解説は、竹中さんの弟子の、中室さん。エビデンスを掲げ、『「学力」の経済学』で売れた人ね。いつのまにか、この言葉も、恣意的に、経済的に強い人の意のままに使われていく感じがするなあ。というわけで、子どもの貧困に向き合うということからすれば、かなりしんどい議論になっていく。「私たちのこれから」は、これが最後だった。うーん。何という幕切れなのかなあ。

わたしの話を聴いてほしい

 4月にNNNドキュメントで放映されたもの。やっと、見ることができました!

Oa_170430600x338 昨年7月、神奈川県相模原市にある障がい者施設で19人もの命が凶行によって奪われた。事件後、1人の映画プロデューサーが動きだす。向かったのは、13年前に撮影した障がい者施設「びわこ学園(滋賀)」。そこには、重度の障害を抱えながらも離れて暮らす男性を思い続ける女性や、目や手のかすかな動きを頼りに"声なき会話"をする親子の姿が。不自由な体から絞り出される言葉に込められた、今だからこそ伝えたい思いと願いとは。

 びわこ学園で暮らす、重度の障害者たち。すごいなあ、不自由だけど、自由に生きている。ボクらは、よくタテの発達と、ヨコの発達と言ってきたけど。竹内さん流に言えば、上への発達と「社会と文化の水平的展開」。いずれにしても、そういう関係性のなかでしっかり豊かに生きる姿がそこであるし。時間の流れ方もまったく違う感じがする。悔しさや悲しみも、喜びもしっかりそこにある。ボクには、まったく知らない、見えない世界と生き方。これからの社会をどうつくるかということのビジョンを考えるとき、そういう見えない世界への想像力というものがないとダメだし。自分には見えない世界があることをしっかり自覚しないといけないなあと、とりわけそう思った。

2017/06/02

風かたか 「標的の島」撮影記

417jnjrpjjl_sx340_bo1204203200_ 「風かたか」は、「風よけ」のことだ。子どもの成長を願う母の思いを歌った古謝美佐子さんの「童神」にもその語がある。昨年の元米海兵隊員による暴行・死体遺棄事件に抗議する県民大会で、稲嶺進名護市長が、「『風かたか』になれなかった」とのスピーチをしたことからとられている。これから生きる世代が、平和に生きていけることを願い、自らが「風よけ」にとの思いが込められている。本の帯には、沖縄を日本の風よけにするのかという批判の言があるが、こっちがいいなあとボクは思う。
 県民がいくら民意を示しても、沖縄では、高江・辺野古で米軍の新基地建設がすすむ。さらには宮古・石垣島も自衛隊による要塞化がすすめられている。沖縄の軍事拠点化は、まさに沖縄を戦場にすることを意味する。それは、日本全体の戦場化につながるのだから。二一〇五年から一年余の現地からの迫真のリポートである。
 ただ、三上さんの思いが綴られている本でもある。それは三上さんの思いで、沖縄におこっていることは、つねに様々な面がある。政府の横暴、警察の忖度? 暴力的な抑圧。だけど、平和で、豊かな文化的なたたかい。そうしたなかで起こっていることをどう使えるのか。悔しい思いや、そこにある感動や。連帯の熱い思いや……。


2017/05/29

変貌するPKO 現場からの報告

 昨日のNスぺ。一昨日テレビが壊れて、あわてて、新しいものを注文して、セットして……。少し、いままでより、小ぶりで、性能もダウン。まあ、ほぼ、ボク専用なわけだから、安いやつ、安いやつ。しかし、このNスぺには驚いたなあ。

Img_02 南スーダンで国連のPKO活動に派遣されている陸上自衛隊が、5月末までに撤収することが決まった。治安情勢が悪化する中で、様々な活動を行ってきた自衛隊。その活動を振り返ると、施設部隊としての実績とともに、PKOが直面する「課題」や「任務の変化」がみえてきた。  世界中で展開するPKOは、いま大きな分岐点を迎えている。これまで「停戦監視」や「国づくり支援」が中心だったのに対し、今やテロ組織の脅威にも対応しなくてはならず、任務は長期化。住民や国連職員を守るための「戦闘も辞さない文民保護」が求められるようになった。  そうした中、オランダはPKOから一部の部隊を撤退。アメリカも「アメリカ第一主義」を唱えるトランプ大統領のもと、国連の活動への関与を弱めつつある。しかし一方で、中国は、アフリカPKOに積極的に派遣するなど、存在感を増している。  いったいPKOはこれからどうなっていくのか。日本は、世界は、それにどう向き合おうとしているのか。自衛隊や世界各国の活動を検証しながら、国際貢献のありかたを探っていく。

 南スーダンのPKOの間近での戦闘の様子や、自衛隊がどこまで危険だったのかということがかなりリアルに取材されている。自衛隊が隠してきた事実も。その背景にあるPKOの変質、変化。オランダの話も生々しかったし、中国の話も。
 自衛隊員も、死を覚悟して、家族への思いを手帳に震えながら書いた話だとか。うーん。
 ここまで、迫ったのは驚いた。しかも、それが放映されたのが、完全撤退が完了した直後。これもまた、なんともはやだけど。
 今後の議論の参考にしていくべきなんだろうなあ。まずは。

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