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2020年4月

2020/04/30

この国の政治についての本質的議論こそ

 国会中継をテレビで見ているとただただ悲しくなる。こんなに当事者意識のない政権がこの国を治めているという現実。

 ほんとうに、何とかしようよ。そう心の底から訴えたい。

 さて、数日前の世論調査。

緊急事態条項の賛否二分 憲法改正「必要」は61%(共同通信)

 共同通信社は28日、憲法記念日の5月3日を前に郵送方式で実施した憲法に関する世論調査の結果をまとめた。大規模災害時に内閣の権限を強め、個人の権利を制限できる緊急事態条項を憲法改正し新設する案に賛成51%、反対47%だった。新型コロナウイルス感染拡大で自民党内に議論活性化を求める意見がある一方、国民の賛否は二分している現状が浮かんだ。

 改憲の必要性に関し「どちらかといえば」も含め61%が肯定。だが安倍政権下での改憲は、反対58%、賛成40%だった。

 調査は3~4月、全国の18歳以上の男女3千人を対象に実施した。

 緊急事態条項は、自民党が2年前にまとめた改憲案4項目に入っている。緊急事態に国政選挙を実施できない場合の議員任期延長については、賛成33%、反対65%と差が開いた。

 4項目は他に(1)9条への自衛隊明記(2)参院選「合区」解消(3)教育充実。調査で9条改正自体の賛否を問うと「必要」49%、「必要ない」47%と拮抗した。必要と答えた人に、最も重視する点を選んでもらったところ「自衛隊の存在を明記」40%、「自衛隊の海外活動が際限なく拡大しないよう歯止め規定を設ける」22%、「戦力不保持を見直し自衛隊を軍として明記」21%と続いた。

 安倍晋三首相が改憲によって解消すべきだと訴える自衛隊違憲論について、国政運営の支障になっているかどうか尋ねると「なっていない」が54%で、「なっている」の43%を上回った。

 参院選「1票の格差」是正のため導入した合区を改憲で解消すると答えたのは35%。法改正で選挙制度を抜本改革するとの回答が44%に上った。

 教育無償化や充実・強化の憲法明記に関し賛同は30%にすぎず、法律で実施できるので改憲不要としたのは69%だった。

 国会発議された改憲案の賛否を問う際の国民投票運動について、資金力が結果を左右しないよう法改正で規制強化することに賛成が73%。反対は24%にとどまった。有効回答は1899。

 緊急事態条項を憲法に入れるということが、いろいろ言われているけど、コロナで、力に頼りたい心情と、でも安倍さんのもとでは危ないという思いとが錯綜する。だからこそ、いま本質的な議論が必要なのだろうな。この国の政治というものについて、そう思う。

 森さんが、無念だと言ったことの中身、伝えたかったことが何かをずっと考える。もちろんこちらの発題は安保・9条だったから、それとのかかわりだろうけど、最後の社会活動が、新型コロナ特措法だったから、緊急事態条項や人権にかかわることでもあったかとも考えたりする。

 

 バリバラ第二部は無事、放送された。声をあげなくっちゃねえ。そして、そのことも、この国のあり方に本質的な問いかけをしていると思うしね。

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 お昼に郵便局。一昨日しまってしまっていた郵便物を出しに。夕方、買い物。その途中、小学校の前を通る。結構、人が来ているなあ。学校の先生はやはりたいへんだ。体育館の窓は、卒業式か、入学式の紅白の垂れ幕がそのままになっていた。校庭は開放していないが、たぶん児童クラブ(学童保育)なのか、子どもたちの遊ぶ元気な声。児童クラブの仕事もたいへんだね。

 銀行に行ったりもした。

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 歩いていると、こんなものも発見。矢切の渡しから何キロか上流。途中に、幸房の渡しもあるのだから、江戸川の行き来は結構、こまめにあったわけ。いまの橋の数よりもずっと多いんだね。

 夕食は、アジフライ、野菜炒め、ポテトサラダ、ほうれんそうのすまし、きゅうりの糠漬け。

2020/04/29

新しいパソコンがやってきた

 自宅のデスクトップが、Windows7だったので、さすがに、そろそろということで、新しいパソコンが今日やってきた。新しいパソコンはいいなあ。でも、最初はめんどくさい。いろいろ設定をする一日。パソコンの性能に比して、通信速度がちょっとなあ。ちょっと考えなきゃなあ。

 パソコンの動作を待ちながら、読書。夕方から、歩いた。歩く目的なメンタル対策だな。やっぱり、この生活はメンタル的にはきついと思う。きったこれからいろいろな事件がおこっていくにちがいない。みんなどうしているのだろうか? 今日は、1時間強歩いた。歩いているときは無心だね。16278 16279

 写真は、高応寺。住職が尼さんで、結構、有名。寺の解説の看板がおもしろい。

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 森先生の訃報が報道された。悲しい。学問的にもすごい人で、難しい議論もするけれど、たくさんの普通に働く人のための文章を書く、語るということにすごく心を砕かれた人。ボクらとも気さくに接してくださり、昔はいっしょに飲みに行ったり、最近まで、よく食事にはでかけたもの。たくさん、おしゃべりもし、メールのやりとりもいっぱいした。森先生も、師匠の長谷川先生同様、立憲主義という言葉は基本的には使わなかった(詳しくは、長谷川VS樋口論争を参照のこと)。

 今日の夕食は、お手軽に、天とじ丼、キャベツときゅうりの塩和え、みそ汁。

 その後に、子どもが保育園時代のママ友たちと、ZOOM飲み会。おしゃべりすると元気が出る。

 そこでも話題になったけど、学年の9月開始が話題になっている。議論は大いにすればいいし、検討すればいいとは思うけど、筋が違うと思う。筋が違うというのは正確ではないか。今後の、新型コロナ第三波、第四波のことを考えても、9月というのはどうなのか。むしろ、対策として、よく考えるべきは、ガチガチの学習指導要領体制の緩和というか、地方や学校を軸にした、とりくみではないか。大学でいえば、18歳入学、22歳卒業というあり方を、より柔軟に選択できるような支援体制であるような気がするのだけど。あくまでも、子ども、若者の成長と発達を軸に考えればいいことだけど。

2020/04/28

おしゃべりも大事

 今日は職場へ。職場のパソコンはイライラ。サーバーと自分の机のうえのPCとのやりとりにかなり問題あり。いろいろ、雑誌特有のお荷物がいっぱいいあるからなあ。発送の準備だとか、お金の処理だとか、いろいろたまった実務。そして、打ち合わせ。おしゃべりも大事。なんやかんややっているうちの夕方に。郵便局に行3くと、「あ、そうか、3時までか」ということも。

 とにかく、最低限やることをやって、帰路につく。

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 駅は空いているけどね。でも、帰りの電車は、座席が全部うまるぐらいは混んでいる。うーん。

 夕食は、とうふステーキ、なすの甘酢あんかけ、マカロニサラダ。

 さて、明日から、しっかり自宅で、原稿・企画づくりと格闘する。

2020/04/27

国際協力という課題は?

 編集実務をすすめる。いろいろ時間がかかる。資料がおおかったので、いろいろ指定に時間がかかる。その後は、資料読み。

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 あかべこは、感染症との関係が深いそうだ。天然痘と関係があるとか。これは、たぶん長男が小6の修学旅行でつくってきたものではないかなあ。

 新型コロナ対策の報道をみていて、ふと思ったことは、世界のニュースが少ないこと、とりわけ、国際協力という観点が非常に弱いということ。今後の、ウイルスの変異を考えても、国際協力というのは、かなり大きなテーマである。しかし、トランプはWHOにお金を払わないと言ってるし。ここはもっと深めるべきテーマ。これまでもバラ色でなかった(HIVの薬の問題はよく知られている)し、今後も大きな課題はあろうそうだし。米中の問題は深刻だし、アフリカについては、視野から欠落しているし。

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 今日は、雨。あまり歩けなかった。

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 でも、歩いていると、ハナミズキの季節になってきたという感じ。うちの団地は、桜の次は、ハナミズキとツツジ。「うーす紅色の…」と口ずさむ。

 夕食は、鮭のハーブ焼、ごぼうサラダ、かぼちゃ煮、きゅうりの糠漬け、わかめスープ。

 

 これまで、いっぱいいっしょに仕事をさせていただいて、いろいろお世話になった、もっとも敬愛する先生の訃報が入り、大きな衝撃。思い出がいっぱいありすぎるし、ものすごく勉強もさせていただいた。入院する直線に電話をいただいたが、留守で、電話に出れなかった。メールの最後の言葉は「無念」だった。悲しすぎる。意志を引き継いで、ボクにだって果たすべき役割がきっとある。

 

2020/04/26

ユヴァル・ノア・ハラリとの60分

 テレワークをしていると日曜日も普通に働いてしまう。これはまずいなあと思って、今日は、あえて、大きな模様替えをしてみた。それと、目先の仕事に関係のない大きなテーマの読書にも挑戦。少し、雰囲気を変えた一日。

 それで、昨日のETVの「緊急対談 パンデミックが変える世界ユヴァル・ノア・ハラリとの60分」を見た。おもしろかった。ハラリの議論は単純と言えば単純。このパンデミックは民主主義の危機をおよぼす。強い力を求める世論の危険、指導者への監視の必要性を言う。そのうえで、監視社会の危険をAIの発展とかれめて論じる。こういうときだからこそ、市民のエンパワメントが必要であり、国際的な協力と情報の共有が必要だと。そして国際的な連帯を強調する。ウイルスの恐怖に支配されず、パンデミックだからこそ、冷静で、科学的な思考を求めると。なるほど国家権力というものの暴力性をふまえた議論でもある。

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 貴重な番組だけど、そのすぐ後の、バリバラがあんなことになるなんて、NHKでいま何がおこっているのか?

 メンタルのケアも大事。今日も、歩いた。

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2020/04/25

福祉型の社会へ

 結構、眠れている。それはいいこと。人生のなかで、これだけ、たっぷり睡眠時間をとっている日々は、あまりない。やはり、通勤時間がない日が多いのが大きいなあ。

 生活も社会のありかたも、いま、大きく見直すことにつながればいいなあと思う。ほんとうにひどい生活のありようだったし、いま、社会がこれだけ混乱に陥っているのは、大きな社会の歪みがもたらしている。人の命や人権をふみにじる社会から、福祉型の社会へ。大きな転換の議論が広がればいいのだけど。そういうことをすすめる仕事をするのもいまの自分の仕事のはずだなあ。ここはしっかり、ふんばらないといけないなあ。

 今週のバリバラはす ごかったなあ。NHKがここまでできるのかと驚いた。BKはやるなあ。再放送が、まもなくだからぜひ見てほしいなあ。

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 題して「バリバラ桜を見る会~バリアフリーと多様性の宴~ 第1部」。出演者もすごい!!! 見ていて勇気をもらった。

 家での仕事は、原稿と格闘しているときは、いいが、今の時期の、いろいろ仕込みを考える、企画を考えるためにいろいろ読み込む時期は、結構、精神的につらい。そもそも精神的につらい仕事なのになおさら。ちょっと、体調に変調をきたす。

 これではいけないと、夕方、少し散歩に。

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 天気がいいのになあ。

 夕食は、中華。茄子とピーマン、はるまき、餃子スープ。

 

 

2020/04/24

仕事はボチボチ

 まあ、今日は、仕事はボチボチ。原稿のやりとりや、メールのやりとり、発注など。あとは、ひたすら資料を読む。まあ、職場でやっていることとは、そんなに変りない。

 ただ、その仕事のうえでは、とっても悩んでいるのが実情。答えは簡単に見つからない。ボクが相手にするのは社会だ! その社会と感染症…、をどう考えるか?

 政治も、官僚制もどうにもならないほどの行き詰まり。そのことと…。うむ。

 今日は、少し離れた場所の週刊の配達で、外を自転車。なかなか気持ちがいい。やっぱり、いろいろ外を回りたいなあ。しかし…。

 スーパーによると、結構、混んでるなあ。なるほど、問題にしているのはこれか? 自分の生活スタイルでは、あまりないスーパーの混み方。空いているときしか行ってなかったの? それはよくわからないのだけど。

 夕食は、さば、肉じゃが、ごぼうサラダ、きゅうりのぬかづけ。味噌しる。

 よる、WEBのみかい。トラブル続きで、あまりしゃべれず、残念。いまは、いろいろしゃべりたいなあ。

 

2020/04/23

ペースがつかめない

 さて、テレワーク。締め切り直前の自宅作業は、やることがはっきりしているので、かなりの集中力でがんばれたけど、いまは、企画の仕込み作業をしなくてはいけない時期なので、その作業を家ですすめるペースがつかめない。だらだらしているあいだに気がつけば、夕方って感じ。いろいろ工夫が必要だなあ。問題意識を積み上げるすべ、人との討論をどうもつのか?

 昼に郵便局、夕方は買い物。買い物は3日に1日にしろという話。うーん。そこまで言うの? もう一つ根拠がわからないのだけど。もちろん、密をさけろというのは理解するが。途中、知り合いに会う。みんなおしゃべりしたそうだけど、しにくい雰囲気。しゃべれないストレスも相当。ほんとうに、そんな感じで日々送れるのか? なんか、そんなこともふくめ、ちゃんと、議論されているようには思えない。「ウィルス学的」というのが跋扈する。それだけが、必要な対応なのかどうか。よくわからないことが多すぎる。みんながきちんと、事態に向かっていくために、どんなことに配慮し、考え、行動すべきなのか?

 夕食は、あじ、大根とこんにゃくの煮物、きゅうりのたたき、ホウレンソウのおひたし、味噌汁と今日は和食です。

 さて、明日は集中したい。

2020/04/22

やっと、今月も山場を越えた

 印刷工場での作業は終了。やっと、今月も山場を越えた。「コロナ時代」にどう向き合うのか? ということと、そういうなかでも、どうしても考えておきたい問題ということを考えつつ、つくったもの。なかなか、十分とは言えないのだけど。

 大きいミスをやらかしたり、小さいミスも繰り返し、同僚からのきつーいお叱りに、凹む一日。あかんたれのボクは、できればもう、仕事をしたくないと思ってしまうなあ。ぐずぐず、おろおろすることしかできないけど、反省しないと。まだまだ、がんばりましょうね。

 いろいろな問題にスキっと整理ができているわけではない。少し、じっくり勉強する時間をとろうと思うところ。うまく、時間をつかわないといけない。

 今日は、半ひきこもり中の人のバースデーディナー。工場から戻って、あわただしくつくった。

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2020/04/21

感染症と文明――共生への道

 今日は印刷工場籠城1日目。時期が時期だけに、ものすごく疲れたし、テレワークの影響で、工場に持ち込んだ仕事も多く、バタバタして、全然、集中できない。そんな一日。

 少し、時差での出勤や退勤は、ソーシャルディスタンスまではいかなくても、比較的空いている。

 最近、感染症についての本をあれこれ読む。

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 これも、その1冊。人間と感染症のたたかいがどのように展開してきたのかなど、ほとんど知らなかっただけに、驚きながら読んだ。ペストとのたたかいとはどういうものだったのかと。近代科学は感染症の絶滅をめざし、ポリオや天然痘のとりくみが展開されたわけだけど、多くの感染症は、いまだに未知な部分も多い。対策には限界があるということか。ワクチンもまた万能ではない。そうしたなかで、人間は、ウィルスは「適応」し、共生をしてきた。人間の安全や、命というものと、ウイルスとの共生をどう統一するのかという思い課題をつきつけられた感じだなあ。もし、新型コロナが弱毒化し、共生するようになっていくのであれば、それはものすごく時間がかかるのだろうか。10年とかの単位で、かつての生活は戻ってこないのかもしれない、などとも考える。

 そういうなかでどう生きるのか。昨日も書いたけど、これまでの感染症も、今回の新型コロナも、社会に大きな影響を与えたけど、それは横からのちからで、縦軸がある。そのことにボクはこだわりたい。新型コロナはたしかに、いまの社会のさまざまな矛盾や脆弱性をあらわにした。それをどう変えるのか、そういうことを考えたいもの。

 気が弱くなるわけではいけど、テレワークなどの仕事のやり方をしていると、ともすれば、身の引き方みたいなものを考えてしまいがち。そうではなく、もっと、先を見て、そのために生きなきゃと自分を奮い立たせる。なかなか、自分の思いは、いろいろな面があって複雑で、やっかいで、後ろ向きであったりもするけど、もう少し、もう少し!

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2020/04/20

雑誌づくりはどうなるのか

 今日は、職場へ。明日からは印刷工場籠城。今後、雑誌づくりはどうなっていくのだろうか? 不安というよりも、自分がどこに身を置いていけばいいのかをいろいろ考える。新型コロナは大きな影響を社会にあたえるが、それはある意味、横からの力。社会そのものの縦軸は、やはり政治などだと思うし、そういうなかで、雑誌がどう位置づいていくのか? 役割をはたしていくのか?

 結局、6時半ごろまでは、いろいろ仕事が続く。夕食は焼そばを朝に作っておいた。

 昨日の、茶話会のことをいろいろふり返る。教育現場にある、閉塞感。そういう状況のなかで、コロナが直撃し、一方的に議論もなく、いろいろなことが決められていく。そういうなかで、自分たちが子どもに対してやることに、教育的な意味、人間的な価値を問い直しながら取り組んでいるということかなあ。なるほどなあ。そういうことをどう励ますのか。

 写真は、相方から。学生のいないキャンパスに跋扈する、野生のシカ!!! 17431

2020/04/19

7人の小さき探究者〜変わりゆく世界の真ん中で〜

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 昨日のETV特集。

新型肺炎対策のため突然、休校となった気仙沼市の小泉小学校。全国に先駆けて、対話を通じてこどもが考える力を育む授業「p4c(ピーフォーシー)」を行ってきた。“philosophy for children(こども哲学)”の略称で、東日本大震災をきっかけに始まった。6年生7人は卒業直前の突然の休校に揺れる現状を、こども独自の視点で捉え、言葉にしてゆく。彼らは学校がなくなった日々に何を考えたのか。

 デューイの流れを組む実践だな。なかなかおもしろい。子どもってやっぱりすごいなあ、とつくづく思う。

 ただ、実践の視点としては、日本の生活綴り方とか、そういう実践の蓄積があるし、そこがつくりあげてきたものとの関連も大事かなと思ったり。

 いま、この新型コロナ感染の危機のもと、さまざまに降りかかっている問題をどれだけ、ボクらの社会は子どもとともに、考えることができているだろうか。そういうこともよく考えたい。

 Iさんからの情報で、国連の子どもの権利委員会が、「新型コロナ感染症(COVID-19)に関する声明」を出していることを知る。
 世界の議論をちゃんと、知っておかないといけない。https://w.atwiki.jp/childrights/pages/327.html?fbclid=IwAR1SIBJlg262lGAL1bqY_r6cuMSWaauUdxHV3iZ6XphvK1lD0g7e4bDrbrs

 午後からは、教員の友人たちと、WEBで2時間ほど、おしゃべり。やっぱり、人と話さないとなあ。ほんとうに、悶々とした日々を送る教員っちが、どのように悩んだり、考えたりしているのか、いろいろ聞けてよかった。医療崩壊を前に、医療を支えるということが大きな課題になっているが、子どものことを考えると、もっと教員たちが、いろいろな教育活動をしっかりできるような支援も必要だ。しかし、統制しかない。そして、窮屈さの中で、議論することさえ奪われている。

 いろいろ考えた1日。

 夕食は、ハンバーグを焼いた。ごぼうサラダ、あと大根の煮物。なすの味噌汁。 

 

2020/04/18

問われているのは大学のおける知のありかた

 学生の実態の深刻さの話はよく聞く。学生にアンケートをとった大学では、「不安を感じてている学生は8割以上、経済的影響があるとした学生は3割に上っている」とか、ある大学では、「新型コロナの流行で、学生の約6割が、1か月あたり収入(奨学金・仕送り含む)が減少したと回答。4割以上収入減少した学生は実に40%近くになり、全くゼロになったという学生が8%もいる」。

 そういうなかで、和歌山大学の学生さんの訴え(コロナウィルスによって先行きが不透明な状況下で、授業料を徴収しないで下さい)

が話題を呼んでいる。これまで、文科省は、さんざん、受益者負担主義を言ってきたのだから、受益が「なくなっている」状況下で、こうした学生の声が出てくるのは、至極当然ではある。

 ただ、この議論だけで、学生の利益が守られるかというと、なかなか難しい。ともすれば、この時期に、大学が学生への教育に責任をもたないことを免罪しかねないし。

 そもそも、学費・授業料は、本来的には、授業や施設利用の対価ではないはずだ。それを、受益者負担主義という世界の流れとは、まったく違うような方向にすすめてきたことへの矛盾があらわになってきている。大学のほうでも、そういう意識にからめとられていなかったのかということへの自己点検も求められているのではないか。大学の学問というのは、もっと公共的な価値、人々が共有すべき知の営みであるはずだ。だからこそ、公費なのだ。

 だから、こうした困難なときであるからこそ、大学のおける知のありかたそのものが問われているのではないのか。たとえ、授業がなく、大学の構内に入れなくても、教員と学生のあいだで、こうした知の営みがなされるべきではないのか。そうすると、また学費・授業料に対して、ちがったものが見ててくるにちがいない。

 たとえば、いま、さかんにトリアージということが言われる(今日のNスぺでも出てきましたねえ)。「命の選別」が現実のものになりつつある。では、そこでは、優性思想が席巻をするのか? そうではないはずだ。まさに、そこでこそ、「人間性」が問われる。最大限、人間的な営みがつらんぬかれる、そのために、この危機の時代に社会はどうあるべきなのか? それこそが、知のありようではないのか。そんなことをつらつらと考える。

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 ちょうど、今朝、「イントランスの時代」という神戸さんがつくったドキュメンタリーを放映していた。神奈川県相模原市の障害者施設で46人を殺傷した植松聖被告に、RKB東京報道制作部の神戸金史(かんべ・かねぶみ)記者が6回接見取材し、その内容を再現。重度障害のある子を持つ神戸記者へ向けた植松被告の言葉には、憤りともどかしさを感じてしまう。「イントレランス」とは、事件からちょうど100年前の1916年に公開されたアメリカ映画の題名で「不寛容」という意味。古代バビロンから現代のアメリカまで四つの時代の物語が描かれ、「世の中から寛容さが失われた時、悲劇は起こる。いつの時代も、どの国でも、それは変わらない」がテーマとなっている。寛容さが失われてきているように見える現代。誰もが心の中に潜ませている差別の刃は、表に出ると攻撃される人々にはとてつもない苦しみを与えてしまう。心の中のナイフをどう扱うべきか。番組では、さまざまなイントレランスが生み出されている現代社会の姿を描く。

 今日大雨の中、早朝仕事。少し早めに。それから二度寝。自宅で、メールのやりとり、資料読み。原稿読みなど。

 夕食は、メンチカツ、きんぴらごぼう、キムチ、ほうれんそうの和風ソテー、スープ。

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2020/04/17

恐怖みたいなものに支配されてしまっていいのか

 今日は、久々に職場に出かけて、職場で実務仕事。やはり、職場でなければできない仕事がある。とりわけ、提稿作業などは、家でやるより効率はアップする。原稿②も仕上げて、発信。

 早めに切り上げたけど、帰りの電車は、やはり、そこそこ人がいて、ソーシャルディスタンシングとはいかない。ちょっと緊張してつかれた。さすがに、東京は異様な雰囲気になりつつある。

 だけど、ここまで、恐怖みたいなものに支配されてしまっていいのかと考え込む。そもそも、うまくいかないのは、社会の構造なり、歴史なりと、いまの対処に問題があるからなはず。そこが実は見えてこない。なんか丸投げされている。

 たとえば、8割人に会うのを減らせと言われる。それはあくまでも、感染対策の面から言っているわけで、では、実際に、東京でそれをするには、どんな生活になるのかということが根拠をもって示されているわけではない。東京の人口の動きや、産業構造などはわかってるわけだから、ある程度の推定ができないのかなあ。そもそも、東京のような人が集中したところで、最低限の生活を支える経済活動を維持しながら8割減らすことなどできるのか? 結構、最低限の生活を支える経済活動そのものも、多くの人がかかわっている感じがする。もし、8割がかなり難しいとなれば、それを住民の責任にするのではなく、違う対策も必要になるはずだし。

 と同時に、経済というよりも、人権や人としての生活をなりたたせるということが、たとえば、ロックアウトされているヨーロッパで、どのように考えられているのか、など、ていねいには紹介されていない。

 ドイツの大統領は「この感染症の世界的拡大は、戦争ではないのです。国と国が戦っているわけでも、兵士と兵士が戦っているわけでもないのです。現下の事態は、私たちの人間性を試しているのです」とテレビで演説した。何かしら、考えることが多い日々である。

https://japan.diplo.de/ja-ja/themen/politik/-/2333154

 今日の夕食は、サバのみりん干し、野菜炒め、マカロニサラダ、毎日味噌汁つくってます。

2020/04/16

コロナ騒ぎのなかでも考えたいこと、うつうつとした不安に向き合うに必要なこと

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 原稿②をさらにすすめる。そして、お昼に、今週の『週刊文春』を買いに行く。相澤さん、あいかわらずがんばっているなあ。森友問題の本質をえぐるような記事が続く。この問題は、コロナ騒ぎのなかでも、しっかり考えたいと思うのだけど。

 職場も全体、テレワークが中心。そうすると、個人の状況の差が出てくる。ボクらの世代は、もちろん多様だけど、それでも結構、仕事のお金をつぎ込む人が多い。ボクのような仕事の場合は、本とともに、パソコン関係。一通りそろっているから、テレワークはできる。だけど、それでも、スキャンとかは、職場の機会よりも、いろいろ面倒。ちょっと、時間がかかったりする。

 それも経済や暮らしとかかわる問題。そして、それは、これから先、どうなるのだろうか。かなり長期にわかって、自粛が強いられる生活になれば、自分の仕事はどうなっていくのだろうか。相方の仕事は? 少なくとも賃金カットなどはおこっていくだろうけど。子どもたちの仕事はたぶんもっと大変だろう。どこまで、それが続いていくのか。当面の、国の支援は言うまでもなく重要だけど、では、中長期には何が必要か? そういった姿はまだなかなか出てこないなあ。日本の場合は、蓄積した矛盾があまりにも大きいから、よけいに未来は描きにくいのだどうけど。そこもよく考えなくては。

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 うつうつとした不安に向き合うには、何が必要なのか? そんなことも考える。

 さて、今日は、2度ほど近場に買い物だけ。

 夕食は、アジフライ、ほうれんそうソテー、なすピーマン。

 夜に、相方とLINEでテレビ電話。学生さんたちとのやりとりをどうするのか、いろいろ試行錯誤しているみたいで、その実験台。ノートPCへのインストールから、いろいろ遠隔地からのアドバイス。大学教員もいろいろたいへんだなあ。

2020/04/15

ショッキングなニュースが流れたが

 「新型コロナ、42万人死亡も 対策ない場合の試算公表―重篤85万人・厚労省班」(時事)というショッキングなニュースが流れた。厚労省のクラスター対策班の西浦さんの計算によるものなのだけど、なぜ、いまさらこの時期に? そもそも、こういうデータの出し方は、クラスター班はやろうとしてきたこととは、違いのではないのかなど、違和感はもつが、それでも、衝撃は大きく、おそらく影響も大きいのだと思う。

 みんな、どんなふうにこの状況と向き合っているのだろうか。すごくしんどい思いをしている人もいるだろうし、抱えている状況を一人では解決できないでいる人も多いと思う。十分な支援のもとで、みんなが納得しながらこの事態に向き合っていくというのではなく、何となく、日本の流れは、ショックと恐怖で、人の動きを止めようとしているように感じてしまう。報道も基本そういう感じで、どんどん重苦しい雰囲気だけが広がっている。うーん。

 テレワークにも慣れてきて、仕事はそれなりに順調にすすんでいる。集中もできている? 原稿②は半分はすぎた。明日一気にメドをつけ、明後日には完成させたいところ。

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 夕方、少し離れた駅のむこうのスーパーまで歩いて買い物。

 夕食は、この間、息子と2人が続く。メニューを考えるのはたいへん。今日は、鮭、ポテサラ、こんにゃくと大根の煮物。コロナと戦争、経済はどうなるか、感染症の歴史などをおしゃべり。毎日、いろいろ話をする。

愚痴

 うつうつと、テレワーク。なかなか精神的にもきついものがあります。

 雑誌作りをしていると、こういう局面は、とても難しいところでもあります。いま出ている号も、まともに新型コロナを扱っていないじゃないかというお叱りを受けたりします。たしかに『世界』さんは「コロナショック」をやっているわけでしね。もちろん、体制の問題もありますし、工程の問題もあります。でも、それだけではないのです。

 不確定な問題がたくさんあります。問題をどうとらえるかも意見が結構、わかれます。大きくとらえれば、世界がかわるほどの大事件であることはそうだと思います。どこまで続くのか、どれだけ、社会を横から変えてしまうのか、それは、大きなものだということだけは言えますが、具体的には、かなり仮説になります。であると、どうしても、専門的な見地からは、発言は慎重にならざるを得ないでしょう。たしかに、『世界』の特集のようにすぐれた論考もあるけれど、感想に毛の生えたものもあるのです。

 いま、新型コロナのもとで、いまの社会がかかえるさまざまな問題が、どんどん表明にあらわになっているということが実際ではないか。であるならば、その社会の問題を論じた論考から、自分の頭で、新型コロナのいまとむすびつけて、考えてほしい、というのは、甘えですかね。そんなことを考えたりもします。

 ただ、ほんとうに、これから社会はどうなるのか。計量的な分析も含めて、もっとしっかり考えるべきことは、しっかり急がなければなりません。その十分な情報・データは出ているわけではないのですが。いろいろ苦労と悩みは続くのでしょうが。

2020/04/12

新型コロナウイルス 瀬戸際の攻防 〜感染拡大阻止最前線からの報告〜

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 東京・霞ヶ関、厚生労働省の一室。日本の新型コロナウイルスの感染拡大阻止を担う対策チームにカメラが入った。30人以上の感染症の専門家で作られた「クラスター対策班」である。東京での感染者の急増、院内感染の増加、地方への感染の連鎖、緊急事態宣言…対策班は、時々刻々と変化する事態に対応を迫られ続けていた。感染拡大阻止の最前線の現場への密着を通して、新型コロナウイルスとの果てなき闘いを見つめる。

 昨日のNスぺは、率直に言えば、押田さんの失敗(敗戦)の告白みたいな番組だった。必死で、格闘するその姿には胸が詰まる。クラスターつぶし戦略は、やはり無理があった。そこのところ、つぎに孤感染の状況で、社会的な規制の度合いを決めると修正しているのだが…。しかし、「瀬戸際の攻防」といいながら、見事なぐらい政治が出てこない。たたかっているのは、政治ではなく、医療だけなのか? そこが恐ろしく、悲しい。

 だけど、その新型コロナ対策というのは、結局、検査を十分にしないという対策だ。それを押田さんは、そういう体制も能力も日本にはなかったと言ってしまう。そこが悲しい。

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 ETV特集では、「緊急対談 パンデミックが変える世界 〜海外の知性が語る展望〜」とのをやっていた。そういうものを見ながら、世界では、今度の歴史的な危機は、民主主義や、社会のあり方と深くむすびつけて論じられているということを考えさせられる。しかし、日本は、どうだろう、政治は不在である。そして、宿命のように、ウイルスとのたたかいを強いられる。そのときに、社会のあり方が問われない。

 クラスター班のとりくみもそうではないのか?結局、財源、経済と、言うことがものすごい前提としてあり、社会的な視点から対策が問われない。そこにあるのは、ある意味では「効率」という神話ではないのか。

 そこでは、あらためて、科学とか、学問のあり方ということを考えさせられたりする。押谷さんも、西浦さんも、日本の知性を代表する人でもある。その知性が孤立無援で、裸でたたかっている。彼らは、問えないのだろうか? それも、ものすごく悲しいことでもある。

2020/04/07

緊急事態宣言

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 記者会見を聞いていても、気が滅入るし、これから展開される報道について考えるだけでも、気が滅入る。

 記者会見は特段新しい話があるわけではない。結局、いま、私たちはどこにいるのか、それが根拠をもって明らかにされるわけではない。1万人、8万人の感染が予想されるとかいっても、その根拠となるのは、あの、グラフなのか??? そして、その感染をひろげないための対策というものが、ほんとうに効果があるのか、実効性があるのかなどの根拠もあいまい。

 人の移動を8割にというが、そもそも、GOEGLEの調査でも日本の場合は、大きいのは「仕事」ではないか。安心して、「仕事」に行かない、在胎ワークができる環境づくりには言及は結局ない。

 給付など、大胆な経済対策を打ったという。所得補償はきわめて限定されているし、これまでと比較して、給付が用意されているようだけど、1度きりの給付で、生活が支えられ、「仕事」に行かないですむのか。その予算規模からみて、必要な人にゆきわたるのか。むしろ、最後に書かれている、経済対策が目立つ。ああ、やっらり経済優先かと。ほんとうに、大胆に、みんなの生活を守る政策と取り組みが必要だ。かつての派遣村のような取り組みも含め。そういう呼びかけが、政治から発信されないといけないのだけどなあ。

2020/04/05

パンデミックが世界を変える?

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「緊急対談 パンデミックが変える世界〜歴史から何を学ぶか〜」

パンデミックとなった新型肺炎。人類はいま大きなチャレンジを突きつけられている。これから社会はどう変わるのか。ウイルス学、感染症史、日本史、世界史など各人が独自の考えとフィールドを持つ識者たちが集い、人類の今と明日についての思索を披露しつつ徹底的に対話する緊急特番。【出演】ヤマザキマリ、磯田道史、山本太郎、河岡義裕

 

 昨日のETV。たしかにこのコロナとのたたかいは、世界史的な事件でもある。そういう視点から、大きな議論は必要。だけど、このタイミングでの議論はなかなか難しいところ。

 パンデミックは世界を変えるのだろうか。たしかに、できることなら、世界が変わる契機になればいいとは思う。

 だけど、なかなか、そういう議論をするときに、文明論的なものに終始して、現実の政治のぶつかり合いが隠されてしまう。

 現実の政治のぶつかり合いは生々しい。所得補償が象徴的であるわけで…。

 この面でも大きな変化が生まれるのか? いろいろ考えるできことがあるのだけど。

非常事態宣言???

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 先週国内で漂い始めた「日本はもう大丈夫なのでは」という期待をよそに、いま感染者は拡大を続けている。東京都の小池知事は「感染爆発の重大局面」と危機感をあらわにし、週末の不要不急の外出自粛を呼びかけた。ウイルスとの戦いは“長期戦”へと突入した。
 大都市部では経路不明の感染が急増、オーバーシュートを食い止められるかどうかギリギリの局面を迎えている。ひとたび感染爆発が起これば病院に感染者が殺到し、病院のキャパシティを超える「医療崩壊」が起こりかねない。各医療機関は感染者の急増に対応するための役割分担の明確化を急ピッチで進めている。
 一方政府はこれまで継続してきた学校の一斉休校の解除を決定。各自治体や学校では学校再開に向けた準備が進んでいる。しかし感染者が出た場合の対応についてはそれぞれの学校の判断に任されており、不安や戸惑いが広がっている。番組では、テレビ会議システムを活用し、課題に直面する現場のキーマンが中継で出演。どんなことに困っているか、どんな課題を抱えているかを具体的に聞きながら、スタジオの専門家ゲストと共に、正しい知見にもとづいた対処法を考えていく。

 緊張感あふれる番組。医療体制の強化への措置や、所得補償への財政出動の問題など、それなりに踏み込んでいた。

 

 でも、なぜ、対策というか、必要な措置が、トータルにすすまないのか?それなのに、非常事態宣言だけが、とりざたされていく。

 だけど、いったい、いまどんな事態で、どのような対策が必要になるのかという基本的なデータが、いつまでたっても示され共有されていかないのだ。アメリカからは、日本の感染調査は信用できないと言われるしまつだ。政策のエビデンスということを政府は、これまで、いろいろ口やましく言ってきたのに、何も示されないのが実際だ。

 なぜ、データが示されないのか。もっと言えば、なぜ、きちんとした調査がなされないのか? そのことが議論されないのか?

 日本は、医療や社会保障(や教育)に対して、これまでも、まず必要性を割り出して、そこから、政策をたて、財源を確保するという考え方をとってこなかった。むしろ、財政の振り分けを先におこない、聖域には財源を投入し、その財政の現状から医療や社会保障を考えてきた。いまも、その枠の中にあるのだろうか。

 結局、政策に、その政策を遂行する政治に対して、信頼がよせられないのだ。政策の正統性が確保されないし、政治と国民の信頼関係が構築されない。ただ、なんとなく、あきらめなり、追随なりだけが広がる…。そういう意味では、根が深い状況がいまあるのではないか。

 

 

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