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2024/04/23

障害ある人と無い人「線引きは難しい」 分離された特別教育の改善を へのちょっとしたコメント

 今日も引っ越し作業。今日の作業も一日にがかり。結構、力仕事もありたいへんでした。だいたい片付いてでしょうか。

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 昨日はいっぱい夢をみました。だいたい夢の舞台ははっきりしています。たぶん、いまのストレスの最大の原因がこれなんだろうなあなどと思えるような夢でした。

 夕方、少し、アパートの周りをあるきました。近くのスーパーの位置とか、駅までの距離とか。2方向は歩いたので、あと2方向明日でも歩きましょうかね。

 そこそこ、仕事もしています。少しずつ、体も頭も戻ってきているのでしょうか。少し、あるいて、体をつかったのは良いような気がします。

 今日はあえてこの記事。

 

 学校、趣味、学び直し……。「学ぶ」「教える」の現場にいる方に取り組みや魅力を聞きます。今回は障害のある子どもと無い子どもが共に学ぶ「インクルーシブ教育」を研究する東京大の小国喜弘教授です。
 我々は、障害のある人と無い人をあたかも分けられるかのように思っていますが、その線引きは実は難しいものです。
 文部科学省は、小中学校でのインクルーシブ教育について、通常学級や通級指導、特別支援学級、特別支援学校など「連続性のある『多様な学びの場』を用意しておくことが必要」としています。しかし、国連は2022年、分離された特別教育をやめるよう勧告しました。
 幼い頃から分離されると、大人になる過程で「障害者」というアイデンティティーを持つことにつながります。また、障害のある子どもがいる保護者は「なぜ私たちだけが、子どもが学ぶ場所を選択させられるのか」との思いを持ちます。
 日本では長らく、障害は「医学モデル」に基づいて考えられてきました。障害は個人の心身機能の問題と捉え、「欠損」を埋めるよう訓練し、社会に順応させていくという考え方です。
 一方、欧米では、障害の特性に対して不利な社会的障壁を取り除く、という「社会モデル」が浸透しています。さらに、近年は「人権モデル」に移行しています。障害者の人権を尊重し、主体的に参画できる社会をいかにつくっていくかを考えます。…
 勧告というものはある種の意図をもってなされる。分離教育に対する警告は、ある種の意図がある。その意図が大事なことは否定しないし、賛同するのだけど。それは、しばしば悪用される。フルインクルージョンが「社会モデルで」、「場所の教育」がインクルーシブでないとうのはあまりにも単純化で、そっこを悪用されかねないのだ。大切なのは、子どもがどのように社会的に育っていくのかという視点。そこには、子どもに即した、子どもに寄り添った、支援や環境が必要なはず。それを最善の利益ともいう。福祉的に必要な対応もあるはず。社会のさまざまな矛盾からどのように対応していくのかということもある。だから、模索があり、実践があるはず。とても複雑な問題だと認識しなくっちゃ。

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