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2012/03/15

取手市長「地獄に落ちるぞ」 共産女性市議に暴言

 うーん、ボクの住んでいる社会の政治の世界というのはなぜにこういう話が多いんだろう。もちろん、政治だけではなく、あらゆる場面で。

取手市長「地獄に落ちるぞ」 共産女性市議に暴言(東京新聞)

 取手市の加増充子市議=共産=が十四日、会見を開き、藤井信吾市長から市議会本会議場や議会棟で「地獄に落ちるぞ」「死ね」などと暴言を浴びせられたと抗議した。藤井市長は「『地獄に落ちますよ』とは言ったが、他のことは事実無根」としている。
 加増市議によると、今月五日、休憩中の本会議場で、加増市議が事前通告した一般質問「法令違反が濃厚なウエルネス計画推進を止めよ」について、藤井市長から「これは何だ。違法かどうか白黒つけろ。地獄に落ちるぞ」と言われた。
 また、同月二日、議会棟議員控室の前で、市の発光ダイオード(LED)防犯灯問題を掲載した共産党支部発行のビラについて藤井市長と話していたところ、突然、「何、なんだ。死ね」と暴言を吐かれたという。
 加増市議は「人格を傷付ける発言で許せない」と主張。一方、藤井市長は「地獄に落ちますよと言ったことは事実だが、死ねなどとは一切言っていない」と反論している。
 今月七日の市議会一般質問で、藤井市長は「加増市議に声を荒らげて言ったことがある。法令違反が濃厚などとは何、なんだと」と、一部を認める答弁をしている。…

 日本は、弱者の人権というものが尊重されない社会であることはそうだと思う。そして、人々は、いまやいらいらしている。
 こういう問題と、民主主義の成熟や、そういうなかでの合意の文化ということと実際には関係があるのかなあ。民主主義の現場というものをもっといろいろ見てみたいなあとも思ったりする。

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政治」カテゴリの記事

コメント

何ともおぞましいと言うか、もう聞いただけで呆れてしまうところもありますね。
最も、共産党も一切支持するつもりもございませんが、本来なら、そういう違法
性があることが指摘された場合には、それについて幾らでも確認し、違法性が
あれば、それを改善するなりする等の対策を取るのが筋であることは当然です
よね。
それを、地獄におちる等とつき返したりすること自体、一体、何を勘違いしているのか
さっぱり分かりませんし、こんな変なことを言うのなら、当事者だけで、幾らでも勝手に
地獄に落ちてしまえば良いだけの話でしかございませんね。
だが、そのために何の関係も無い一般市民を巻き込む様なことだけは、絶対に許される
ものでは無いことは、当然のことですよね。

国全体としても、税と社会保障の一体改革と財政赤字の削減と言う問題を総括的に見れば
行き着く先は、消費税を増税することは止むを得ないことは動機としては正しいものと言える
かもしれませんが、だからと言って、それが国民全体の利益に繋がるのかということを考えれ
ば、果たしてそうとは言い切れませんよね。
国民全体としてみれば、自分達の利益に繋がるばかりでなく、他人の利益にも繋がることに
なるのであれば、幾らでも賛成してあげることは出来るものの、自分達の利益にならなければ
絶対に賛成なんか出来るわけ無いことは、当然のことですよね。

だが、自分達の利益になりさえすれば、他人が損することがあっても構わないというのは、
極めて身勝手極まりないものでしかございませんし、それが国境を越えて世界的に見れば
日本の国益になりさえすれば、他国のことなんかどうでも良いということに繋がる結果、
世界的にみれば、とんだ迷惑な存在でしか無いし、幾らでも袋叩きにされることになっても
当然のことですよね。
だからと言って、国際社会と敵対して、いざとなれば自分達が犠牲になっても構わないので
何をやっても構わないなんてことにでもなれば、それこそ一億総懺悔の愚かな過ちを繰り返す
ばかりであると共に、何の関係も無い国民全体からして見れば、たまったものでは無いことも
当然のことでは無いでしょうか。

根本的に人権や民主主義に繋がる、命の大切さということを考え直したとき、自分の命も大切
に出来ない様な人間に、他人の命をも大切に出来る筈なんか無いことは、当然のことでは無い
でしょうか。
だとすれば、特攻隊なんかで見られるような自己犠牲精神なんていうものは、必ずしも他人の
命が救われるとは限らないと思えば、世界的に見れば自爆テロと同じものでしか無いし、
自分の命さえ大切にすれば、他人の命なんかどうでも良いなんていう身勝手な利己主義と変わり
無いと思えば、世界的にみれば、いずれも日本の非常識であると同時に世界の非常識である
と認識し直さなければ、日本人として恥ずかしい限りでしかございませんよね。

よって、自分の命を大切にすることで他人の命をも大切にするということこそが、日本の常識で
あると同時に世界の常識でもあることを踏まえれば、日本人の全てが、自分達の利益が他人
の利益に繋がることだけをして、他人の利益に繋がらない様なことだけは一切してはならない
と認識し直せば、それが地域を支え、地域経済の活性化に繋がると同時に、日本経済を共に
支え合い、助け合い、分かち合うことによって、社会の安定化と同時に、循環型経済の中での
分業化や雇用の流動化により公正な労働市場と富の再分配が齎されるばかりでなく、地道
ながらも持続可能なプラス成長とほどほどの貿易黒字ならびに安定した収益確保につながる
ことで、全ての国民が、ただ普通の暮らしが出来る幸せな社会となりさえすれば、此れほど
喜ばしいことは無いし、それが国境を越えて、日本の国益がアメリカにとっての国益に繋がる
と同時に、中国にとっての国益にも繋がるばかりでなく、近隣のロシアや韓国、北朝鮮をはじめ
アジア太平洋地域全体の国々にとどまらず、世界中の全ての国々にとっての国益にも結び
ついて行く結果、全人類が一つの絆となって、世界経済を支え合い、共に助け合い、分かち合う
ことによって国際的な分業体制というものによって、廃棄物を幾らでも減らし、資源や食糧等の
争奪戦も回避し、共に分け合うことによって、国際社会全体の平和と安定に寄与することに
繋がることで、日本は地球市民社会というものにインテグレートされた社会福祉国家として
生まれ変わることになるのなら、単なる量的拡大によるグローバル競争には喜んで敗北し
経済成長は喪失し、国際競争力も低下し弱体化し、経済規模の縮小によって、国際社会の中
での存在感も喪失し、地位低下して、取り残され、ただひっそりとした国となっても大したことで
も無いし、惜しくは無いと思えば、変な国粋主義や強欲で自分勝手な経済成長至上主義に
囚われている連中こそ、日本からとっとと追い出し、競争するなら幾らでも勝手に競争して下さい
ということで、どうせ勝てるわけ無いことは当然のことだと思えば、幾らでも勝手に敗北し総懺悔
して、特攻隊でもやらされたら、幾らでも勝手にやって勝手に死んで下さいと腹の底であざ笑い
ながら、悲惨な目に遭うのを、そっと静かに見捨てて、知らないふりをしてあげるしか無いことは
致し方無い反面で、わざと騙されたふりをして自明でしか無いところでは無いかと、つくづく感じ
てしまう限りですね。

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