SNSとのつきあい
とにかく、出張校正の実質上の前日。最後の提稿も終わり、ゲラも出て、それを動かしたり、さらにはゲラ読みもして、なんだかんだあわただしく一日が終わっていく。だいぶお疲れモードで、PCの前で、うつらうつら。
SNSとのつきあいは、難しい。やめようと思うこともしばしばある。だけど、重要な情報源であることは今も変わりないし…。弊害としては、エコチェンバーなどよく言われるが、自分やまわりをみていて、そもそも、付き合いがせまくなっているから、また、高齢化で関心や思考そのものが狭くなっているから、大きな影響があるのかなあとも思える。もちろん、その狭さは大きな課題であるとは自覚しないといけないのだけど。SNSが、思考にどのような影響を与えるかはしっかり見ておきたい問題。
だけど、この間、すごく気になっているというのが、SNSを見ていて、傷ついたり、しんどい思いをするケースが多いということ。SNSの投稿はやっぱり、断定的で、荒っぽい議論が多いし、なおかつ攻撃的。知的な議論をする人と注目していた人も、しばしばあらっぽう議論をしていてがっかりする。それはSNSの特質もあるのだろうけど、荒っぽい議論をする場面と言うのは案外共通していたりする。しかも、その議論からは、明らかに、政治的なゆがみや、新自由主義の影響を感じたりする。ほとんどみなさん自覚されていないけど、ほんとにひどい議論しているんだから。支配的な考えが、ほとんど自覚のないままで、浸透していることには、自分もふくめて、しっかり注意して起きたと思う。
日野町事件、死後再審、ようやく動き出す。しかし、時間のかかること。証拠の開示がやっぱり必要でることを物語っているのになあ。
今日はほんとうなら、団地で、住民の要求で、伐採作業を自分たちの手で。ボクは仕事で参加できずだが、がんばっていただいたみなさんに感謝です。団地は、こういう努力で成り立っている。しかし、根本的に架空の、観念的な共同の所有の制度で成り立っているので、矛盾も多い。意見が違っても運営が破綻しないように、民主的な制度はとられていない。。よって、時の理事会のほうに行く。すると時として矛盾は拡大する。大丈夫かなあということも多いけど。
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