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2014/03/17

空襲資料 埋もれる5000点 都祈念館凍結15年

 しかし、日本でもいまだに解決しない課題も少なくない。たとえば…。

空襲資料 埋もれる5000点 都祈念館凍結15年(東京新聞)

 東京都が都民から募るなどして集めた空襲資料五千四十点が十五年以上、たなざらしとなっている。資料を展示するはずだった都平和祈念館(仮称)の建設計画が凍結されたためだ。本紙が都に情報公開請求し、初公開された資料目録には、被害の生々しさを伝える遺品が数多く含まれていた。遺族らは「人の目に触れなければ、戦争の悲惨な実態が若い世代に伝わらない」と危機感を募らせている。
 焼け残った衣服や空襲後の写真、安否確認の手紙…。目録には被災状況や人々の思いを伝える資料のほか「東京町会公報」「帝都防空本部情報」など行政、軍関連の書類も並ぶ。
 「死亡・罹災(りさい)証明書など、寄贈した人は強い覚悟や思いを持って託したはず。軍や行政の資料は公開されているものも少なく貴重だ」。目録を見た祈念館「建設をすすめる会」世話人の一人、高岡岑郷(しんごう)さん(79)は話す。会は十七日、舛添要一知事宛てに早期建設などを求める要望書を渡す予定だ。
 都は建設機運が盛り上がった一九九〇年代、寄贈や購入で資料を集めた。九八、九九年度には建設に向けた予算が盛り込まれたが、展示内容をめぐって都議会が紛糾。財政難もあり凍結された。反対した古賀俊昭都議(66)=自民=は「展示計画には、軍事都市だったから空襲を受けて当然かのような誤った内容が含まれていた」と話す。
 「当時、日本の歴史認識が『自虐的だ』という勢力が台頭していた」と話す遺族もいる。展示内容の変更を求めたグループには、都議のほか「新しい歴史教科書をつくる会」で後に会長を務めた藤岡信勝氏らも名を連ねた。
 庭園美術館(港区)の倉庫に保管中の資料は、毎年三月に開かれる資料展など限られた機会に展示されるだけだ。東京大の木下直之教授(60)=文化資源学=は「都は寄贈された資料を何らかの形で後世に伝える責任があるのに、問題を先送りしている」と指摘する。…

 戦争加害の問題も大きいが、この空襲被害の理不尽さは、国の責任を問いかけていく上でも、大きな課題。しかも、原爆が投下された広島市と長崎市、地上戦が行われた沖縄県には公設の資料館があるのに対し、大きな被害であるにもかかわらず、語られる場も、追悼の場もない。記事では、木下教授は「東京大空襲の記憶は、同じ規模の犠牲者を出した広島に比べて圧倒的に語られていない。都は資料を展示し、発信する場所と体制を整えるべきだ」と話していた。それは補償にもつらなる問題でもあるのだけど。

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