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2011/07/16

学校で何が(10)4月1日、異動断行(宮城)

 宮城の地元紙が、震災以降をふり返ったルポを掲載している。これがまた、興味深い。

学校で何が(10)4月1日、異動断行(宮城)(河北新報)

 東日本大震災の被害が大きかった東北3県で唯一、宮城県教委は本年度の教職員人事異動を予定通り、4月1日付で実施した。県内では公立学校の8割以上が被災。津波被害を受けた沿岸部では当時、混乱の中で児童の安否確認も進んでいなかった。被災校から被災校への転任を命じられた教員は「兼務」の重い負担を強いられ、保護者からも反発や戸惑いの声が上がった。

◎「兼務」重く教師苦悩/保護者「心のケア懸念」
 「あのね、(津波で)流された人を引っ張り上げたけど、死んでたから手を離したの」
 宮城県沿岸部の小学校から、さらに津波被害が深刻だった小学校に転任した女性教諭は、そんな児童の話に胸を痛めた。
 新任校では津波に巻き込まれたり、人が亡くなる姿を目の当たりにしたりした児童が少なくない。家庭調査票などのデータは流失し、基本的な情報もないまま、子どもたちの心に向き合わざるを得ない日々が続く。
 夫は3月11日に津波に巻き込まれ、帰らぬ人となった。前任校でも津波で家族や家を失った児童や同僚たちがいた。「つらいのは私だけじゃない」と自分に言い聞かせ、教え子の安否確認に力を注いだ。
 前任校の校長から転任を告げられたのは、そんな時期だった。「まだ安否不明の子どもや先生がいる。異動できる状況ではない」。県教委などに訴えたが、決定は覆らなかった。
 宮城県教委は今回、異動者約3370人のうち、津波被害を受けた沿岸部に勤務していた約580人について、前任校との「兼務」とした。
 教職員課は「内陸部よりも沿岸部を手厚くするため、おおむね夏休み前まで前任校で避難所運営や子どものケアなどに取り組んでもらう考えだった」と説明する。
 しかし、実際には沿岸の被災地間で異動した教職員が兼務対象者の6割を占めた。津波で被災した2校を兼務したり、被災校と避難所となっている学校を兼務したりしたケースも少なくない。
 女性教諭も兼務対象だったが、学級担任を務める都合で、4月中旬には完全に新任校に移らざるを得なかった。
 「前任校では復旧作業に追われ、新任校でも子どもたちが待つ。まともに兼務できる状態ではなかった」
 保護者にも困惑は広がった。石巻市で被災した相沢はるみさん(42)の長男(9)が通う小学校の担任も、4月上旬に学校を離れた。
 学校では震災後、同級生の3分の1近くが内陸部の学校に転校した。震災直後、学校の再開を楽しみにしていた長男だったが、今では「先生も友達もいないから、僕も転校したい」と漏らすようになった。
 「被災した上、学校の先生や友達までもいなくなるのは本当につらいと思う」と相沢さん。
 児童の転校はどうにもできないが、非常時に県教委が異動に踏み切ったことについては割り切れなさが残る。
 「今の先生も一生懸命やってくれている。でも細やかなケアが必要な時だからこそ、子どもや家庭をよく知る先生を残してほしかった」と話す。…

 何かと、震災後の復興対策については、物議をおこしている宮城。そのなかでも、この震災直後の教員の移動の強行は、だれもが耳をうたがった。子どもたちを、子どもがいる家庭を支えることがいちばんもとめられている、その瞬間に…。
 そこにも、宮城の県としての震災への向き合い方が、現れているといえるのだろうか?
 宮城の教育の今も、無関心ではいられない。

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