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2016/01/04

チェジュ行き その2

10639429_1000795899981155_365987896947362_1000812399979505_2185748634110391592_1000812303312848_815463066 そして、次の日は、まず4・3事件平和公園に向かう。記念館を見て、公園をあるいて。この事件の歴史的経緯は、何をどう考えても、日本の植民地支配と一体である。歴史的な一体性と同時に、その日本支配への反発が、南の地の、左派支持の強さの背景となり、米軍といったいとなった弾圧の要因になっているという意味においても。その悲劇を再現した展示に、うちのめされる。ちょうと、金時鐘さんの本を読んでいたから、前年の3・1記念デモへの弾圧、ゼネスト、4・3そして、平和解決の挫折と選挙、想像を絶する弾圧へとへの経過が生々しい。この歴史から何を学ぶのか、戦争についての反省も不十分で、植民地支配に対しても無関心で、自分の国の思想弾圧などほとんど関心をもたないこの国で考えるべきことは何か?いろいろ考えてしまう。それほど、ボクらに課せられた問題って大きいんではないのか?
 もう十分すぎるほど、打ちのめされる旅になってしまった。

9595_1000882309972514_199634800852375687_1000882289972516_50203622109412366227_1000882353305843_346191624 平和公園はやっぱり半日かかった。その次に、済州民俗村に行った。そこで離島としてのこの島の歴史を垣間見る。歴史づきにはうれしいところ。ここをゆっくりみていると、もうすでに、飛行機の時間が近づいてしまった。
 3泊4日の旅のため、最終日は、ソウル泊。だけど、最終日は、もう疲れ果てて、どこにも行かなかった。それくらい、衝撃もあり、密度の濃い旅だった。やっぱり、学ぶには何度もいかないと。そう思った。
 だけど、現地の人とたまたま知り合って、案内してもらったことで、全然ちがう、密度の濃いものになったと思う。ボクらが考えなければいけないことってほんとうに多い。少しぐらいで知ったるもりにならないで、もっと学ぶこと…。
 でもまあ、ボクは、休みの旅は、自分を追い込む旅にと思っている。ことしも、がんばるぞってね。
 そんな旅に付き合ってくれる、変わり者の、友人と、そして相方に、なにより知り合ったチェジュの友人に感謝の旅だったなあ。

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