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2014/09/12

高知県四万十市の中学校が「琉球新報は政治色強い」と教材変更

 なんかねえ。政治教育を避けるということは、子どもを自立から遠ざけるということだとは思うのだけど。

高知県四万十市の中学校が「琉球新報は政治色強い」と教材変更(高知新聞)

 高知県四万十市の中学校が、新聞を授業で活用するNIE(教育に新聞を)活動の一環で、沖縄県の地方紙「琉球新報」を利用していたところ、四万十市の藤倉利一教育長が「政治色が強い」などと校長に指摘し、学校が2学期から別の新聞に切り替えていたことが、学校などへの取材で分かった。
 四万十市は本年度、NIE活用研究推進校として、この中学校など5校を指定していた。
 この学校は、生徒が高知県以外の地方紙と高知新聞を読み比べて「ふるさと」「環境」「平和・人権」の各班がそれぞれのテーマに沿って記事を切り抜いて壁新聞を作り、それぞれの特色を学ぶ授業を計画。教材に東日本大震災の被災地である宮城県の河北新報と、「平和・人権」担当教諭の推薦で琉球新報が選ばれた。
 「平和・人権」班は記事を使って1学期中に2回、壁新聞を作った。
 校長によると7月初めごろ、教育長から電話があり授業内容を説明した際、「琉球新報は政治色が強いのではないか」とNIEへの利用に懸念を示したという。校長は、2学期から北海道新聞と鹿児島県の南日本新聞に教材を変更した。
 校長は教材変更の理由について「教育長から強制された認識はない」とし、「高知より北と南の地方紙ならどこでも良かった。いろんな地域を知るという意味で切り替えた」と話している。
 藤倉教育長は高知新聞の取材に対し「感受性が強く未熟な中学生には(米軍基地問題などで)当事者になる沖縄県の状況は生々しすぎ、難しい賛否の渦に巻き込むのではないかと心配した。琉球新報を非難し、政治的な立場から排除する意図は毛頭ない」と答えた
 さらに「沖縄の政治的な問題を公教育の中で中立の立場で指導するには、相当に慎重な対応が求められる。NIEをやる上で今後、議論を深めていかなければならないと考えている」とも述べた。
 他県では沖縄の地方紙を使って、基地問題などをさらに掘り下げて学習した事例がある。4年前、地元の地方紙や全国紙など計5紙を読み比べる授業を行った長野県の公立中学校では、米軍普天間飛行場の移設問題に興味を抱いた生徒たちが、沖縄県の地方紙を読んだり、大田昌秀・元沖縄県知事や住民、中学生らを取材したりし、新聞を作った。 …

 記事では、日本NIE学会会長で広島大学大学院の小原友行教授(教育学)のコメントを掲載している、「面倒な社会問題を避け、自己規制をかけると、子どもは批判的思考もできず、社会現象に現実感も抱けない。むしろ論争についてこそ学ぶべきだ」「結論を導くのは教師ではなく、子ども自身によってでなくてはならない」「各紙独自の主張を把握して新聞を選ぶなどの準備をし、教師の工夫や努力、学習が必要だ」。

 こんなことって、全国でもおこっているのだろうなあ。だけど、そういうことがおこなわれる社会ってどういう社会なのか、そこで生きる若者や子どもの大変さということは正面から問わなければいけないよなあ。

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コメント

「政治教育を避けるということは、子どもを自立から遠ざけるということ」以前に、「一部の権力者にとって都合の良いことを教え、都合の悪いことは教えないということ」が政治教育なんて言うなら、こういう教育というものこそ、政治教育以前の、何処かのJRの日勤教育とか、北朝鮮での思想教育なんていうものと本質的には同じ真実を見破れば、「子供を自立から遠ざける以前の、単なる使い物にならない間抜け教育」に他ならないという真実にたどり着いてしまうだけのことだとすれば、怒りなんていうものを通り越して、聞いて呆れるばかりとしか言いようがありませんね。

ましてや、これが君が代斉唱に置き換えれば、本来ならば、歌いたい人はどうぞご自由に、ということで自由に歌い、歌いたくない人は、どうぞご自由に、ということで歌わなくても、卒業式や入学式をはじめ、例えばサッカーの国際試合等においては、起立をして、お互いに敬意を表することで、共に分かち合うことが出来れば、これだけで十分なことだし、これを勘違いして、例えば口パクする人を監視したりとか、起立斉唱までを強制しようとすれば、これが中国ならば、まんまと騙されたふりをして、四面楚歌代わりに利用されることになれば、幾らでも君が代を聞くだけで、泣き崩れてしまうなんてことになるか、誰一人として、君が代を歌わない雰囲気になったとしても、こういう全体主義者が、自ら選択した運命に他ならないし自明のことでしかないとしか言いようがありませんね。

だとすれば、日本の将来のためには、このままこういう全体主義者と運命を共にして、とっととくたばって逝かれるのか、これを乗り越えて、共に支え合い、助け合い、分かち合いながら、共に幸せに暮らして行くという尊い志というものを個人主義のベースとした社会に変えて行くか、どちらかの運命の選択を迫ることで、根本的な原因でもある、私たち日本人としての極めて重大な構造的欠陥というものを、自ら克服して再発防止に繋げて行くことで、自立・自律していく道を選択することで、このような全体主義と分極化した利己主義だけの運命共同体そのものを、ぶち壊し、歴史の闇の中に、そっと静かに葬り捨てていくのか、どちらかの究極の選択を迫られることは肝に銘じておく必要があるのではないでしょうか。

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