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2011/03/10

君が代訴訟:教職員らの懲戒処分取り消し 東京高裁(追加あり)

 明日、石原さんは、都知事選に出るかでないかの最終的な態度表明をするそうだけどね。どうなんでしょうか。その前日に、しゃれた判決である。なんたって、石原強権都政の象徴みたいなできごとでもあったから。

君が代訴訟:教職員らの懲戒処分取り消し 東京高裁(毎日新聞)

 入学式や卒業式で、日の丸に向かい起立して君が代を斉唱するよう義務付けた東京都教育委員会の通達に従わず、懲戒処分を受けた都立学校の教職員ら167人が処分取り消しを求めた訴訟で、東京高裁は10日、原告敗訴の1審・東京地裁判決を変更、全員の処分を取り消した。判決は通達を合憲としつつ「処分は社会観念上著しく妥当性を欠き重すぎる」と指摘、懲戒権の逸脱・乱用を認めた。訴訟で懲戒処分が取り消されたのは初めて。
 原告側は「通達や職務命令は思想・良心の自由を保障した憲法に反する」と訴えたが、大橋寛明裁判長は「起立・斉唱の強制は歴史観や世界観、信条の否定を求めるものではなく、憲法には反しない」との判断を示した。
 そのうえで「体罰やセクハラ行為などの場合、最も軽い戒告であっても、都教委の懲戒処分はかなり情状の悪いケースに限られている」と指摘。「不起立や斉唱拒否は、自身の信念に基づく真摯(しんし)な動機によるもので、やむにやまれぬ行動だった」と原告の主張に一定の理解を示した。…

 処分者のなかには、知っている先生方もいるわけで、何はともあれ、処分の取り消しという判決は、嬉しい限りで、写真で見る原告団の笑顔には、おめでとうと言いたいです。

 原告団・弁護団の声明は

 判決は、控訴人らの不起立行為等は、自己の個人的利益や快楽の実現を目的としたものでもなく、生徒に対し正しい教育を行いたいなどという歴史観ないし世界観又は信条及びこれに由来する社会生活上の信念等に基づく真摯な動機によるものであり、少なくとも控訴人らにとっては、やむにやまれぬ行動であったということができる、と判示した。
 さらに、「歴史的な理由から、現在でも『日の丸』・『君が代』について、控訴人らと同様の歴史観ないし世界観又は信条を有する者は、国民の中に少なからず存在しているとみられ、控訴人らの歴史観等が、独善的なものであるとはいえない。また、それらとのかかわりにおいて、国歌斉唱に際して起立する行動を抵抗を覚える者もいると考えられ、控訴人らも、1個人としてならば、起立を義務付けられることはないというべきであるから、控訴人らが起立する義務はないと考えたことにも、無理からぬところがある」 と判示した。
 そして、控訴人らの行為によって卒業式等が混乱したという事実はなかったこと等も踏まえ、結論として、不起立行為などを理由として懲戒処分を科すことは、社会通念上著しく妥当を欠き、重きに失するとして、懲戒権の範囲を逸脱・濫用するものであるとして違法であるとし、控訴人らに対してなされた各懲戒処分を取り消した。…


 と評価している。

 まだ、判決文などは、読んではいないのだけど、報道で見る限り、最大の争点である、「通達や職務命令は思想・良心の自由を保障した憲法に反する」という点、ボク的には、こうした行為は、教育の自由に反するということについては、違憲判決をくださなかったことは、残念でもある。悩んだ末の判決という評価もされるように、それでも処分取り消しをせざるをえない内容だったのだ。

 あらためて、1月の高裁判決に対する日弁連会長の談話から引用しておきたい。

 しかし、個人の内心の精神的活動は、外部に表出される行為と密接に関係しているものであり、自己の思想・良心を守るためにとる拒否の外部的行為は、思想・良心の自由の保障対象となるのである。そして、君が代については、大日本帝国憲法下において天皇主権の象徴として用いられた歴史的経緯に照らし、現在においても君が代を歌うこと自体が自らの思想・良心の自由に抵触し、抵抗があると考える国民が少なからず存在しており、こうした考え方も憲法19条の思想・良心に含まれるものとして憲法上の保護を受けるものと解されるから、君が代斉唱などを当然に受忍すべきものとすることは、憲法の思想・良心の自由の保障等の意義を没却するものと言わざるを得ない。また、教育とは、旭川学力テスト事件最高裁大法廷判決(1976年5月21日)も述べるように、「教師と子どもとの間の直接の人格的接触を通じ、その個性に応じて行われ」る「人間の内面的価値に関する文化的営み」であり、だからこそ、「教育内容に対する国家的介入についてはできるだけ抑制的であることが要請され」、子どもの学習権を確保するためにも、教師の自由な創意と工夫の余地が確保されなければならないのである。教師に対し国歌斉唱やピアノ伴奏を強制することは、結局のところ教師の自由な創意と工夫を大きく阻害することにつながるものであり許されないと考える(当連合会2007年2月16日付け「公立の学校現場における『日の丸』・『君が代』の強制問題に関する意見書」、2010年3月18日付け「新しい学習指導要領の問題点に対する意見書」)。

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