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2017/10/04

記者の目 給付型奨学金 選考で混乱=林由紀子(大阪学芸部)

 政治の中身もしっかり議論した。あまりにも課題が多いこの国の政治と社会であるのだから。

記者の目 給付型奨学金 選考で混乱=林由紀子(大阪学芸部)(毎日新聞)

全希望者の夢、かなえて
 衆院解散に踏み切った安倍晋三首相は、2年後に10%に引き上げる消費税の使途変更を掲げ、増税分の一部を「真に必要な子の高等教育の無償化にあてる」という。来春から本格スタートする「給付型奨学金」の支給額を大幅に増やす考えだが、具体的内容は明らかではない。この奨学金は経済的理由から大学などへの進学をあきらめることがないよう支援するのが目的で、住民税非課税世帯の子らが対象。しかし、現行制度では財源の制約から希望者の一部にしか渡らず、1人あたりの支給額も不十分だ。選考で高校などに大きな混乱をもたらしてもいる。非課税世帯の全ての希望者が進学の夢をかなえられる制度にすべきだ。
 近年の非課税世帯の進学者は1学年約6万人、他に進学を断念した生徒もいる。財源の制約から給付を受けられるのは約2万人で、ざっと見て制度が前提とする「真に必要な子」の3分の1となる。支給額は、進学先の国公私立の別や自宅通学か下宿かにより月額2万~4万円だが、これでは貸与の奨学金を併用しないと進学は難しい。ある高校の奨学金担当教諭は「本当に家計が厳しい子には、就職を勧めざるをえない」と嘆く。
核心の推薦基準、高校判断に委ね
 来春向けの選考では、多くの課題が明らかになった。実施機関の日本学生支援機構は全国5830の高校などに1校ずつ計2万2903人分の推薦枠を割り振った。高校側は枠に応じて生徒を選考、機構に推薦した。機構は奨学生に求める人物像や家計、学力などの目安を高校側に「指針」で示していた。
 選考では進学意欲なども含めて総合的な判断が必要だ。それには、生徒をよく知る高校側が「指針を参考に各校の実態を踏まえた推薦基準で選ぶのが望ましい」(文部科学省)。だが、肝心の指針は選考に「客観性」や「公平性」を求める一方、家計と学力のどちらをどの程度重視するかなどの核心部分を学校判断に委ねるあいまいなものだった。
 例えば、学力。指針は本文で(1)「各校の教育目標に照らし十分に満足できる高い学習成績」(2)「教科以外の活動で大変優れた成果を収め、おおむね満足できる学習成績」とおおまかに表現。添付した想定問答集で(1)は調査書の学力評定が「A(平均4・3~5・0)を想定」、(2)は「おおむねB(同3・5~4・2)を想定」と一定の目安を示したが、推薦できる評定の下限値には触れなかった。
 教師らは頭を悩ませた。「客観的で公平というなら成績か」「しんどい子ほど努力が数字に表れにくい。やる気や可能性も評価したい」。大阪や神奈川の公立高では推薦基準を「学力の評定平均値の高い順」とした学校が多かった一方、家庭環境が厳しくより支援が必要な生徒を優先した学校や、家計状況と進学意欲のみで評価し、学力要件を設けなかった学校もあった。
 その結果、神奈川では複数の高校が推薦枠を上回る生徒の名簿を機構に提出する事態となった。一方、東京では都立高の多くが「評定平均値が4・3以上」と厳しい成績要件を採用、該当する生徒が限られ、推薦者が推薦枠を下回るケースが相次いだ。
対象者絞るほど、ひずみは広がる
 いずれも現場の血のにじむような判断の結果だが、機構が7月に送った文書がその苦心に冷水を浴びせた。選考が適切だったか審査する--と推薦基準の提出を求めたのだ。指針では学校裁量を尊重し、評定の下限を示さなかったのに、「評定平均値で3・0以上の者が該当する基準になっている」かを確認する欄もあった。その上で、提出を拒んだり、機構の改善要求に応じなかったりする学校には「次年度の推薦枠を配分しない」とした。
 「まるで脅しだ」。ある公立高校長は憤る。「学校にお任せと言いながら成績基準を後出しするのはおかしい」。別の教諭は「そんたくしてねと言いたいのだろうが、裏の基準が存在するようなものだ」と皮肉った。機構は取材に「給付型は貸与の奨学金以上に税の使途として説明責任が問われる」という。学力の評定平均値3・0以上との基準については、過去の文科省通知を引き合いに「各校に(共通)認識もあると思う」とする一方、「今後も指針に具体的な数値基準を記載する予定はない」と答えた。
 学校間に学力差があり、各校での成績をみても公平にはならない。そもそも困窮家庭の生徒の進学希望を後押しするのが目的のはずで、成績重視が強まると、生徒の実情を反映しにくくなる。専門家からは「家の経済力が学力に及ぼす影響は明らかで、成績要件を課すこと自体がおかしい」との声も上がる。対象者を無理に絞るほどひずみや矛盾は広がる。非課税世帯の希望者全てが給付対象となれば、問題は解決するはずだ。
 「無償化」には、別の視点も求められる。志水宏吉・大阪大大学院教授(教育社会学)は「子どもの人生は家庭の富と親の願望に影響を受ける。格差の構造をなくすには、経済的支援に加え、学ぶ意欲を喚起する人間関係や環境の整備が必要だ」と指摘する。給付型を生かすそうした取り組みも重要で、今後どう展開するか、政治の本気度を見極めたい。

 これが教育費無償化を掲げる政治の到達点である。無償化とは理想であり、その努力の過程なのだと強弁するのだろうなあ。だけど、問われているのは、こうした子どもの権利をどう考えるのかであり、事態を変える本気度であるのではないか。教育費をめぐっては、大学にかぎらず、高校や中高段階でも深刻な事態にある。とりわけ、強固な、無償=学費という解釈は、多くの困難をつくりだしているではないか。きちんと、議論すべき問題だ。

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