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2026/01/24

これほどストレスフルな仕事はない(苦笑)

 籠城中断中。やっぱり思っている以上に体は疲れているのだなあ、と痛感。それでも、体を引きずっての作業。まずはまったく忘れていた、数日後の頼まれ仕事のための資料づくりにとりくむ。何とか最低限の形にする。それから、ゲラ読みを2本。まあ、今日の仕事はこんなものかなあ。

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 いろいろ悶々としはじめる。そもそも、月刊誌の仕事は1から数カ月先の仕事をする。いま下版作業をしているやつは、発売日は投票日だし、次の仕事は選挙よりもずっと後になる。だから、頭の中は選挙後でもある。みんなが選挙にがんばっているときに、ボクは、ものすごく離れた地点から、選挙を俯瞰して見て、選挙後のことを考えるという、これほどストレスフルな仕事はない。選挙にかかわる情報はたくさん集めて、それが選挙後、どのような影響を与えるのかを考える……。

 もう一つ、悶々とするのは、その中身でもある。単純に、議論があまりにもあまりにということもある。そこは限りなくストレスにはなるのだけど、同時に、議論が、そう単純ではないことにイライラする。たとえば、世界とトランプを考えると、「法の支配」をどう再建するのかということを考える。それは日本でも同じで、行政権力が肥大化し、国会を軽視する傾向のもとで、「法の支配」ということを考える。そのとき、あっと思う。「法の支配」は、支配者が多数をもったときに、権力をふるうための言葉であったり(教育基本法改悪)、ぎゃくに、新自由主義が政府の介入を排するときに使った言葉だったことを思います。つまり、民主主義とのあいだには、つねに緊張関係にある。権力が肥大化し、法を無視するときに、民主主義はどのような議論を立て、それをみんなのものにすればいいのか。

 経済政策で、どうもイライラする。積極財政だとか、手取りを増やすとか、その他さまざまな議論がなされているけど、それがいまの経済の問題のいちばんの本質をついたものになっているのかなあ、そこになかなかすすんでいかなのはなぜなんだろうと、つくづく考える。ほんとうにいまの資本主義のありようをしっかり考える議論がないのはなぜだろうか? 理論的なことをつっこんで考えないのはなぜか。

 こんなこと言うと、選挙ではそんなことは議論できないと言われるし、それはそのとおりなのだけど、選挙後のこの国の政治と社会を考えることをやっていると、どうしてもそんなことを考えてしまうストレス。

 

 疲れという点では、日ごろの家事のしんどさをわかってもらえない感覚がある。ボクの場合、何よりも通勤時間がたいへんで、1時間半、買い物をすれば片道2時間かかる。いまから考えれば、遠距離通勤のこの家は、家事を2人ですることで成り立っていたように思える。よく何十年も遠距離通勤をし、1人家事を12年もやってきたなあと思う。1人ではやっぱりしんどいなあ、と。いろいろね。

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