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2011/03/28

震災 教室で考えた

 復興に向けて、大きな役割を果たすものに学校がある。大きな心理的傷と不安をかかえた子どもたちにとって、生活の中心的な場であった、学校の意味は大きい。読売新聞に、神戸の際の経験を取材した記事があった。

緊急連載 学校と震災 (7)授業再開が心癒やす(読売新聞)

 1995年1月17日に起きた阪神大震災では、多くの学校が避難所となった。教育現場は、その運営に追われながら、学校再開に備えた。子どもの心のケアも課題となった。
 生徒714人のうち、2人が死亡、6割が自宅外へ避難した神戸市立鷹取中学校もその一つ。避難所の被災者は、震災直後に約2500人に上り、市内最大規模となった。
 「水も電気もガスもない中で、少ない食料は奪い合いとなり、暴動すら起きかねない状況だった。教員は声をからして対応にあたった」。同中の教務主任として、避難所運営の責任者を務めた中溝茂雄・市立長田中学校長(53)は振り返る。
 落ち着きを取り戻したのは震災3日目。電力会社の発電車によって電気が通じてからだ。被災者を班に分け、班長を決めて名簿を作成。班ごとに支援物資の配給が行えるようになった。2月1日、近くの水族館の食堂を借りて授業を再開。学年によって半日や隔日の変則授業だった。
 各学校では、余震におびえたり、不眠を訴えたりする子どもの心の傷が心配された。鷹取中では、生徒にボランティア活動への参加を呼びかけた。中溝校長は「震災直後は、みんな同じ気持ち。生徒にもどんどん手伝わせ、生きる目的を持たせたほうがいい」と意義を説く。…

 もちろん、今度の震災はそんなに単純じゃない。広範囲に町そのものが壊滅したところが少なくない。だから、単純ではないが、実状によりそいながら、学校再開の意義を考えていくことが大事なのかなあとも思う。そのための支援が必要なのだろうと。学校がコミュニティなのだから、集団避難の場合も、コミュニティが重視されればとも思うけど。

 もう1つ。震災のいろいろな思いを抱えているのは、何も東北だけではない。東京の子どもたちだって、地震の恐怖と、原発の不安のなかで生きている。学校は、そのことにも向き合わなければいけないと思う。
 この点で、こういう記事があった。

きょういく特報部 震災 教室で考えた(朝日新聞)

 東日本大震災や福島第一原子力発電所の事故に、教室で何を学ぶのか。新聞記事を読み合い、被災地が元気になれるプランをつくった東京都葛飾区立本田(ほんでん)中学校、チェーンメールやNPOのホームページから情報への向き合い方を考えた京都府宇治市の立命館宇治中学校。二つの授業を見た。
◆自分にできる行動探る
 24日、本田中の1年4組の教室の黒板に、12日から21日までの新聞の1面が張られた。「東日本大震災」「福島原発で爆発」「80歳と孫、9日ぶり救出」……。
 紙面の前に本山明教諭(56)が立つ。避難所に入った介護施設の高齢者を震災直後に書いた記事を示した後、同じ人々を追った1週間後の記事を読んだ。同じ施設の高齢者が1人また1人と亡くなっていく様子を描いた記事に、生徒は「悔しい」と唇をかんだ。
 震災の発生時、同校は体育館で総合学習の発表会の最中だった。電気が消え、泣き出す生徒もいるなか避難した。「だが、生徒はその後、震災をわがこととしてどこまで意識したのか。テレビの画面を流すように見ていただけではないか」と本山教諭。学年末の社会科の残る時間をすべて震災の授業にあてた。…

 さすが、本山先生であり、氏岡記者であるなあ。と学んだ次第。

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