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2012/07/17

いじめをどう論じるのか?

 この連休での仕事で山は越えたかなあって思ったんだけど、その先には2つも、3つも山があるという一日だったなあ。よく働くこと。なかなか、原発だとかの問題に、突っ込んで、時間がさけない苛立ちはあるんだけど。税と社会保障の一体改革や政局の問題などに対応しつつ、企画ものの読み物をすすめて…。

 オスプレイのいろいろな情報をあつめつつ、ちょっとオタク系の雑誌も手に入れて。模型もほしいなあと言ったら、まわりから変な顔をされた(苦笑)。

 それはそうと、頭を悩ましているのが、いじめの問題。ほんとうに深刻な事件。1つは、子どものなかで広がっている闇というか、いじめの実態の深刻さ。それは、実は数年前からわかっていたはずなのに…。正面から向き合ってきたとは言い難いのだろうなあ。
 2つは、それを隠蔽することを何とも感じなくなっている学校現場の状態。ここ数日、何人かの人とも話したけど、かの学校は、ちょっと異常なところがあるにしても、特別ではないということだった。なぜ、そのようになってしまったのか。隠蔽の裏側には何があるのか?
 そして、3つは、教育委員会の問題もそうだけど、むしろこの間、管理とゼロトレランスが大きく広がって、そう主張し、それができない管理職と、教員を責める、コメンテーターや政治家が跋扈する状況があって、議論を難しくしている感じがしている。
 85年頃のピークのなかで育った子どもたちが今の親なのだろうなあ。95年頃の議論、06年ごろの議論もふり返り、資料を集めながら、新しい段階に入っていることも痛感しながら、いろいろ考えたり、話し合いをはじめたり。若い人の意見をもっと聞こうと思ったり。

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