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2010/06/30

宮森・米軍ジェット機墜落事故から51年 児童ら恒久平和願う

 今日も、たまった実務をすすめ、それからメールを書く。2カ月先までのメドをとりあえずつけていかないといけないが、なかなか難しい。やっぱり、ちょっと栄養を蓄えないと(つまり、勉強をしないと)いけないのだけれども、それがね、ちょっと。ふくらんだ、いい企画にまで練り上げられないでいるのだなあ。しばらく、たくさんやんなきゃならないし…。

 さて。

宮森・米軍ジェット機墜落事故から51年 児童ら恒久平和願う(沖縄タイムス)

 1959年に石川市(当時)の住宅地へ米軍のジェット機が墜落、隣接する宮森小学校を直撃し、地域住民と児童ら17人が亡くなった事故から51年を迎えた30日午前、うるま市立宮森小学校では犠牲者のみ霊を慰める追悼集会が開かれた。全校児童や多くの関係者が手を合わせ、世界の恒久平和を願った。…

 占領下の沖縄の苦難を象徴する事件でもある。
 沖縄の公文書館には次のような記述がある。

宮森小学校米軍ジェット機墜落事故

 50年前の1959(昭和34)年6月30日、午前10時40分頃、米軍嘉手納基地所属のF100Dジェット戦闘機がテスト飛行中にエンジントラブルを起こしパイロットはパラシュートで脱出、無人になった機体は沖縄本島中部の石川市立(現うるま市立)宮森小学校に墜落し炎上、この事故で児童11人を含む17人が亡くなり、210人(児童156人、一般54人)が負傷しました。
 当時、同小学校の教室ではミルク給食の時間でした。
 突然の墜落事故で周辺は火の海となり、火だるまになった子供たちが水のみ場まで走り、そのまま息絶えたと伝えられています。
 宮森小学校校内には、亡くなった子供達を慰霊するために「仲よし地蔵」が設けられ、毎年6月30日には慰霊集会が行われています。…

 「忘れたいけど忘れてほしくない 忘れてはいけない」――630記念館をつくる運動がすすめられている。
 ホームページはここ。

 巨大な外国軍の基地の存在が何をもたらしたのか。このことに政治は未だにこたえていない。

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