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2011/08/18

県内で核兵器訓練 60年代 米公文書に明示

 今日の琉球新報から。どこかで、書かれていたかなあ。

県内で核兵器訓練 60年代 米公文書に明示(琉球新報)

 ベトナム戦争時の1960年代、米軍キャンプ・ヘーグ(沖縄市、旧具志川市)で、米軍が小型核兵器を使用した訓練を実施していたことが17日までに、米国立公文書館の米軍資料から分かった。沖縄に駐留する第3海兵師団の60年代中盤から後半にかけての月報で、核兵器に関する訓練を意味する「Special Weapons Training」(特殊兵器訓練)を実施したとの記述がある。
 資料では実際の核兵器を使ったとする記述はないが、これまで一部報道で元海兵隊員がキャンプ・ヘーグで「核地雷」を使った訓練に参加したと証言。専門家はこの証言を裏付ける資料と見ている。
 資料は、日米史研究家の新原昭治氏が、米国立公文書館がインターネットで公開している公文書から見つけた。訓練はほかに「Nuclear Weapons Refresher」(核兵器の再教育)などと記述。訓練に参加した将校や下士官の人数なども記している。訓練場所として「Okinawa」(沖縄)や「Camp Hague」(キャンプ・ヘーグ)などと明記されている。
 訓練について、ほかにも「NuclearSafetyOfficers」(核兵器安全将校)との名目のものもあり、米軍が核兵器を使用する際の安全確保や、核攻撃を受けた際に身を守る訓練も実施していたとみられる。一部報道でベトナムに派遣された米兵が、沖縄へ赴任を命じられ、小型核兵器訓練をし、被ばくしたと証言している。
 同資料によると、訓練は不定期で行われ、66~68年に多く実施されている。新原氏は「核兵器を使うかもしれないという情勢にあるときに訓練をしていたのだろう。ベトナムのケサン攻防戦が激しくなる時期と重なる。実行部隊が核兵器を使用できる準備として小型核兵器を使う訓練をしたのではないか」と指摘した。……

 この間、明らかになっている50年代以降の日本への核配備というアメリカの議論をうけて、沖縄では一体、どのようなことがすすんでいたのかを示すものでもあると思う。核基地であるとともに、その訓練・教育における沖縄の役割……。その続きが、返還での密約ってわけか。うーん。あくまでもアメリカの軍事を優先する日米政府、それに抗する沖縄県民の声とたたかい。

 ところで、新原さんの新著『日米「密約」外交と人民のたたかい――米解禁文書から見る安保体制の裏側』がでるそうだけれども。やっとね。楽しみだなあ。この間の、密約文書を総ざらえしたものなのかな。それとも、「琉球新報」で連載したやつかなあ。

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