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2026/08/24

教育のつどいの自分なりの振り返り

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 名古屋も暑かったけど、今日は関東も暑いなあ。工場に向かって移動するだけで、もう汗だく。体力がそがれます。集いから帰って、工場籠城2日目。疲れているけれども、なかなか面白い雑誌ができた感触はありますよ。楽しみにしていてくださいね。

 今日は工場でとにかく、ゲラとにらめっこでした。

 

 つどいの感想をもう少し整理して考える。子どもたちの生存にかかわるほどの困難の存在、佐貫さんがずっと言い続けてきたことだけど、その実態がリアルに、かつ多面的に明らかにされた感じがする。この子どもたちの実態の変化は、往々にして十分な理解が共有されてことなっためんがある、それをつかんだり共有したりするには、新しい接近も求められる。その実践がすごいのだ。

 同時に、どのように寄り添うのかということにも、大事なことがたくさんあるような気がする。子どもたちのこうした実態の深刻さは、子どもの発達や成長、学力形成の過程にもさまざまな影響がある。だからこそ、これまでにはないような子どもとの関係づくりや、教育実践が求められるということ。

 ところが現実の教育政策のほうは、そうした柔軟で豊かな実践を、いろいろいいながらも、画一化する方向にむかっていて、それだけにすまず、管理がつよまるような動きも見られ、子どもの苦しみはますばかりであること。教師の困難や孤立はますます深まっていくこと。

 とりわけ、学校や教師の営みが豊かに子どもに向かっていくには、いまある実践をていねいにくみ取り、そこが教育実践と子どもの発達・成長、学校づくりへと結びついていくのか、しっかり討論したり、学びあっていくしかない。そういう討論や交流こそが大事なのではないか。ほんとうにていねいに、じっくり交流したいもの。せっかく、若い人をあと押しして送り出してくれているのだもの。

 司会者も運営はすごく難しかったと思う。Aさんが、淡々とがんばっていたのが嬉しかった。ボクにはできない冷静さ。

 共同研究者のいろいろ難しく、悩みもあったと思うけど、運営の中でうまく自己修正して、なかなかいい立ち回りとなっていった感もあり、敬意。

 老齢期というものもいろいろ考えさせられる。うーん、ボクはへなちょこだからすぐいろいろなことにおろおろする。ボクの考えていることはいあの現実に通用するのかとおろおろするのだけれども。老人の体験を今の時代に追体験する仕方、そういうスキルもまた、新しい課題なのだろうとは思うところではある。

 ボクなんか能力も理解力もどんどん落ちていって、仕事なんかも、周りに支えられてなんとかって感じなんだけどなあ。

 

 

 

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