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2020/08/14

歴史は多面的で、一筋縄では行かない

  今日は、朝から、パソコン関係のメンテナンスを少しして、その後は、ずっとインタビュー①に集中。インク切れで、印刷できず、仕事がすすまない(苦笑)。インタビュー②も射程に入れながら、仕事をすすめないとなあ。

 平井さんが、先日晩成社のことをFBに書いていた。乃南アサの『チーム・オベリベリ』も読んでみたいなあ。その晩成社が入植した大樹町は、比較的相方のところから近い。関心のあるところなので、少し、思ったことを書いてみる。

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 晩成社は、いうまでもなく、帯広の礎をきずいた開拓の集団だ。たしかに、アイヌとの共存をめざし、助け、助けられたという関係だったという。集団の中心人物の一人は、アイヌの女性と結婚しているという。

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 ただ、アイヌの側に記録があるわけではない。はたして、アイヌの側はどう見ていたのだろうと考えてしまう。晩成社の事業は、失敗につぐ、失敗だったそうだ。そして、この当時、北海道全体としては、さまざまな形で、それは官に限らずに、日本の側は、アイヌの地の侵略者であったのはそうなのだと思う。そもそも、アイヌについては、文字がない分、記録に乏しい。本来ならば、より地域ごとに聞き取りの記録が整理され、それが全体として共有されていいような気がする。しかし、どこに行っても、そうたくさんアイヌの記録が保存されているわけではないのだ。素人考えでは、ウポポイ(民族共生象徴空間)なんかよりも、ほんとうは、そういう取り組みの方が必要なのではと思ったりするのだけどなあ。

 晩成社のつくった、マルセイバターのラベルが、現在の六花亭のマルセイバターサンドの包装の原型になっているのはあまりにも有名。その晩成社が入植した少し後に、十勝監獄ができている。その囚人たちの過酷な労働によってつくられた道路によって、晩成社でつくられたバターなどは運ばれている。晩成社の取り組みは、とても興味深い、さまざまな理想に満ちたものであったのだろう。しかし、そこでの事業は、囚人労働のうえになりたっていたことは、財閥の開発(安田善次郎のそれ)と変わるものではないのも事実。素人考えでは、そう思える。写真は、十勝監獄の石油庫。

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 ただ、歴史は多面的で、一筋縄では行かないということなのだろうなあ。

 

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