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2024/07/29

一市民が残した戦中戦後の飾らない日記 群馬で発見「侵略で、殺りくだった」

 部屋の中にいても、暑さが侵入してくるような勢い。いったいもうどうなっているのかと思う。

 ベランダの草木も、完全に暑さ負けしている。

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 とにかく、歯を食いしばりながら、来月対談①の起こし・整理をすすめる。映像資料をチェックしたり、先の企画の相談電話をしたり……。ああ、必要なメールを2本ぐらい送れていないなあ。思うようには仕事はすすまない局面。

 

 そうこうしている間に、夏の日々もどんどんすぎていく。やりたいことが何もできていないなあ。

一市民が残した戦中戦後の飾らない日記 群馬で発見「侵略で、殺りくだった」(共同通信)
 戦争は侵略で、ただ民族の殺りくだった―。太平洋戦争末期から戦後にかけ、現在の群馬県邑楽町に住んでいた男性が書いた日記が見つかった。分析した元学芸員は「時代に翻弄(ほんろう)された当時の人々の率直な心情や認識を伝える貴重な日記だ」と話している。……

 戦後、80年がたって、あらためにいろいろな日記の発見もあいついでいる。語られることがなかった戦争についての貴重な証言がなされているものも多く、興味はつきない。いろいろしっかり読みたいものだと思ったり。

 

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