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2012/07/11

大津・中2自殺 「葬式ごっこあった」

 深刻ないじめは、もはやどこにでもある。ということは誰もがわかっていると思うのだけど。

大津・中2自殺 「葬式ごっこあった」(東京新聞)

 昨年十月に大津市内の中学二年の男子生徒=当時(13)=が飛び降り自殺した問題で、市教育委員会は十日、昨年十一月上旬に全生徒を対象に二回目のアンケートを実施していたことを明らかにし、一部を公表した。いじめの内容について「自殺の練習として首を絞められていた。葬式ごっこをさせられていた」と一人が回答していた。市教委は「生徒に聞き取りをしたところ、事実という確証を得られなかった」としている。
 葬式ごっこは一九八六年二月、いじめに遭った東京都中野区立中野富士見中二年の鹿川裕史君=当時(13)=が自殺した問題でも発覚。教師も加わり、鹿川君は「このままじゃ『生きジゴク』になっちゃうよ」との遺書を残していた。
 大津市教委は、全生徒に対し、十月中旬と十一月上旬に分けアンケートをしたが、これまで二回目のアンケートの実施自体を公表していなかった。二回目では「今までにまだ伝えていないこと」などを質問し、全生徒の二割ほどが答えた。
 昨年十二月、市教委は学校から二回目のアンケートで「新しい情報は確認できなかった」と報告を受け、内容の確認を怠っていたという。今月六日にアンケートを見直すと、自殺の練習についての記述が見つかった。
 書いた生徒と、その内容を伝えた生徒の計二人から聞き取り調査をした結果、いずれも伝聞情報で「事実と確証を得られない」と判断した。内容は遺族に伝えていない。
 沢村憲次市教育長は十日の会見で「事実確認や調査が不十分だった」と陳謝。しかし「いじめと自殺の因果関係は判断できない」とした。
 生徒アンケートをめぐっては、一回目のアンケートで「自殺の練習をさせられていた」とする回答が十六人いた。だが市教委は「現場を直接見た生徒がおらず、事実だと判断できなかった」として、今月四日まで詳しい内容を公表していなかった。

 かなり厳しい、攻撃的ないじめや、非常に精神的プレッシャーをうける事態がひろがっていることは、現場でほとんど了解されていると思うのだけれども。そして、それに真摯に向き合おうとしている先生も多いわけで。
 だけど、こうした事態を管理的に解決しようという動きが、現場に圧力をあたえる。結局、隠ぺいがこうも広がってしまうのは、そういう圧力の反映だとも言えるのかもしれない。しかし、学校にしろ、教育委員会にしろ、その対応はひどすぎる。

 結局、こうした対応の悪さが、インターネットの世界では、被害者、加害者の情報が、どんどん垂れ流すような状況を生んでいる。そして、おきまりの単純な加害者バッシング。そんなことでは、何も解決しないのに……。どんどん、しんどい状態が広がっている感じ。

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コメント

これも、ある意味では私たち日本人の社会における構造的欠陥と言うか、構造的アノミー現象
というものに、行き着く先は、これにぶつかってしまうところは避けては通れないことは確かなこと
ではあるのですが、こうした問題に真摯に取り組もうとしている先生方も多くいる反面で、結局の
ところ、学校や教育委員会をはじめ文部科学省等が、自分達に責任が問われるのを嫌がり、こうした責任逃れ等のために、こうした真実から目を背けて、真実に向き合おうとしている多くの先生方に
対して、和を乱すと言って物凄い同質化の圧力等でプレッシャーを与える結果を生み出し、その場しのぎの対応だけで済ましたり、何も無かったことにするということを繰り返すのでは、もう余りにも悲しいとしか言い様がありませんね。
自分なら、それこそ騙されたふりをして、そういう学校側をはじめ教育委員会や文部科学省等に対しては、それこそ「お前らプロか?」としか言い様がありませんが、幾らでも進んで、被害者の救済と同時に、加害者ばかりに責任を押し付けるのではなく、幾らでも、その責任を共に分かち合いながら、こうした問題の根本的原因を究明し、再発防止に向けて取り組んで行く必要があるし、こうしたいじめの問題についても、日本だけの問題ではなく、アメリカやヨーロッパ等においても、それぞれに文化の違いはあるものの、問題の本質ならびに再発防止への取り組みに関しては、大いに共通するところもある筈だし、こうした点について、幾らでも学びながら大いに活かして行くことが出来れば、それにより、日本の教育そのものが幾らでも良くことに繋がり、それが結果的に、日本文化を自己否定することによる怒りを抑え、その衝撃による痛みや悲しみを共に分かち合いながら、これを乗り越え、日本の社会や文化を幾らでも良くすることに繋がるのなら、もう此れほど喜ばしいことは無いし、それにより改善された日本の社会や文化を幾らでも誇りとすることが出来れば、もう何も言うことはございませんよね。

日の丸や君が代に対しても、これは日本の国旗や国歌であることには変わり無いところは言うまでもありませんが、特に君が代斉唱をやるに当たっては、歌うか歌わないかについては、個人の自由であることには、日本の常識であると同時に世界の常識であることに変わりありませんよね。
しかしだからと言って、歌わないのはおかしい等と言って、歌うのを強制したり、歌わない人をこっそりと監視したりするようなことは、何処かの国で言えば、それこそ「歌わなければお山行き(強制収容所送り)」と言うのと変わり無いし、日の丸を焼いたり、君が代に対して激しくブーイングしたりするのと何ら変わりない、日本の非常識であると同時に世界の非常識であることに変わりありませんよね。
だとすれば、君が代斉唱をやるとなれば、全員が起立して敬意を表することや、音楽教師であれば、個人的に好きか嫌いかは別として、ピアノ伴奏には喜んで応じてあげる位のことなら、何ら抵抗も無くなれば、それで良いのだし、他国の国旗や国歌というものに対しても、同じように尊重してあげることが出来れば、それで良いだけのことでは無いでしょうか。
外国人の皆様に対しては、祖国の国歌を幾らでも歌わせてあげるようにすれば良いのだし、日本の君が代に対しては、歌いたくなければ歌わなくても構いませんからと言うことで、誰一人も歌う人がいなくなったとしても、起立して敬意を表するだけで、共に分かち合うことが出来れば、此れほど素晴らしいことはございませんよね。
子どもたちには、「歌いたくなければ歌わなくても構わないのだから、歌いたい人には歌わせてあげるようにすれば良いのだし、但し、日本に限らず世界中の何処の国に言っても、君が代斉唱に限らず、他国の国歌斉唱に対しては、少なくとも起立して敬意を表することに関しては礼儀である」と教育することで、何ら抵抗することなく、誇りを持って受け入れることが出来る様になって貰えれば、それで良いだけのことでは無いでしょうか。

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