« 沖縄、欧州の基地撤去を 米軍事費で議論沸騰 | トップページ | 消えた子ども-大阪・二児虐待死事件を追う »

2010/11/22

大学教育と職業との接続を考える 第1 回「大学生の就職をめぐる諸問題と当面の打開策」

 今日は、午後から表題の学術会議のシンポジウム。あらかじめ言っておくと、仕事でちょっとした実務的なトラブルがあって、最後の30分は聞けなかったのだけど。

 学術会議が、回答「大学教育の分野別質保証の在り方について」という文章を出して、そのなかで、大学と職業の接続の問題や現在の就活のあり方に問題提起をしたもの。これをうけ、社会的な議論をすすめようと企画されたのが今日のシンポジウムだったけど。

Img00176201011221454 まずは、髙祖敏明・日本学術会議 大学教育の分野別質保証の在り方検討委員会副委員長が基調報告。これは、学術会議の委員会が出した上記に文章について、解説をしたなかなかいいないようのもの。ご存じ、勝間和代さんが、まあ外資の自慢というか、そういう鼻につくような話でも、日本の大学と就職をめぐる状況というのは、実は、米系企業と比較してもひどいもんなんだなあと。寺田学首相補佐官が、政府のこの問題の政策の説明で、自分の経験を自慢されてもなあという感じていどの話で、ここまでは落ち着いたものだった。

 後半はシンポジウムで、パネラーは出井伸之(クオンタムリープ株式会社代表取締役というより元ソニーの)、牧原晋(日本電気株式会社人事部長)、これに勝間さん、そして学生からPOSSEの寺岡秀さん、大学の側から児美川孝一郎法政大学キャリアデザイン学部長、大橋秀雄学校法人工学院大学理事長という面々。経済界で重要な役割をはたしている大企業の人とのあいだでの対話の試みである。
 驚いたのは、企業の側はいっぽも引かないのだ(苦笑)。やれ、「若者は自分でしたいことをみつけるしかないのだ」と。企業の活動のあり方としては、うんぬんと、現状をほとんど追認する発言が続く。
 もともと、大企業の側は明らかに、大学と大学で学ぶものには強い不信が存在しているというのが強烈な印象。そして、大学で自由に学ぶより、基礎的、総合的な力さえつけてきてくれれば、あとは企業がやるというようなスタンスは、かつて企業社会全盛期と何ら変わっていない印象。ならば、企業の中に大学をつくって、抱え込んじゃった方がいのではないのって、茶々をボクなら入れたくなるのだけれども、そこで強調されるのがインターンシップなのだ。
 そもそも、出席者は、日本のトップの大企業である。ようは、そこでは、トップエリートのことしか関心がないというのももう1つの印象。だから、就活で苦しんでいる学生、学ぶ機会を奪われる事態にある学生のことなどは、ほどほどに中小企業を選べばいいでしょって、そういう感じなのだ。

 でもねえ、ここまで書いてなんだけど、一方で、大企業の側の発言が、すべて間違っているのと言えば、必ずしもそうではない面もないわけではない。そもそも、企業が自らも儲けを拡大するのは当然と言えば当然だから、そのために訳にたつ学生を獲得しようとするのもそれはそうだから。
 だけれども、あからさまに、企業が競争に勝たなくては未来はないんだっていう議論には簡単にはどういできないと思うんだけど。もう一度、日本の就活のなかで、新卒の就職難や、異常な就活をつくりだしている原因のなかでの大企業の問題を冷静に考えてみる必要はある。今日は、そもそも経済界との対話の試みだったから、あからさまな大企業批判なんていうことをいう人はいなかったけれども、では、大企業はしかるべき役割をはたせているのかということは、やっぱりもう少し問われていい。
 でも、そのときに、やっぱり問われるのは、企業の側の、大企業が国際競争力で勝たなければはじまらないという、神話に支配されていて、それが多くの大企業に関係する国民の神話になってしまっていることをよく考えなければいけない。ほんとうにこの神話には異常はないのか。基本的な大企業をめぐるデータって、国民的には共有されていないので、大企業の異常さって、なかなか国民的に共有されていない。だから、大企業は少しぐらいへんなことをやったって、全然、問題にならないのだよね。ここが難しいんだ。たぶん、ここに出てきた企業の人も、まともに問題にされたり、批判されたりしたことがないから、分からないのだろうね。だとしたら、どうもこのままでは、対話や合意など簡単にはすすみそうもない。

 大企業がこういう就活をやっているということの社会的損失っているものも、もっとデータで積み重ねて議論が必要なんだろうなあ。中小企業へ行けといっているけど、その中小企業へいくことを阻むぐらいの、情報の格差ととともに、実態の経済的格差をつくりだしているものは何なのかということもまったく議論されないのは不思議。リスクを負えという、でもそのリスクは、社会的に不公正なリスクとは言えないのか? はっきり言って、日本とヨーロッパでは、中小企業への支援は雲泥の差だ。
 そしてセフティネッとでしょう。もう1つ、議論されれない問題としては、大学の高学費や奨学金という借金の問題もあるでしょう。学生にリスクをとらせるのなら、借金は社会が引き受けるべきでしょう。

 企業には残念ながら、学生の困難なんて、関心はない。大人社会も学生の困難には無関心だ。だとするとこの問題を動かすには、学生の力しかない。だけで、学生は声をだせないでいる。ならば、出せる学生が、そのうえの世代と連帯しながら、繰り返し、繰り返し、いまの事態を告発するしか方法はない。そして、何よりも、声を出す学生をつくるのも、大学の大きな仕事になっているのだろうとも思う。

Banner_02人気blogランキングへ 励ましのクリックを


« 沖縄、欧州の基地撤去を 米軍事費で議論沸騰 | トップページ | 消えた子ども-大阪・二児虐待死事件を追う »

政治」カテゴリの記事

教育」カテゴリの記事

経済」カテゴリの記事

若者」カテゴリの記事

コメント

社会人の自分も、正規・非正規間の差別について声を上げて行きたい。
でも、声を上げる方法って、例えばどんなものがあるんだろう…?

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/59689/50105137

この記事へのトラックバック一覧です: 大学教育と職業との接続を考える 第1 回「大学生の就職をめぐる諸問題と当面の打開策」:

« 沖縄、欧州の基地撤去を 米軍事費で議論沸騰 | トップページ | 消えた子ども-大阪・二児虐待死事件を追う »

無料ブログはココログ
2017年11月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30