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2010/01/23

新自由主義か 新福祉国家か

Show_image 渡辺治・二宮厚美・岡田和弘・後藤道夫の4氏による話題の書である。このグループにより、著作は多数あるけれども、著者をしぼることで、あえて、言いたいことをはっきりさせたものになっているということができるのだろうと思う。とても刺激的なできばえになっている。

 はしがきに次のようにある。

 2009年8月30日の総選挙で民主党が大勝し政権交代が実現、民主党政権が誕生した。新しい政治への第一歩が踏み出された。政治においても暮らしにおいても、大きな変化の歩みが始まった。
当然のことながら、この政権交代、民主党政権成立をめぐって、さまざまな論評がなされている。そこでは、今回の政権交代が、戦後日本の文脈でのみならず維新以来の近代日本史の、さらには世界史の文脈において意義をもつと論ずるものまで現われている。しかしながら、これら数少なくない論評や分析においても、まったく論じられていないあるいは過小評価されている点がある。
 第一は、ほかでもなく、今度の政治変革が一体何を動因として起こったかについての立ち入った検討がなされていない点である。多くの論評は、今度の政権交代が明治以来の官僚主導国家の崩壊、自民党の開発主義型国家の崩壊の結果であると論じている。自民党の崩壊も長きにわたる政権の座で制度疲労を起こしたためというとらえ方が少なくない。しかし、これでは、なぜいま、自公政権が倒れたか、自公政権を押し流した濁流がなぜいま起こったのか、その最大の要因を理解できない。すなわち、今度の政権交代が、日本では「構造改革」と呼ばれている新自由主義改革がもたらした社会の矛盾に対する国民の怒りと運動を主たる力にして引き起こされたという点が、決定的に過小評価されているのである。今回の政権交代が、長年にわたる自民党の利益誘導型政治の困難に加えて、それをすら大企業の競争力強化のためにはじゃまだとして右から改変した「構造改革」政治が生みだした貧困と格差、地方の破壊に対する国民の怒りと、「構造改革」を止めてほしいという声によるものであることがあいまいにされているのである。
 もう一つは、民主党政権とは一体いかなる政権でありどちらの方向へ向かうのかという肝心要の点が、解明されていないことである。多くの論評は、民主党政権が、明治以来続いてきた「官僚主導の政治」を打破し、民主主義と地域主権の政治を実現するとして手放しで期待をするが、それでは、安保問題、構造改革問題での民主党政権の矛盾に満ちたジグザグが一体どうして起こっているのかについて、説明することはできない。また、民主党政権の今後を考えるうえで、民主党の構造を分析したものも少ない。とくに象徴的なのは、民主党政権を歴史的偉業として高く評価する論稿が例外なく小沢問題を避けている点である。もちろん民主党を小沢独裁と捉え、その危険性を指摘した論稿も少なくない。ところが、小沢の権力を問題にする論評は、今度は逆に、政権交代の歴史的意義をまったく過小評価する誤りに陥っている。いずれにしても、民主党政権の性格と今後の方向は納得のいくかたちで解明されてはいない。
 本書は、こうした政権交代、民主党政権の成立をめぐって生ずる切実な問いに答え、民主党政権の成立をもたらした力と政権の向かう今後の方向を、新自由主義問題を基軸にして解明する。そして、民主党政権のジグザグと混迷は、政権の方向をめぐる、相反する諸力の攻防によってもたらされたとともに、民主党が新自由主義と対米追随の軍事大国化に代わる明確な政治の構想をもちえていない点にあるという視点から、新自由主義・構造改革に代わる新しい福祉国家の構想を提示することを目指している。

 具体的には、
 第一章「政権交代と民主党政権の行方」(渡辺)では、昨年の総選挙で民主党の大勝を生みだした要因がどこにあるのかを分析し、民主党政権の矛盾的な性格を明らかにしている。
 第二章「世界同時不況と新自由主義の転換」(二宮)では、自公政権退場の背景である経済破綻と社会的破局のメカニズムを解明し、新しい経済と税制の輪郭を提示。とりわけ日本では過剰生産恐慌として勃発せざるをえなかったその経過の分析は、いまの日本の経済を理解するうえではかなり大事な問題。
 第三章「構造改革による地域の衰退と新しい福祉国家の地域づくり」(岡田)では、「構造改革」による地方の破綻について、説得力のある告発がおこなわれている。この地方の現状に対する分析がなかなか読ませる。そのことが民主党政権の掲げる「地域主権国家」構想が「構造改革」からの転換ではないことを強く感じさせるし、「構造改革」に対抗するうえで大切にすべき視点への理解が深まる。
 読めているのはここまで、第四章「構造改革が生んだ貧困と新しい福祉国家の構想」(後藤)は、新自由主義がもたらした深刻な格差と貧困の特徴を詳細に明らかにし、あるべき社会保障の輪郭を提起してるが、ここを読むのは明日かな。
 提示される新しい福祉国家の構想は、それぞれの著者たちによる試論的なものではだが、学び、広く議論されるべき問題提起となっている。

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