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2014/06/30

宮森の記憶語り継ぐ 米軍機事故きょう55年

 そして、今日は、この日。

宮森の記憶語り継ぐ 米軍機事故きょう55年(琉球新報)

 1959年6月30日に米軍嘉手納基地を飛び立ったジェット機が宮森小学校に墜落し、18人が命を落とした事故から30日で55年。当時の小学校と幼稚園の在籍者を対象にした初の同窓会(石川・宮森630会主催)が29日、うるま市石川の宮森小学校で開かれ、当時の児童や関係者ら108人が参加した。
 同窓会を提案した当時5年生の久高政治事務局長は、経過報告で「思い出したくないという思いを一歩越えていく必要がある。同じような事故を起こしてはいけないと子や孫に語り継いでいく機会にしたい」と訴えた。
 事故では宮森小の児童11人、付近の住民6人が死亡、事故の後遺症で1人が亡くなった。主催者あいさつに立った豊濱光輝会長は当時、巡回教員で、事故後の学校で遺体の引き渡しを担当した。豊濱会長は「遺体を引き取って帰って行く遺族の後ろ姿が忘れられない」と振り返った。その上で「事故の3日後に職員会議が開かれたが、ジェット機相手に何をすることができるのか、分からなかった」と事故の理不尽さに触れた。米軍機の飛行訓練が続く現在の沖縄については「まだ頭上を飛び交っている。多過ぎる」と力を込めた。
 同窓会では、事故を体験した伊波洋正さん(61)=当時1年生、島袋力夫さん(62)=当時2年生、佐次田満さん(66)=当時5年生=が事故の状況や思いを語った。佐次田さんは「先輩が血だらけになり、両肩を支えられていたところを見た。服が全部燃えベルトだけになった全身黒焦げの遺体も見た。見たくない忘れたい光景だ」と語った。
 伊波さんは「音が聞こえて30秒後に児童らが駆け出してくる光景が忘れられない」と振り返った。島袋さんは「個人の記憶には限りがある。こうして集まることで記憶が立体的になる」と同窓会の意義を強調した。
 参加者は開会前、事故の犠牲になった同窓生が祭られる仲よし地蔵に手を合わせた。

 事故が、こんだけの惨劇がまるでなかったのように、沖縄の事態が続く。
 別に、この事件で、つぶやいたわけじゃあないけど、でもやっぱり、「なかったことにされる、ということほど辛いことはないというのは、よくわかる」。こんなにひどいことはない。

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