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2020/10/21

沖縄で埋もれた米軍の性暴力 編集局長の「申し訳なさ」

 今日は朝からいい天気。天気がいいと、ちょっと気分も軽くなるねえ。

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 さて、今日は、緊急企画③を仕上げて、発信。あとはゲラ読み、いろいろ連絡、来月の手打ちとか。そのほか、実務も。

 ひととおり疲れた感。

 今日は、10月21日。国際反戦デーだな。学徒出陣の日。代々木練兵所の壮行会が有名だけど、京大農学部グラウンドでの話は岩井さんから聞いた。体育の授業で使っていた場所。うーん。

 25年前には、沖縄の県民大会があった、これで、いま連載を続けているのだけど。

 だけど、今日の朝日にはいろいろ反省させられた。

沖縄で埋もれた米軍の性暴力 編集局長の「申し訳なさ」(朝日新聞)
95年10月21日、沖縄で県民大会 あれから25年
 対立や分断、混迷といった言葉ばかりで語られるようになってしまった感がある。沖縄をめぐる米軍基地の問題のことだ。しかし、沖縄で生まれ育ち、沖縄から見続けてきた女性ジャーナリストには、違った景色が見えているという。あれから25年。2大地元紙の一つ、沖縄タイムス編集局長の与那嶺一枝さん(55)に聞いた。

 1995年9月、沖縄本島で米兵3人に少女が連れ去られ、暴行される事件が起きた。県警は容疑者を特定したが、米軍は日米地位協定に基づき、起訴前の身柄引き渡しを拒否。自民から共産まで超党派の呼びかけで10月21日、宜野湾市であった県民大会とよばれる集会には、8万5千人ともいわれる人たちが集い、日米政府を米軍普天間飛行場(宜野湾市)の返還合意(96年)へと突き動かした。

 ――25年が経ちました。返還合意が県内移設という条件付きだったため、普天間の返還は進まず、名護市辺野古の基地建設をめぐっても政府と沖縄県の対立が深刻化しています。現状をどう受け止めていますか。

 「一言でいうと、申し訳ない思いでいっぱいです」

 ――いらだちでも、怒りでもなく、申し訳ない、ですか。

 「当時のことはよく覚えています。入社6年目の社会部記者で、事件を伝える記事に憤り、吐き気を催すような思いで読みました。沖縄や、日米間でのその後の大きな動きなど、全く予想できない。ただ、許せなかった。県民大会には、参加者の声を聞く取材班として駆り出されましたが、とにかく、人波が途絶えない。年配の人も、若者も、家族連れも。政治について話したこともなかった大学時代の友人も来ていました。みんなが怒っている。私だけじゃないんだと思いました」

 「大会があって、普天間返還合意につながったことは、今は混迷を深めてしまっていますが、動き出しただけよかった。それに対して、もう一つの大切な問題は、大会の瞬間は共有されたと感じましたが、結局、その後も置き去りにされてしまった、この25年間放置されてきたように思えます」……

 「米軍による女性への性暴力の問題」のとらえ方がどうだったのか。この25年間、そのことはどう議論され、どう運動化されてきたのか。施策の中でどのように具体化されてきたのか。はっきりいって国はまったくの無関心だ。以前、高里鈴代さんからお聞きした話なども思い出す。

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