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2012/01/19

ハシズムからデモへ、そしてその先にある希望?

 やっぱり混迷する政治の動向と、そして、大阪の動きは気になる。毎日、いろいろな文章が掲載されている。たとえば、今日の毎日には、これが言いたい:「大衆迎合」としたり顔で断罪しても意味がない=北大大学院准教授・吉田徹がのっていた。吉田さんの持論だけど、「確かに、ポピュリズム政治は「大衆迎合」「衆愚政治」などと、よく批判される。しかし、断罪したからといってポピュリズム政治が雲散霧消するわけではない。まずは、なぜ発生するかを問うてみることが必要だ。」というもの。これはこれで、とてもおもしろい。

 今日は、編集実務をこなしながら、合間の時間をつかって、内田樹さんの『呪いの時代』を読んでいた。どうもね、『下流志向』以来、内田さんは苦手。昔は、ねそべって構造主義なんて勉強させていただいて、いろいろ深まったんだけどねえ(笑い)。今度の本も魅力的な議論はたくさんありそうだけど、承認に肥大化と言われてもなあ、などとちょっと、抵抗してしまう(笑い)。半分ぐらいまできたけど、展望をどうつかむのだろうかなあ。ちゃんと読まなきゃね。

 民研の年報で、愛すべき中村清二くんが、「街頭にある希望——アラブの春、脱原発の夏、ウォールストリートの秋」という文章を書いていた。3・11以降、若者たちが、デモという行為で自己表現をするようになったことを、この間の若者と社会との関わりの変化をおいながら、オキュパイやアラブの春などの世界の動きのなかで位置づけようというもの。大まかなスケッチだけど、その若者の動きのまっただなかにいた著者だけに、学ぶことは多かった。
 そういえば、『デモいこ!』などの本もあるし、今日の朝日には、「脱原発デモ、カワイく理詰めに 第3世代『路上の表現』」という記事が載っていた。少なくとも、日本においても、原発問題について、若者たちは、自分の意見を表明しはじめている。これはこれで重要だ。

 そこで、その若者の動きを、ハシズムなど、日本社会のなかにおこっているさまざまな問題のなかで、もう一度、位置づけなおしたくなるわけでねえ。

 『季論』で二宮厚美さんが「大阪ダブル選挙のエッセイ風総括」を書いていた。まあ、大ざっぱに言うと、ハシズムは民主主義の危機が生みだしたのではなく、貧困が生みだすとして、ハシズムが国民を動員する仕組みや、その対抗方向を示すもの。これも、おおざっぱなスケッチだけど。そう考えると、きっとハシズムとデモには共通のものがある。そして、デモの先にハシズムの対抗軸があるのかな?などとも考える。

 もちろん、デモというのは、象徴的な表現。たぶん、若者の社会への経路はもっと多様。ボクは若くないけど、ボクのようにデモの嫌いな若者も少なくはないと思うけど(苦笑)。大事なのは、若者が社会に開かれているということなのだろうな。そこで、問われるのは、若者たちがそこで、どのように社会認識が深まっていくのかということなのかなあ。それも多様だけど。だけど、そこへの模索の姿が希望、その多様な姿のなかで、ボクたちが学ぶべきことが何かなど、いろいろと考えさせられるのでもあるけれどもね。そんな刺激の中で、何かを見つけないといけないなあ。

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