« 高校生ら「お金なくても学校に」 長妻厚労相に訴え | トップページ | 泣き寝入り防げと労働法教材 若者向けにNPO作成 »

2010/02/10

育ちあう発達相談――“子どもの発見”を手がかりに

0317 ボクの子どもが、まだ小さかったころ、子どもを真ん中にした関係というのが、教員や、保育者たちとの関係を語るうえでの合い言葉だったし、父母会活動などでも、とても大切にしようと思った課題だった。もちろん、それはとても難しいことで、いつも頭を抱えて悩んでいたわけだけれど。でも、もう1度そのことを考えさせられた。
 ボクらの子育ての時代に比べても、いまの父母さんたちは、とても子育てで孤立感が強い。子育てはこうあらなければいけないという規制力もとても強い。でも一方で、子どもに対してもいろいろな見方や感じ方もある。だから、なかなか自分の子育てへの思いも、悩みも言えないということがある。だから著者はまず、支援者の、見方を変えることを重視する。ありのままに子育てを受けとめようというわけだ。
 でも、考えてみれば、子育てでいちばん困っているのは、子ども自身である。子どもの発達のもつれや悩みをありもままに受けとめるという、そういう子ども理解がまず、根底にあるべきだ。そのことを著者は、問いかける。
 だから、葛藤や苦しみも含め、ありのままの姿を、受けとめ、包み込むような関係、そして包み込まれた内側からも支え合いような関係が、親と子、支援者と親との関係で大事だと著者は言う。それをマトリョーシカの関係だと形容する。答えはなかなか難しいけれども、そこからこそ、子育ての関係性というものがはじまる。
 関係性というものを大事にする、その根底に”子ども理解”をどう共有していくのか。そこがやっぱり大事なのだと。

 少し、話はちがうけど、フィンランドのことを考えた。ネウボラという相談施設が充実しているかの社会との違いは、こういう問題でもあらためて考えさせられてしまう。昨日のPICUの話もそうだけれども、こうした子ども理解と関係性を重視した取り組みを広げるうえでも、社会のありよう、政治の課題がやっぱり無関係ではない。

Banner_02人気blogランキングへ 励ましのクリックを

|

« 高校生ら「お金なくても学校に」 長妻厚労相に訴え | トップページ | 泣き寝入り防げと労働法教材 若者向けにNPO作成 »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/59689/47533703

この記事へのトラックバック一覧です: 育ちあう発達相談――“子どもの発見”を手がかりに :

« 高校生ら「お金なくても学校に」 長妻厚労相に訴え | トップページ | 泣き寝入り防げと労働法教材 若者向けにNPO作成 »