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2013/02/10

シンポジウム 東日本大震災と子ども支援 見えてきたスクールソーシャルワークの役割と必要性

 教育学会の「大震災と教育」研究の一環としてのシンポに行ってきた。福島ということとともに、そのときの学校と福祉の問題について、ちょっと考えてみたかった。

 このシンポのねらいは以下のとおり。

 東日本大震災は、子どもたちの日常生活を奪った。家族を亡くした子ども、家族をばらばらにされた子ども、家も故郷も友だちも突然失った子ども・・・・そうした子どもたちの心のケアのために被災地外からスクールカウンセラーが緊急支援に入った。
 しかし、復興が進まず、親が仕事を失い、生活の不安定さが改善される見込みがたたない中では、震災による心のケアに加えて、子どもたちの日々の生活まるごとの支援のため、家族を社会的福祉資源につなぐなど、スクールソーシャルワークの必要性が高まっている。
 被災地の教育委員会や学校を訪問した際に、スクールスーシャルワーカーの配置はありがたいという声を何度も聞いた。
 震災前から、学校と連携して家庭への支援をおこなうスクールソーシャルワーク活用事業が始まっていたものの、先駆的な取り組みが行われていた関西などを除けば、スクールソーシャルワーカーの配置も活動も十分ではなかった。しかし、大震災は、子どもの支援にとってのスクールソーシャルワークの必要を浮かび上がらせた。
 このシンポジウムでは、スクールソーシャルワーカーの緊急加配がおこなわれた福島県からの報告や、東京での避難者家族を支える活動報告をもとに、被災者支援のなかでどのようなスクールソーシャルワークの実践があったのかを共有したい。
 そして被災地以外でもスクールソーシャルワークによる支援を必要としている子どもと家族にも視野を広げながら、子ども支援とスクールソーシャルワークの可能性と課題について考えてみたい。

 その福島のリーダーは言わずと知れた、鈴木庸裕先生。この人の話は、以前に、SNE学会で聞いたことがあるのを今日、思い出した。たしかに、いまの学校は、家庭の資源に頼りすぎている。そのときに、地域とむすぶひとをどうつくるのか。今度の、大津のいじめの事件でも、第三者委員会の報告をよめばわかるが、たしかにまず、問題は家庭に向かってしまう。
 若いスクールソーシャルワーカーの模索の実践、そして東京のスクールソーシャルワークのとりくみ。話を聞いていて、ほんとうにこの状況の前に、子どもを支えるのは、社会全体の課題だ。さまざまな人との協力とつながり、そういうことも考えさせられる。だけど、何か答えがあるわけのない問いかもしれない。そもそも、被災そのものにも、激しい利害の対立も反映している。そういうなかで、子どもをどう守っていくのか。いま子どもをめぐって問われている問題はとても大きいのかもしれないなあ。

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