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2012/08/03

議事録なく検証困難に 志賀原発の設置時審査

 毎日すごいニュースが多いなあ。こんな事実にどう向き合っていけばいいのか、頭を抱える状況があるんだよなあ。

議事録なく検証困難に 志賀原発の設置時審査 (日経新聞)

 北陸電力志賀原子力発電所1号機(石川県志賀町)の直下に活断層が存在する可能性が指摘された問題で、原発の設置許可申請の際に原子力安全委員会が開いた審査会などの議事録が残っておらず、活断層でないと判断した審査過程が検証できない状態であることが3日までの安全委への取材で分かった。
 原子力安全委は、1995年の高速増殖炉原型炉もんじゅ(福井県敦賀市)のナトリウム漏れ事故を受け、96年12月に議事録や会議資料の公開を決定。それ以前は、例外を除き、審査会などの議事録を作成もしていなかった。他の会合も同様だという。
 志賀1号機に関しては88年に、2号機に関しては99年に、国はそれぞれ設置を許可。これに先立ち、通商産業省(現・経済産業省)の諮問を受けた安全委は部会を設置し、地盤の安全性などを審査した。会議資料や議事概要はあるが議事録はなく、議論の経緯や発言者、発言内容などが記録されないままだという。
 1号機直下の断層は、今年7月17日の経産省原子力安全・保安院の専門家会議で活断層の疑いがあると指摘され、保安院は北陸電に断層の調査を指示。北陸電は同月25日、原子炉建屋の地下にトンネルを掘るなどして調査する計画を提出した。

 時系列に考えても、ある種の意図があるわけで。
 ご承知のように、保安院は経産省だけど、安全委員会は、内閣府のもとにある。規制委員会の今後のことを考えても、仕組み的に独立を担保すると同時に、人的に独立性のある人でないといけない。今度の規制委員会の人選でも、原子力ムラとの関係はうきぼりにされている。資金の提供などそう。朝日の報道でも、「毎週金曜日の夜に東京・永田町の首相官邸前で続いている原発再稼働反対の抗議行動には3日も多くの人が集まった。今回は、原発の安全規制を担う原子力規制委員会の委員長人事案を撤回するよう求める訴えが相次いだ」とあるけれど、あたりまえのこと。この声を政治は聞こうとするのだろうか!

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コメント

議事録が無いと言う話は、昨年の3月11日の中曽根大震災が発生した当時の菅前総理のときにも
あったことと同じですよね。
こんな事実が今になって出てくる様では、アメリカにしてみれば、騙されたふりをして幾らでも脱原発を迫り、原発再稼働を事実上禁止する等して、幾らでも日本政府を揺さぶるようなことになっても
当然のことでしか無いし、国民としてみれば、騙されたふりをすれば、願っても無いことだし、日本は、脱原発を選択するしか無い分けだし、こんな原子力ムラをはいめとする利権共同体に対しては、それこそ一体いつまで、私たち日本国民を騙し、アメリカをはじめ世界を騙すつもりなのか?
そんなに物騒な原発にしがみつくことしか出来ないのなら、それこそ日本からとっとと出て行け!
と言うくらいの物凄い怒りを、アメリカと共に幾らでもぶつけて崩壊させ、コテンパに痛みつけられ、
生きて行くことが出来ない位の深い悲しみが齎されることになれば、それこそ、どうぞ幾らでも泣き叫びながら苦しみ悲しんで下さい。としか言い様が無いのは自明のことですが、これを皆で分かち合いながら乗り越え、日本経済は幾らでも衰退し、世界の中で喜んで敗北してあげることで、自ら身を縮めながら、ひっそりと生き抜くことで、共に支え合い、助け合いながら幸せに暮らすことが出来る社会に変えて行くことが出来れば、何よりのことであると当時に、これが結果的に日本の国益となると同時に、アメリカにとっての国益に繋がるばかりでなく、中国やロシアにとっての国益にもなるし、世界中の全ての国々に対しての国益を齎すことで、誰ひとりとして損する人も無く、何処の国に対しても国益を毀損することも無くなることで、国内社会は変な騒ぎもなく、いじめや自殺も減り、犯罪も減り、東京から幾らでも首都機能を地方に分散させることで、人口は減り、アジアの各都市に幾らでも喜んで敗北し、アジアの中の片田舎都市になったとしても、必要なエネルギー需要の抑制により廃棄物を幾らでも減らして行くことで、地域経済の活性化により、地方から喜んで東京を支えてあげることを誇りとすることが出来れば、東京都民としては、これを有難く受け止めてあげることが出来さえすれば、それでお互いに何も悪いことは起きるわけでも無くなるばかりか、交通渋滞は減り、通勤ラッシュも緩和され、お互いに経済的な格差も縮小し、福祉も整い、災害等による帰宅困難者をはじめ、自分の命を大切にすることで、全ての命を大切にすることが出来る市民社会にインテグレートされた心豊かな社会福祉国家へと生まれ変わることが出来れば、この市民社会の象徴として君臨するのが天皇陛下であり、これを国民主権、地域主権というものに反映させ、国民生活と安全を守り、弱き者を助け、強き者を挫くと言う博愛精神を個人主義のベースとした普通の民主主義による連邦共和制による統治機構に変えて行くで、お互いに相手の立場というものを尊重した上で、本音と建て前というものを上手く使い分けることで、「手にした権力は手段と方法を選んで使うべき」というところも弁えて行くで、対米従属を乗り越え、心豊かな外交展開と憲法9条を幾らでも世界に誇りを持って示すことが出来るようになりさえすれば、此れ程喜ばしいことは無いし、何も言うことも無いし、それで十分では無いかとつくづく感じるところでは無いでしょうか。

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