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2011/01/23

教師と学校を追いつめるものは何か――希望と再生への回路を求めて

 午後からは、明治大学でおこなわれた表題の教科研のシンポジウムに行って来た。とても、中身の 濃いものだった。報道ステーションで昨年放映されたものの紹介のあと、久冨さんが、教師をとりまく状況について、全般的な報告。滋賀の石垣さんが、若い教師の苦しみの問題に焦点をあわせて報告。自分自身のなかで、なかなか責任をはたせない思い、子どもが思い通りにいかないことから今度は、同僚からの目というものは圧力となってくる。「アドバイスをしているのに、しない」という形での圧力で。そして、初任研が、さらに自己責任を強めるような形ですすむ。兵庫の大河先生の報告は生々しい。関西だけに、いわゆる人権教育もからんで、問題をかかえた子どもによるそう先生を追いつめる。そのときに若い”勝ち上がった”先生が圧力者として立ち上がってきたりする。町田の渡辺先生は、憲法にもとづくということを力に、”したたかに、しなやかに”行政、とくに教育委員会を相手に運動するとりくみを紹介する。

 討論もまた、よかった。たくさんの問題が提示された。まだまだ消化不良。自分なりに整理すれば、教師の問題というのは、いろいろな問題の結節点のようなところがある。今日のシンポでも、よく考えなければいけないと思う第一は、若者の問題。これは若手教師だけではなく、若者に共通する問題かもしれない。自己肯定や承認をめぐる問題、人間関係に問題などなど。ともすれば、それは上の世代には、大変さや負担という形であらわれる。第二は、子どもの問題、子どもの変容というものはやっぱりある。そして、その子どもをどう理解するのかという問題、子ども
観の問題がどうしても教師の問題としてかさなってくる。そのとき、学校づくりだとか、学級をどう考えるかなどの問題もでてくると思うけど、そういう子どもを軸に、その学校の現状にあわせた接近であることこそが大事なのだと思ったり。第三は、教師特有の問題や教師政策にかかわる問題。人事考課やPDCAサイクルということの導入がもたらしたものもある。そして、第四は、社会事態がもつ問題がある。雇用の不安定や長期間労働の問題などが、学校の外側にはあたりまえのようひろがっている。
 そして、提示される問題は、具体的な姿であらわれている。社会的な合意で、教育を変えていくには、もう少し一般化や、普遍化の作業も必要か。などなど、仕事に具体化するうえでは、考えたり、学ばなければいけない問題がまだまだたくさんありすぎる感じかな。

 いや、とっても面白い四時間だった。あっという間。

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