映画・テレビ

2017/03/19

シリア 絶望の空の下で 閉ざされた街 最後の病院

Img_02_2 “21世紀最大の人道危機”とも形容されるシリアの内戦。国民の半数が難民となり、少なくとも30万を超す人々が命を落としたと言われる。最大の激戦地が、反政府勢力が拠点としていた都市・アレッポである。  世界のメディアが現地に入れない中、この内戦は、一般市民が膨大な映像を記録・発信された初めての戦争となった。その映像には、穏やかな日常が突然奪われ、親しい人たちの命が紙屑のように失われていく様が克明に記録されている。  激戦の中、最後まで治療を続けた病院。医師も亡くなる中、残された理学療法士は、スカイプで海外の医師と交信しながら、初めてのメスを握り命を救おうとした。空爆のさなか、ツイッターで映像や画像の発信を続けた7歳の少女。「今夜死ぬかもしれない」「誰か助けて」―。少女のツイッターが突然途絶えた時、世界がその身を案じた。  番組では、発信された映像、そして、発信されることのなかった未発掘映像も入手。膨大な映像をつぶさに整理・解析しながら、その撮影者ひとりひとりをたどり、人々の身に何が起きていたのか、“戦場の真実”を浮かび上がらせていく。

 決して、希望なんて言えないよね。だけど、それでも希望を探す。自分の無力さと、それでも、ボクらは何をめざすのかを、自分の思想が問われているって感じる。

2017/03/11

15歳、故郷への旅 〜福島の子どもたちの一時帰宅〜

 昨日のNスぺ。さすがNHK。

Img_02 原発事故後、福島の若者の間で広まったある行為がある。15歳の誕生日を迎えた記念に、震災以来帰ることのなかった故郷を初めて訪ねるというものだ。安全への配慮から今も避難指示区域への一時帰宅は大人しか認められず、子どもは一切許されていない。許可が下りるボーダーラインとなるのが「15歳」なのだ。その年齢になるのを待ちすでに多くの若者が故郷へと向かってきた。今も時間がとまったままの街。毎日通った学校、馴染みのお菓子屋、友人と遊んだ公園、そして自宅。それぞれの場所に立ち止まって言葉をなくす者もいれば、歩いているうちに自然に涙があふれてきたという者もいる。未曾有の原発事故により尋常ならざる生活を送ることになった彼らにとって、短い故郷への旅は、失われた時間を見つめ、自分が歩んできた道のりを整理しこれからの生き方に思いを馳せる、いわば大人へと成長する旅でもある。
 番組では、故郷を目指す福島の若者たちに密着する。この6年はいったいどんな歳月だったのか。帰郷により、彼らのなかで何が変わり、どう新しい1歩を踏み出してゆくのか。困難を乗り越え懸命に生きてきた福島の10代の姿を通して、人間の普遍的な成長の物語を描く。

 こうした節目があることは、ちょっと冷静に考えれば、わかるのだけど、まったく想像をしていなかった。きちんと、取材を続けているNHKはやはりすごいなあって、そう思う。
 15歳の少女(なぜか、とりあげられていたのは少女のみだった。わからないわけではないが)の大人びた姿。そのくらい、大きな負担を、あの事故・事件は強いたということか。そして、この6年の苦しみや悲しみや葛藤や。そのことをふり返りながら、明日へ向かう旅というわけ。うーん、なんとつらいのだろう。自宅にもどって、ある少女がかつてその道をめざした、ピアノでドビュッシーの「子供の領分」を弾くシーンなんて、もう。
 そういう大きな苦難。だけど、その特別さとともに、そういう生きづらさは、いまの子ども全体と地続きにもあるのかなあなどとも、少し考えたりもした。うむ。

2017/03/10

震災6年 汐凪(ゆうな)を捜して ~津波と原発事故 ある被災者の6年~

 昨日、何とか間に合ってみることができました。

0309a2 東日本大震災から5年9か月たった去年12月11日、福島第一原発のある大熊町で最後の行方不明者となっていた木村汐凪ちゃん(当時小学1年生)の遺骨が見つかった。汐凪ちゃんの父、木村紀夫さんは、父と妻も津波で失い、唯一行方不明だった汐凪ちゃんを、原発事故に翻弄されながら探し続けてきた。遺骨を前に、「ほっとした反面、もっと早く見つけられたのでは・・・」と小さな安堵と大きな悔いが残ったという。原発事故によって奪われたものは何だったのか。そして人びとの再生とは。作家の天童荒太さんとともに考える。

 ドキュメントの時間をしっかりとった放映。お父さんのこの6年の複雑な思いによりそようなつくりでした。厳しい言葉はないけれど、ボクらは、そのとき生きていた人、またその後、どのように生きてきて、いま生きているのか、決しての、あの事件・事故に直面した人たちのことを忘れてはいけないと強く思った。

 おとといには、震災6年 埋もれていた子どもたちの声 ~“原発避難いじめ”の実態 辻内さんたちの調査。HPに番組の大要はあるのだけど。

2017/02/26

ただ涙を流すのではなく “分断する世界”とアウシュビッツ

 BS1スペシャル。

C5fzadovuaacouf 100万人を超えるユダヤ人が虐殺されたアウシュビッツ強制収容所。その悲劇を伝え続けているのが、世界各国出身のガイドたちだ。今、ガイドたちは、大きな危機感を抱いている。移民や難民をめぐり広がる排斥の声。世界が分断を深める中で、自分たちは何を伝えるべきなのか。ただひとりの日本人ガイド・中谷剛さんも語るべき言葉に悩んでいる。揺れるアウシュビッツのひと冬を追った。ナレーションは俳優・東出昌大。

 涙をながすだけではなく、考えてほしい――その重い言葉を反芻しながら見て。排外主義的な感情や空気が広がるなかで、悩みながら伝える、日本人ガイドを追う。
 日本で、ボクらが加害について考えるとき。まず、被害者が、生きた1人の人間だったことからはじまる。そして、その痛みや悲しみに共感する。しかし、被害者が去り、時代が変化する中で、必要なのは、その事実を普遍化し、抽象化すること。しかし、いまの時代の流れのなかで、それでどこまで伝えていくことができるのか。そういう揺れと悩みのなかに彼もまたいる。それはまた、ボクらにつきつけられて大きな課題である。とりわけ、日本は、戦争体験に依拠しすぎてきたところがあるのかもしれない。一方で、歴史の事実を逆手に愛国に動員することは、イスラエルでも中国でもおこなわれているし、日本でも形を変えながら、突き付けられる課題でもあろう。
 うーん。重いなあ。それでも、こうしたいろいろな努力の蓄積をしっかり学びながら、考えていかなければいけないとも思うなあ。

2017/02/22

強制収容所のマエストロたち

 昨日のBS1のドキュメント。これがなかなかすごかった。

1 チスの強制収容所で死亡した音楽家たちが作った歌や楽曲を発掘してきたイタリア人指揮者のフランチェスコ。遺族や収容所跡を訪ね、死を目前に音楽に託した想いを蘇らせる。
 14万以上のユダヤ人が送り込まれたチェコのテレジン収容所では、多くの音楽家が犠牲となった。凍てつく寒さの中、命の灯火が消えるまで曲を書き続けた作曲家もいる。またスロバキアでは、収容所での過酷な日々や家族への思いが代々歌い継がれている。フランチェスコは死と隣り合わせの極限状態の中で生まれた美しい楽曲を収集してきた。その音楽を演奏することで、曲に込められた音楽家たちの想い、平和への願いを現代に伝える。

 ナチスや、そして日本軍の捕虜収容所、アメリカにおける日本人収容所などの場で、過酷な環境のもとでも、音楽を愛し、そして音楽に励まされ、生き抜いた人たち。そこに残された曲、収容所のなかでつくられた曲を追い、蘇らせる。そういう音楽家のとりくみを描いたもの。いや、こういう歴史は、ボクはあまり知らなかった。これは、ものすごく面白く、もっと知りたいと思った。こうしたことについて書かれた本などはあるのだろうか?知っている人がいれば教えてください!


2017/02/12

見えない“貧困” ~未来を奪われる子どもたち~

 今日のNスぺ。やっぱり見ていて苦しかった。たまらなかった。

Img_01_2 6人に1人の子どもが相対的貧困状態に置かれている日本。その対策は喫緊の課題とされながら有効な手立てを打てていない。そうした中、東京、大阪などの自治体や国が初めて大規模調査を実施。世帯収入だけでは見えない貧困の実態を可視化し、対策につなげようとしている。調査から貧困を見えにくくしていた要因も浮かび上がりつつある。1つ目は、ファストファッションや格安スマホなど物質的な豊かさによって粉飾されること。2つ目は高校生のアルバイトなど子ども達が家計の支え手になっていること。3つ目は、本人が貧困を隠すために、教師や周囲の大人が気づきにくいことだ。こうした状況を放置すれば、将来の社会的損失は40兆円に上るという試算もある。進学率の低迷、生活保護や社会保障費の増加など、社会全体のリスクとして捉えるべきと専門家も指摘している。相対的貧困に直面する子どもたちの実態ルポとデータ解析で可視化し、専門家の提言も交え、「見えない貧困」を克服する道筋を明らかにしていく。

 板垣さんたちの番組だから、ちゃんとつくられると思ったけど、期待どおりちゃんとつくられている。だけど、見えない”貧困”なのだろうか? 貧困の番組がつくらて、貧困が社会問題として、とらえるようになって、もう10年ちかくたつ。ボクもこの10年、いろいろな発信をしてきた。研究者たちの地道な調査もある。そういうなかで、子どもの貧困基本法も、生活困窮者支援法もつくられてきた。だけど、問題は、それでもなぜ事態が変わらないのかということ。
 番組は、実態をほんとうにていねいに取材し、明らかにしている。そういうことを共有化することは、たしかに、いまなお大きな課題なのだ。番組のなかでも、やっぱり、教師は無神経に感じてしまうし。コメンテーターは、ボクもよく存じ上げている人たちで、その発言はたしかにそうなのだ。だけど、もっと言おうよっていいたくなる。もっと踏み込まなっちゃ。Vでだされる姿は、なぜにこれだけ母親たちは働いているのに生活は苦しいのか? なぜ社会保障は機能しないのか、なぜ教育費や学費が子どもを苦しめるのか、そのことをこの10年叫び続けても変わらないのか。法律ができても、どうして変わらないのか? それがどれだけ、子どもたちの夢を奪い、未来に、将来に展望を見いだせないのか。もっと、そのことに心の底から怒らなければならない。もちろんそれを番組は静かに告発しているわけなのだけど。
 番組の最後の子どもたちの声が離れない。「こんなクソみたいな社会を変えてやる」。その声に、ボクらはどうこたえるのか。たしかに、そんなに単純には変わらないし、答えは簡単ではない。社会全体は、それでも自己責任に覆われているし、政治の世界では責任をもって解決しようという力はまだまだ弱いのが現実。だけど、それでも、立ち向かわなきゃ。変えていかなきゃ。1つひとつの問題をもっともっと、くり返し語っていかなきゃいけない。政治の役割を心して、かかっていかないと。


2017/02/11

相棒15 前後編スペシャル 声なき声

20170201170854 忙しかったので録画して見た。さすが相棒だな。まだまだ死んでいないよなあこのドラマ。DVをテーマにしたこのドラマは、あまりにも切ないなあ。背後に、「家庭」を強調する、極右勢力の存在も臭わせつつ。相棒を引っ張ってきたのは間違いなく和泉聖治だったと思うけど、彼も年老いて、橋本一は円熟期に入ったなあ。映画も期待かも。DVDになるのを待つのかなあ。


2017/02/08

シリーズ 暮らしと憲法 第三回 障害者

 昨日のハートネットTV。

17e1485333125166 今年は、日本国憲法が施行されてから70年の節目の年。戦後日本は、憲法を道しるべに社会を築いてきました。しかし、憲法のことを普段は、あまり意識しないのではないでしょうか?ハートネットTVでは、シリーズで暮らしの現場から憲法を見つめていきます。
 第三回 障害者
 憲法に具体的な文言として明記されていない障害者。しかし今日では様々な法が整備され、社会生活支援も提供されるようになってきています。その実現に大きな役割を果たしてきたのは他でも無い当事者の声。それはまさしく憲法12条が謳う「この憲法が国民に保障する自由及び権利は、国民の不断の努力によって、これを保持しなければならない」という理念そのものでした。現在もなお「不断の努力」を続ける障害者、そして憲法が制定された戦後からの障害者運動の歩みを振り返りながら、私たちはどう憲法と付き合うべきなのかを考えます。

 番組で大きくとりあげられていたのが、障害のある人が65歳になると、障害福祉から介護保険のサービスに変わることで、サービスが減ったり負担額が増えたりする問題に、裁判でたたかう三浦さん。この問題は、うちの雑誌でも取り上げたことがあるけれど、三浦さんは、もう3年たたかっている。
 障害者のたたかいは、いろいろな経緯があり、いろいろ理論的な問題もあって、難しさはとびきりだ。だけど、そういうなかでも、共同したたたかいを発展させてきた。その力で大きく変わって部分と、そして、いま襲い掛かっている問題。「不断の努力」によって障害者がかちとってきたもの、そして、たたかいはいまも続いている。そこに、憲法へのこだわり。そのことは学ばされた感じ。なるほどなあ、などと思いながら見た。

2017/02/07

弁護人

640 全然、映画見れてないなあと行ったけど、先日、これを見に行ってきた。茨城まで! とは言え守谷なので、我が家からはそんなに遠くはない。が、電車賃は結構高い。まで見ていない『この世界の片隅で』と、どちらを見ようか、考えたけど、まずこっちを見るのが自分ぽいだろうなって思って、こちらを見た次第。もちろん、思いっきり直球の映画であり、ストーリーもいたってシンプル、単純。だけど、ソン・ガンホなど登場人物が実に生き生きして、魅力的。
 高卒ということで排除され、劣等感をもつ弁護士の主人公は、土地の登記や税金を扱う”俗物弁護士”。あることを契機に、それが社会派、人権派弁護士への見事に脱皮していく物語なわけだけど。主人公のモデルは、ノムヒョン元大統領。事件は80年代初頭。光州事件の影響がまだ冷めやらぬ時期に、おこなわれた弾圧・冤罪事件。
 このように1つひとつ、人は変わっていく。その変化がまわりに影響をあたえ、さらに人が変わっていく。その積み重ねの中で、韓国社会は、軍事独裁を突き崩してきたのだなあとあらためて思った。そのことはとても大事なことだと。屈折していたジャーナリストや妥協的だった弁護士の変化も印象的。国家・権力の強圧に対する悔しさ、でもどんな困難に対しても、「絶対にあきらめない」というメッセージ! それは、日本のいまのたたかいにも通じるところがあるのだし、それがいまの韓国のたたかいをつくっているのだろうなあとも。面白かった!!!


2017/01/11

標的の島 風かたか

3d97c27477d8778d5b296f4fe8c2c36b 三上さんの新しいドキュメントを見た。今度も重い内容。冒頭は、米兵による女性殺人事件の県民大会から。ほぼ、この2年の沖縄を恵動きを追う。その場は、宮古島、石垣への自衛隊配備、そして、辺野古、高江。ああ、ここまで、くり返し、強行に沖縄への攻撃が繰り返されてきたのだと、あらためて胸がつぶれる思い。宮古のたたかいは、いま市長選挙へとつながっているわけだけど、とりわけ、辺野古と高江のたたかいは、ほんとうに苦しく、長いもの。いったん辺野古の基地建設はとまる。そのとき政府は高江に襲い掛かる。そしてだ、沖縄の人々の、沖縄戦から連なる思いがあふれ出ている。風かたかに思いが込められているのだから。

 三上さんは、ニュース映像出身の人だから、どうしても、緊張した対立を、ある種の衝突、とりわけ、座り込みのごぼう抜きで表現する。その場面が、今回も多い。たしかに、その場面は、悔しく、切ない。だけど、ことの本質は、もっと深いところにある。敵は機動隊ではなく、政府であり、アメリカだ。そして、そのために、オール沖縄でたたかっている。そこには、さまざまな試行錯誤も、葛藤もある。ボクは、文章の報道者だから、その沖縄の深さや太さにもこだわりたいと思うなあ。そこから、沖縄での共同の発展も、本土での連帯の構築も、この国の闘い自体をどのように切り開いていけるのかの、ヒントがきっとある。

 ドキュメントはあくまで、途中経過。同時進行でたたかいは続く。宮古島もそうであるが、高江、そして辺野古でも工事が再開された。


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