なぜ生活保護利用をためらうのか~“バッシング”によって作られた“国民感情”~
早朝仕事スタート。すっかり暗いです。寒いですねえ。
二度寝もできず、洗濯をしたあと、午前中はZOOM学習会。クローズドなので、詳しくは書かなうけど、雇用の現状をめぐる問題。安倍政権のもとで、新自由主義的なその再編はどのようにすすんだのか、いまの現状はどうなっているのか、運動や政策への提起も含め、とても刺激的。
午後からが、ZOOM2本組だて。1つは、科学者会議の「コロナウイルス禍が問う現代市民社会 第 3 回 コロナ禍における学校教育」。滋賀の石垣さんの報告に注目して聴く。学校の現状を小学校と高校から。休校から再開後のようすまで、いろいろ報告されたが、焦点になるのがオンライン授業の問題。とくに、浅野大介の発言なども含め、経産省の推進に、子どもの実態や発達の実際から、問題提起と議論が焦点になる。理論化にすすんでいかないとなあ。勉強しないとなあと思った。
もう一つは、生活保護問題対策会議の「なぜ生活保護利用をためらうのか~“バッシング”によって作られた“国民感情”~」

雨宮処凛さんが「“生活保護バッシング”がもたらしたもの~利根川心中事件・コロナ禍の下で」、水島宏明さんが「記録で振り返る“生活保護バッシング”」。貧困がふたたび注目をあびているとはいえ、いまの生活困窮者が、なかなかSOSを出せずに、沈殿する状況のもとで、あらためて、2012年前後の生活保護バッシングからの動向の意味をしっかり考えなければいけないということを痛感させられた。安倍政権のもとでの新自由主義の再起動、もっといえば民主党政権下の新自由主義への転換ということが、どのようにすすみ、何をもたらしたのかということ。それが国民意識に与えた影響はあまりにも大きい。それが名古屋地裁判決に深くかかわる。
その一方で、姜乃榮(カン・ネヨン)さんの「社会保障を国民に届けるために~韓国の挑戦」には驚かされた。いまの韓国にもいろいろな試行錯誤があるにしても、歩む道筋は、いつの間にか日本とは決定的に違ったものになっている。権利としての生活保障。そのための法制化、制度化、そして、個人への支援、個別の支援。うーん。こちらも考えさえられる。日本もがんばらないと。少なくとも、内輪の議論としていたではダメだ。十分に納得していない人のなかでどう議論をすすめるのか、だなあ。
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