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2015/04/29

「平和運動の一歩」辺野古で 安里さん病床から復帰

 これが沖縄の思い。普天間の思い!

「平和運動の一歩」辺野古で 安里さん病床から復帰(琉球新報)

 米軍キャンプ・シュワブゲート前の座り込みテントで28日、前宜野湾市長の安里猛さん(63)が元気な姿を見せた。2010年11月に普天間飛行場の県内移設反対を訴え初当選したが、在職中に心不全を患い、当選から1年余りで市長の職を辞した。闘病を続けていた東京の病院で昨年7月に移植手術を受け、ことし2月に沖縄に戻ったばかり。「きょうが僕の平和運動復帰の第一歩」と病気前と変わらない屈託のない笑みを見せた。
 座り込み参加者に迎えられてマイクを握った安里さんは「皆さんの期待を裏切る結果になって悔しい思いもしたが、4年ぶりに行動に参加できたことを誇りに思っている」と声を震わせて語りだした。
 若いころから平和運動に携わってきた原点をたどりながら「小学校高学年のころにベトナム戦争が繰り広げられ、B52が嘉手納で墜落する事故があった。幼子が米兵に尊い命を奪われた。どうしてウチナーンチュは人権も守られず虫けらのように扱われなければならないのか。それが4・28の『屈辱の日』にスタートした」と指摘。「きょうこの4・28に沖縄を戦争の道具につくり変えようとする人たちがいる。このような理不尽に抗して粘り強く戦う」と語り口は熱を帯びた。

 安里さんが元気になられたのは嬉しい! そして、その思いが、ビンビン伝わる。

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コメント

「小学校高学年のころにベトナム戦争が繰り広げられ、B52が嘉手納で墜落する事故があった。幼子が米兵に尊い命を奪われた。」

このベトナム戦争でアメリカ軍兵士に尊い命を奪われたベトナム人の幼い子供たちの悲しい気持ちというものを、例えば、これがガザ地区でのイスラエル軍とイスラム原理主義組織ハマスとの内戦状態で奪われた、パレスチナ住民の皆様の生き残った子供たちのために、キャンプシュワブに保育園や認定こども園を作ることで、今度はアメリカに対して、まんまと騙されたふりをして、こうした戦闘地域で取り残された子供たちを助けるために利用したければ、どうぞご自由に、ということで、働きかけて見るというのは如何でしょうか。
メンタル不調に陥ったアメリカ軍兵士の職場復帰支援の目的の一つとして障害者福祉施設を作るのと同じことだし、尖閣諸島に老人介護施設を作るならば、とんでもないことを仕出かした暴走老人を島流しにするということではなく、こうした暴走老人を、そっと静かに老後生活を送って頂くことで、ニ度とこのようなことをしでかすことが無い様にすることも目的の一つとして、ご老害の慰安所代わりということであれば、大日本帝国軍性奴隷問題の前科を逆手にとって、慰安婦代わりとしてではなく、介護職員として、中国に限らず韓国やベトナム、フィリピンなどからでも、幾らでも受け容れて活躍する機会を与えることも目的として、これを教訓に活かしていくのとも同じことではないでしょうか。

これもまたベトナムやカンボジアが、イスラエルやパレスチナ国家に置き換えれば、こうした取り組みもまた、一つの良いロールモデルとして示して行くこともできるのではないでしょうか。

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