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2009/12/06

“核艦船対象外”当初から

 数日前の記事ですけれども…。

“核艦船対象外”当初から 58年安保交渉時 米、日本に説明 “密約解釈ずれ”成り立たず 米解禁文書(しんぶん赤旗)

 1960年の日米安保条約改定時に結ばれた核持ち込み密約をめぐり、米側が改定交渉開始時に、「核兵器を積載している米軍艦」の日本領海・港湾への立ち入りは従来通り行われ、「事前協議」の対象にならないと日本側に説明していたことが分かりました。国際問題研究者の新原昭治氏が入手した米政府解禁文書で明らかになりました。
 新原氏入手の解禁文書は、58年10月22日にマッカーサー駐日米大使が、日米安保条約改定交渉の詳細を伝える参考情報として、マニラの米大使館に送った極秘電報です。
 電報は、マッカーサー大使が58年10月4日の安保改定交渉の最初の会合で、岸信介首相と藤山愛一郎外相らに対し、「事前協議」に関する米側解釈を、米国務省・国防総省共同の訓令に従って説明したと指摘。この訓令は「核兵器を積載している米軍艦の日本の領海と港湾への立ち入りの問題は従来通り続けられ、〔事前〕協議方式の対象にはならない」との米側の理解について日本側に確認を求めるものだったことを明らかにしています。
 日米両政府は60年1月6日、「討論記録」という形で核持ち込み密約を結びます。これは、従来行われてきた核積載米艦船の日本への寄港や領海通過を「事前協議」の対象外とし、今後も認めるという内容。しかし、この内容をめぐっては、「討論記録」に「核兵器」の文言がないことから、日本側は当初、核積載艦船の寄港・通過が「事前協議」の対象外とは思わず、米側と“解釈のずれ”があったとの指摘が一部からなされています。今回明らかになった解禁文書はこの指摘に反し、日本側が「核兵器積載艦船」の寄港・通過は協議の対象外になるという米側の説明を聞いていたことを裏付けるものです。

 朝日新聞が、解釈のずれを報道したとき。ボクもこのブログで、違和感を表明した。実際に、その記事の誤りを証明する文書が明らかになったということ。
 その時期は、これ。
 ソースは、外務省の元官僚が、きっと責任の逃れに示したものだったのだろうけれども、なぜ、本田優さんはこんな記事を書いたのか? 密約にかかわって、共同に大きな差を開けられて、上から密約で一面をはることが求められたからなのだろうかな?
 ちなみにあすのクローズアップ現代は「核密約」だそうだ。

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