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2010/05/15

38年後の憂い 平和行進出発

 今日は、”ちゅらさん”の主人公、古波蔵(上村)恵里の誕生日だ。38回目の誕生日。そう沖縄の復帰の日である。沖縄では平和行進が取り組まれている。

38年後の憂い 平和行進出発(沖縄タイムス)

 沖縄が日本に復帰した5月15日前後に毎年開かれている33回目の「5・15平和行進」(主催・同実行委員会、沖縄平和運動センター)が14日、名護(東)、本部(西)、糸満(南)の3コース(計約1300人)でスタートした。
 行進団は雨の中、米軍基地や戦跡などを巡り「新たな基地はいらない」などと過重な基地負担の軽減と平和な沖縄の実現を訴えた。
 15日午後3時半からは、宜野湾市海浜公園野外劇場で「5・15平和とくらしを守る県民大会」を開くほか、16日には普天間飛行場の外周約13キロを人の鎖で囲む包囲行動を行う。


 鳩山さんは、結局、アメリカと、正面切っての基地撤去についての交渉はできず、沖縄にさらなる負担を押しつけようとしている。
 ここにきて、本土のメディアも、少しは変化が見られる。たとえば、抑止力論への疑問も書かれるようになってきたし、今日も、基地振興策への疑問が書かれていた。

基地マネー、思惑はずれ 名護、巨費投入も活気生まれず(朝日新聞)

 沖縄県名護市辺野古の米海兵隊キャンプ・シュワブから北へ5キロ。青く澄んだ大浦湾を右手に、緑濃い山すその道を進むと、真新しい赤瓦屋根の建物が突如現れる。
 地元の作物などを売る「道の駅」をイメージし3月に完成したが、ゴールデンウイークを過ぎてなお、シャッターは閉まったままだ。
 床面積986平方メートル。事業費は4億円超。その9割を国の「沖縄県北部振興策」の予算でまかなった。県北部の12市町村を対象にした北部振興策は、1999年に当時の岸本建男名護市長が米軍普天間飛行場の移設受け入れを表明したのを機に始まり、10年間で783億円の国費が投じられてきた。 …

 沖縄の人と話したり、現地の新聞を読んでいると、ここ数年、振興策への批判がかなり深まってきたという印象がある。SACOをはじめとした、利益誘導が、もう基地の存在の矛盾を覆い隠せなくなってきてるのだ。むしろ、それが、沖縄の発展を阻んでいるという世論になっている。そのことを、本土のメディアもとりあげ始めているということだ。

 その沖縄の怒りは、さしずめ、復帰闘争の再来という印象だ。もともと、沖縄の経済的な困難も、戦争とその後の占領下にあったことに起因する。占領下は、軍事が最優先され、民政は制限された。それが、復帰闘争の根底にある。
 そして、復帰後も、軍事が優先されていることの怒りの根源がある。しかし、これに対し「抑止力」というのか。そのことを政権はよく理解する必要がある。

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