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2010/11/21

空襲被害、国の裏切り許さぬ 杉山さん「頑張ろう」

 そうか、空襲被害の訴訟は、以前、最初に、名古屋ではじまったんだということに思い至った。随分まえの話だと思うけど、そういうたたかいが、いまの運動の広がりをつくったのかと思うと、胸が熱くなった。すごいなあ、95歳かあ。

空襲被害、国の裏切り許さぬ 杉山さん「頑張ろう」(東京新聞)

 「陰でそんなことされてるとは、夢にも知りませんでした。何十年も、無駄に動いておりました」
 「全国空襲被害者連絡協議会」が十九日、東京・永田町の衆院議員会館で開いた集会。一九四五年の名古屋空襲で被災し、救済立法を求めてきた杉山千佐子さん(95)=名古屋市千種区=は、八月に本紙報道で明るみに出た「原爆被爆者対策基本問題懇談会」の議事録に残る政府対応に、怒りをあらわにした。
 杉山さんは空襲の爆風で鼻をもぎ取られ、後に左目を摘出された。軍人・軍属と違い国の補償はない。納得できず、民間人負傷者の援護法制定を求めて国会議員を回った。
 後に首相となる故橋本龍太郎厚生相(当時)は、杉山さんを温かく迎えてくれた。「肩をたたいて、コーヒーとケーキを出してくれた。部屋へ行くのが楽しみでした」
 だが、議事録には、橋本氏がシベリア抑留や東京、名古屋の空襲への補償拡大を恐れる様子が記されていた。
 そんな事情を知らず、国会に足を運び続けた。「だんだん議員さんが冷たくなった。悔し涙を流しながら夜行バスで帰りました」と振り返る。
 援護法案提出は、八〇年代までに計十四回。すべて廃案になったが、全空連は十九日、新たな援護法案の骨子を発表。東京高裁で争う東京大空襲訴訟の弁護団は、杉山さんの証人尋問を求めていることを明らかにした。…

 「懇談会」議事録は、戦争責任んや戦後補償という問題が、いかに政治的(というか与党の利害)によって軽んじられてきたのかがよくわかる。重々しい受忍論なるものも、実は、その判断というのはなんと実利的な判断であるのかと痛感する。痛みに向き合わないと、人を大切にする政治はできないということを示してる。

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