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2011/11/13

爆発の惨状、今もなお

 朝、いろいろな新聞を読みながら、ちょっと、ゾッとした。

爆発の惨状、今もなお(福島民報)

 無残に大破したコンクリートの建屋に全員が息をのんだ。12日、事故後初めて報道陣に公開された東京電力福島第一原発。40年間にわたり、首都圏への電力供給を担い続けてきたエネルギー基地は変わり果てた姿となっていた。「1つの時代が終わった」。事故後、8カ月たってもなお残る爆発の惨状が物語っていた。
 福島第一原発の正面ゲートを通過したバスは、ゆっくり太平洋を目指して進む。高台の林を抜けると、澄んだ青空と雲のコントラストを背景に、高さ30メートルの4号機の原子炉建屋が目に飛び込んできた。
 壁面は今日の空の色と同じデザインだ。しかし、水素爆発で吹き飛ばされ、「4」の数字がかすんでいる。北側の黄色い円形部分は格納容器の上ぶた。南側には、核燃料の移動用機材が見えた。コンクリートや鉄筋の破片が建屋内に山積みになっていることが分かる。
 北隣の3号機の破損が最も激しい。天井と上部の壁は、巨人の手で握りつぶされたかのようだ。赤さびた鉄骨が苦しげな様子で海側に折れ曲がっている。赤白2色のクレーンからつるされた放射線量測定器が見える。2号機は大きな破損が見られないものの外壁は黄ばみ、1号機は巨大なカバーで覆われていた。
 バスは海側に回り、タービン建屋に接近する。同乗した東電社員が計測している放射線量が一気に跳ね上がる。「150マイクロシーベルト」、「200マイクロシーベルト」。報告する声が緊張感を増していく。3号機付近で「1000マイクロシーベルト(1ミリシーベルト)の声」。車内に緊張感が走った。
 高台では、汚染水処理で生じる高濃度の放射性廃棄物を一時貯蔵する施設が建設されていた。高線量の中、白い防護服に黄色いヘルメット姿の作業員が懸命な収束作業を進めていた。
 海側の立て坑(ピット)には、津波で流された車やポンプ、ホース、鉄鋼などが手つかずのまま散乱する。放射性物質の飛散防止剤がまかれた場所が緑色に染まっていた。この辺りから、息苦しさを覚えた。30分前に装着した全面マスクのせいだ。頭部に圧迫感も感じる。現場の作業員は夏場もマスクを外すことはなく、熱中症も相次いだ。放射能事故の作業は、いかに過酷なのか実感した。
 事故収束の「司令塔」の役割を担う免震重要棟に入った。身に着けていた積算線量計を見ると「73マイクロシーベルト」を示していた。壁の至る所に張り出されていたのは、下郷町江川小、国見町県北中、いわき市植田中など県内外から寄せられた激励のメッセージ。記者会見した吉田昌郎所長は「被災地である福島から激励を頂いたことは励みになっている」と感謝した。
 終日、報道陣を案内した東電社員は福島第一原発内での作業について、「事故収束」でなく「復旧」と表現していた。妙な違和感が残った。「また、この原発を動かそうとしているのか…」…

 いまだ、中はどうなっているのか。いまの現状をどうみればいいのか?
 はっきりいって、どれだけの放射性物質が放出されたのか。まず、その認識をちゃんと政治の世界でも共有してほしい。ほんとうに共有してほしい。

 ボクの住んでいる三郷市では、市内各地で、地表は低いところでも、0・3マイクロ、高いところでは、0・7とか0・9とか。側溝とかトイとかでは当然1を越える。空間線量でも、0・2とかが出る。膨大な放射性物質が放出された結果である。恐ろしいなあ。

 今日は、室内で、いろいろ話を聞く仕事。考えなければいけないことが多い。もっと深めんとあかんことが多いなあ。…。

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