« 自民改憲本部 9条改憲7案提示 「必要最小限度」案が軸 | トップページ | 平成の天皇制とは何か――制度と個人のはざまで »

2018/03/15

文科省が授業内容などの提出要求 前川前次官の中学校での授業で

 そうはないNHKのスクープ。だけど、相当重大で、深刻な問題。よくやったNHK。

文科省が授業内容などの提出要求 前川前次官の中学校での授業で(NHKニュース)

 国が学校に授業の内容を問いただす異例の事態です。愛知県の公立中学校が文部科学省の前川前事務次官を先月、授業の講師に呼んだところ、文部科学省から教育委員会を通じて授業の内容や録音の提出を求められたことがわかりました。いじめなどの問題を除き、国が学校の個別の授業内容を調査することは原則、認められておらず、今後、議論を呼びそうです。
 愛知県内の公立中学校で、先月、文部科学省の前川前事務次官が総合学習の時間の講師に招かれ、不登校や夜間中学校などをテーマに授業を行い、全校生徒のほか地元の住民らも出席しました。
 この授業について今月1日、文部科学省の課長補佐からこの学校を所管する教育委員会宛てに内容を問いただすメールが届いていたことがわかりました。
 メールでは、前川氏が天下り問題で辞任したことや、出会い系バーの店を利用していたと指摘したうえで、「道徳教育が行われる学校にこうした背景のある氏をどのような判断で授業を依頼したのか」と具体的に答えるよう記しています。さらに、録音があれば提供することなど15項目について文書で回答するよう求めています。
 関係者によりますと、中学校には教育委員会からこれらの内容が伝えられ、録音の提出については拒んだということです。教育委員会も授業内容は事前に了承していたということです。
 今の法律では、いじめによる自殺を防ぐなど、緊急の必要がある場合は文部科学大臣が教育委員会に是正の指示を出すことが認められていますが、今回のように個別の学校の授業内容を調査することは原則、認められていません。
教育行政上の国の役割とは
 戦前の愛国主義的な教育の反省に立ち、国による学校教育への関与は法律で制限されています。教育基本法16条にも「教育は不当な支配に服することなく」と記されています。
 地方教育行政について定めた法律では、学校教育に対して、指導や助言などができるのは原則として教育委員会です。国は学習指導要領の作成など全国的な基準の設定や、教員給与の一部負担など教育条件の整備が主な役割です。
 一方、いじめ自殺など子どもたちの命に関わる問題が相次ぐ中で、国による関与が必要だとする声も強まり、平成19年に文部科学大臣が教育委員会の対応が不適切だった場合、是正の指示ができるようになりました。 
 しかし、これも法令違反や子どもの命や身体の保護のため、緊急の必要がある場合に限定されていて、今回のように個別の授業内容を調査できる権限は原則、認められていません。
話聞いた主婦「とても勉強になりました」
 講演で、前川氏が語ったのは中学時代の不登校体験や今、みずからも関わっている夜間中学校の必要性などについてでした。終了後は教員や生徒、さらに住民と一緒に記念撮影するなど、好評だったということです。
 話を聞いた50代の主婦は「夜間中学校について、熱く語られたのが印象残っています。とても勉強になりました」と話していました。また、別の男性は「政治的な話は全くなく、和やかな雰囲気でした」と話していました。
日本教育学会会長「国の行き過ぎた行為」
 日本教育学会の会長で教育行政に詳しい日本大学の広田照幸教授は、「国の地方の教育行政への関わりは、基本的に抑制的であまり口を出さないのが基本だ。学校の教育内容は教育委員会の管轄であり、何より個々の学校が責任を持って行うものだ。それに対し、明確な法律違反の疑いもないまま授業内容にここまで質問するのは明らかに行き過ぎだ」と指摘しています。
 そのうえで、「行政が必要以上に学校をコントロールすることになりかねず、現場は国からの指摘をおそれて萎縮し、窮屈になってしまうのではないか。国があら探しするような調査をかけることは教育の不当な支配にあたると解釈されてもおかしくない」と話しています。
文部科学省「問題ない」
 文部科学省は「前川氏が文部科学省の事務方トップだったことや、天下り問題で辞任したことを踏まえ、講師として公教育の場で発言した内容や経緯を確認する必要があると判断した。正確性を期すために文書での確認を行った。問題があるとは思っていない」と話しています。

 ボクもいちおう、教育行政、教育法が大学の専攻だったし(苦笑)。憲法に二六条の教育を受ける権利が入ったのはなぜか。戦前は教育は全然権利でも何でもなかったわkで、義務教育はまさしくよき臣民になるための義務であった。それが、個人主義を前提にして、一人ひとりの成長・発達を確保するための権利として個々人に認められている権利でとして、国は個々人が成長・発達することを具体的に保障するための条件をつくらなければいけないというのが憲法二六条となったわけだ。だから国は一定介入することが認められるけれども、その成長・発達という教育の営みからくる限界が一定あるということがあって、それが旭川学テ事件の最高裁判決なはず。いまでもその考えは生きているはずであるのに。その原則から逸脱した教育内容への介入が、つみかさなっていって、最後は政治的な判断で露骨に介入しても問題なしというところまでくるということ。それはまさしく、自由との対局ではないのか。いやあ、これは絶対に容認できない。

« 自民改憲本部 9条改憲7案提示 「必要最小限度」案が軸 | トップページ | 平成の天皇制とは何か――制度と個人のはざまで »

政治」カテゴリの記事

教育」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/59689/66501120

この記事へのトラックバック一覧です: 文科省が授業内容などの提出要求 前川前次官の中学校での授業で:

« 自民改憲本部 9条改憲7案提示 「必要最小限度」案が軸 | トップページ | 平成の天皇制とは何か――制度と個人のはざまで »

無料ブログはココログ
2018年10月
  1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31