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2013/10/03

「戦前回帰」「日本の文化」 遷御の儀に84年ぶり首相

 うーん、正直驚いたなあ。

「戦前回帰」「日本の文化」 遷御の儀に84年ぶり首相(朝日新聞)

 安倍首相が2日夜、伊勢神宮内宮の「遷御(せんぎょ)の儀」に参列した。国家神道が隆盛だった1929(昭和4)年以来、戦後初の首相参列は何を意味するのか――。
 日本キリスト教協議会の靖国神社問題委員長、坂内宗男さん(79)は「憲法に定められた政教分離の原則に反する行為だ。非常に深刻に受け止めている」と強い調子で批判した。安倍首相が靖国神社の秋季例大祭に参拝することも想定し、7日に委員会を開く予定だったが、「この問題も協議し抗議文を出したい」。
 首相の正月参拝は定着しているが、戦後3回あった式年遷宮に首相が参列した例はなく、前回は官房長官らの参列にとどまっていた。坂内さんは「伊勢神宮の公的位置づけを強め、国民にそういう意識を広める狙いがあるのでは」と危機感を募らせる。…

 テレビも、新聞も式年遷宮でもちきり。まあ文化的な価値を見出す人もいるんだろうけれども。
 だけど、この首相の参拝・出席に批判的な報道がほとんどみられないのは、ちょっと驚く。どうなっているんだろう。

 そもそも、伊勢神宮は、戦前の国家神道の中核的な存在であり、普通の神社とは性格も違う。そういう意味では戦前の抑圧と侵略の精神的バックボーンであったことは否定はできないだろうし…。菅さんは私人として行っているというが、日ごろの安倍さんの発言から見れば、政治的な主張と無関係ではないということはいえるわけだしなあ。

 なのに、まったくこうした行動を問題にしないとは。
 そして、それもまた、つくりだされた時代の空気なんだろうか。ちょっといやだなあ。

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コメント

本質的に見れば、この伊勢神宮と靖国神社を根本的に切り離してしまえば、今回の伊勢神宮については、脱ニッポン型思考のすすめ」ではありませんが、「学問的にいえば、繁殖祭祀と鬼道神仰に基づいた土俗文化だし、俗っぽい社会学的形容なら、生めよ増やせよと享楽的人生観です。」ということこそが真実として見れば、戦前の日本ではなく、もっとそれ以前の、太古の昔のシャーマニズムの世界でのことであり、これに天皇制祭祀が結びついたに過ぎないという真実を見破れば、いくら安倍首相が使い物にならない間抜け総理に過ぎないとは言え、中国や韓国からすれば、戦前の日本以前のことであるならば、とやかく言う筋合いのものでは無いし、それこそ内政干渉につながるだけに過ぎないのであれば、そっと静かに目を瞑ってあげれば良いだけのことですよね。
だが靖国神社にでも、参拝するということになれば、安倍首相が自ら、「右翼の軍国主義者と呼びたければ、どうぞ呼んで下さい」なんてことを言い出したこと自体が、動かぬ証拠となれば、それこそ、これを外交カードに利用すれば、幾らでも騙されたふりをして、今度は「そんなに靖国神社に参拝したければ、そっと静かに慰霊顕彰するならば、どうぞご勝手に」ということで突き放してしまうしかないのだし、これならば、まともな日本人からしても、中国や韓国を見倣って、これを「逆転の罠」として利用するなら、上手く騙されたふりをして、靖国神社に参拝するなら、誇りを持って、そっと静かに参拝してあげればよいのだし、参拝するまでもなくても、誇りを持って、天皇陛下には、そっと静かに暖かく見守って下さることだけに感謝して、そっと静かに大切に存続させてあげるようにすれば、これだけで十分なことでは無いでしょうか。
これならば、中国や韓国からすれば、複雑な感情を抱きながらも、そっと静かに通り過ぎて行かれるのならば、これだけで構わないのだし、靖国神社だけは、ニ度と、天皇陛下にも、首相や閣僚の公式参拝も、絶対しないようにすれば良いだけのことだし、ドイツを見倣って、戦前の日本をナチスと同様に、天皇陛下とは根本的に切り離した上で、幾らでも厳しく断罪し、これだけをそっと静かに葬り捨ててしまうことになったとしても、中国や韓国に対しての侵略行為や従軍慰安婦問題などの罪だけは、誇りを持って被ってあげることで、この代償として、日本の国際社会の中での地位や名誉を全て投げ捨ててしまうことで、これ以上に失うものは何もないのだし、これを乗り越えて、幾らでも日本文化を改善し、文明の大勝利に繋げて行くようにすれば、こうした伊勢神宮も靖国神社も残すことが出来るし、誰一人として損することもなく、むしろお互いに得することが出来て、共に支え合い、助け合い、分かち合いながら、共に幸せに暮らすことが出来る市民社会の象徴として君臨するのが天皇陛下であり、これまでの天皇制官僚機構を頂点とする全体主義と分極化した利己主義だけの運命共同体そのものは、天皇制とは根本的に断絶した上で、幾らでも粉々に引き裂き、誇りを持って崩壊させてしまうことで、これを個人主義のベースとして乗り越え、市民社会のにインテグレートされた社会福祉国家として生まれ変わることで、より開かれた島国となって行けば、日本が日本でなくなることは無いし、むしろ様々な多様化する文化と、相対的に比較すれば、共通点もあれば相違点もあるのだし、共通点については、日本でも世界でも、通用するものは変える必要は無いし、むしろ誇りを持って、幾らでも分かち合ってあげればよいのだし、日本でも世界でも通用しないものは、誇りを持って、自らが、そっと静かに葬り捨ててしまうことで、他人に対しては、誇りを持って反面教師になってあげるようにすることで、そっと静かに目を瞑り、離れて行く様にすれば良いだけのことですよね。
相違点については、日本でしか通用しないものについては、日本では通用しなかったものの、世界で通用するものを、誇りを持って、取り込んで来ることにより、誇りを持って、日本でしか通用しないものを、世界でも通用するものに幾らでも改善して行く様にすれば良いのだし、これなら、世界中のあらゆる文明と、幾らでも衝突することになったとしても、全てが肯定できるものではないものの、全てが否定されるものではないということを踏まえれば、決して変な戦争に巻き込まれることもなければ、生きていけなくなることも無いし、誇りを持って、日本の相対的価値観を低下させてしまうことになったとしても構わないのだし、むしろ世界の中に、日本文化を、自らひっそりと埋没させてしまうようにすれば、何も言うことは無いし、これだけで十分なことではないかとさえ、つくづく感じます。

本質的に見れば、この伊勢神宮と靖国神社を根本的に切り離してしまえば、今回の伊勢神宮については、脱ニッポン型思考のすすめ」ではありませんが、「学問的にいえば、繁殖祭祀と鬼道神仰に基づいた土俗文化だし、俗っぽい社会学的形容なら、生めよ増やせよと享楽的人生観です。」ということこそが真実として見れば、戦前の日本ではなく、もっとそれ以前の、太古の昔のシャーマニズムの世界でのことであり、これに天皇制祭祀が結びついたに過ぎないという真実を見破れば、いくら安倍首相が使い物にならない間抜け総理に過ぎないとは言え、中国や韓国からすれば、戦前の日本以前のことであるならば、とやかく言う筋合いのものでは無いし、それこそ内政干渉につながるだけに過ぎないのであれば、そっと静かに目を瞑ってあげれば良いだけのことですよね。
だが靖国神社にでも、参拝するということになれば、安倍首相が自ら、「右翼の軍国主義者と呼びたければ、どうぞ呼んで下さい」なんてことを言い出したこと自体が、動かぬ証拠となれば、それこそ、これを外交カードに利用すれば、幾らでも騙されたふりをして、今度は「そんなに靖国神社に参拝したければ、そっと静かに慰霊顕彰するならば、どうぞご勝手に」ということで突き放してしまうしかないのだし、これならば、まともな日本人からしても、中国や韓国を見倣って、これを「逆転の罠」として利用するなら、上手く騙されたふりをして、靖国神社に参拝するなら、誇りを持って、そっと静かに参拝してあげればよいのだし、参拝するまでもなくても、誇りを持って、天皇陛下には、そっと静かに暖かく見守って下さることだけに感謝して、そっと静かに大切に存続させてあげるようにすれば、これだけで十分なことでは無いでしょうか。
これならば、中国や韓国からすれば、複雑な感情を抱きながらも、そっと静かに通り過ぎて行かれるのならば、これだけで構わないのだし、靖国神社だけは、ニ度と、天皇陛下にも、首相や閣僚の公式参拝も、絶対しないようにすれば良いだけのことだし、ドイツを見倣って、戦前の日本をナチスと同様に、天皇陛下とは根本的に切り離した上で、幾らでも厳しく断罪し、これだけをそっと静かに葬り捨ててしまうことになったとしても、中国や韓国に対しての侵略行為や従軍慰安婦問題などの罪だけは、誇りを持って被ってあげることで、この代償として、日本の国際社会の中での地位や名誉を全て投げ捨ててしまうことで、これ以上に失うものは何もないのだし、これを乗り越えて、幾らでも日本文化を改善し、文明の大勝利に繋げて行くようにすれば、こうした伊勢神宮も靖国神社も残すことが出来るし、誰一人として損することもなく、むしろお互いに得することが出来て、共に支え合い、助け合い、分かち合いながら、共に幸せに暮らすことが出来る市民社会の象徴として君臨するのが天皇陛下であり、これまでの天皇制官僚機構を頂点とする全体主義と分極化した利己主義だけの運命共同体そのものは、天皇制とは根本的に断絶した上で、幾らでも粉々に引き裂き、誇りを持って崩壊させてしまうことで、これを個人主義のベースとして乗り越え、市民社会のにインテグレートされた社会福祉国家として生まれ変わることで、より開かれた島国となって行けば、日本が日本でなくなることは無いし、むしろ様々な多様化する文化と、相対的に比較すれば、共通点もあれば相違点もあるのだし、共通点については、日本でも世界でも、通用するものは変える必要は無いし、むしろ誇りを持って、幾らでも分かち合ってあげればよいのだし、日本でも世界でも通用しないものは、誇りを持って、自らが、そっと静かに葬り捨ててしまうことで、他人に対しては、誇りを持って反面教師になってあげるようにすることで、そっと静かに目を瞑り、離れて行く様にすれば良いだけのことですよね。
相違点については、日本でしか通用しないものについては、日本では通用しなかったものの、世界で通用するものを、誇りを持って、取り込んで来ることにより、誇りを持って、日本でしか通用しないものを、世界でも通用するものに幾らでも改善して行く様にすれば良いのだし、これなら、世界中のあらゆる文明と、幾らでも衝突することになったとしても、全てが肯定できるものではないものの、全てが否定されるものではないということを踏まえれば、決して変な戦争に巻き込まれることもなければ、生きていけなくなることも無いし、誇りを持って、日本の相対的価値観を低下させてしまうことになったとしても構わないのだし、むしろ世界の中に、日本文化を、自らひっそりと埋没させてしまうようにすれば、何も言うことは無いし、これだけで十分なことではないかとさえ、つくづく感じます。

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