9条はどのように生まれ、どのような理想をかかげているのか
今日は、久しぶりに職場に。朝から残暑というには、暑すぎるスタート。昨日は、夜も暑くって、寝苦しかった。ほんとにどうなっているんだろう。
さて、今日は、残った2本の原稿を追求しながら、来月のインタビュー①からの準備の資料読みなど。夕方からゲラがではじめて、それを動かす。一気に、仕事をすすめなければなりません。
職場に行くと、やっぱり厳しさを感じる。だけど、そもそも、教育のつどいだって、厳しさはほんとは感じていた。実際に、若い人あるいは中堅の人の実践は、もちろん個々のすばらしい実践は各地にあっても、面となるようなとりくみは北海道であり、滋賀であり、大阪であり……という現実は、参加した分科会を見る限り、もう何年も前からほとんど変わっていないように思える……。その打開の答えは、いまだ見出していない。その厳しさに向き合って、学ぶこと、考えること、そして試行錯誤を続けなければ。
政治的にもさまざまな問題をいろいろ考える。この夏、戦争と平和について、さまざまな議論があった。ウクライナに平和をということはほんとうに悩ましい問題。そして、台湾有事に、覚悟をもってという政治家がいるときに、どう考えるのか。日米韓の首脳会談についても、それが「新たな軍事的枠組みづくりに」つながるような議論がなされたことには、反対するのは当然だ。ちょっと気になるのはその議論の仕方だ。たしかに、軍事対応や大軍拡に反対する人の中にも、いろいろな議論がある。絶対平和の立場に立たない人もいる。そのことを頭に起きながら、さまざまに配慮した、幅広い運動をつくる議論は必要だ。だけど、9条が本来持つ、戦争の放棄や武力をもたないという精神から出発した議論を放棄することは、それはまた違うと思う。ボクらはボクらの固有の仕事としてその議論はしっかりやらないといけない。ウクライナに、台湾と、9条でほんとうに平和がまもれるのかという疑問が提示されているときに、あえて、9条のチカラについて、脇に置くのはどうなのだろうか。むしろわれわれは、9条がどのように生まれ、どのような理想をかかげているのかをしっかり学び、さまざまな困難があっても、9条をどうチカラにして、その役割を発揮するのかについてしっかり考えなければいけないのではないのか。そんなことを考えさせられることに、遭遇することが多い気がする。そう、いま、われわれは問われているのだと思う。
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