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2009/10/02

朝鮮挺身隊に社保庁も厚生年金認定 支援団体が三菱に謝罪要求へ

 恥ずかしながらこの訴訟についてはあまり知らなかった。 「名古屋三菱・朝鮮女子勤労挺身隊訴訟」といって、「中日新聞」によると、「太平洋戦争末期、『女学校に通え、働いて給料ももらえる』と言われて朝鮮半島から動員され、実際は過酷な労働を強いられたとして、韓国人女性と遺族らが国と三菱重工業に謝罪と総額2億4000万円の損害賠償を求めた。2005年の一審名古屋地裁判決では、日韓請求権協定により原告に請求権はないと判断。07年の名古屋高裁判決は強制労働など不法行為責任を認めた。08年に最高裁が上告を棄却、原告の敗訴が確定した」というもの。
 こんな記事があった。

朝鮮挺身隊に社保庁も厚生年金認定 支援団体が三菱に謝罪要求へ(中日新聞)

 太平洋戦争末期、女子勤労挺身(ていしん)隊員として三菱重工業の軍需工場(名古屋市南区)に動員された韓国人女性8人(うち3人は死亡)について、社会保険庁は9月、女性らが当時、厚生年金に最大11カ月間、加入していたことを認定した。勤務先の三菱は「労働の事実は確認できない」と主張しており、女性らの支援団体が2日、同社本社(東京)を訪れ、理解と謝罪を求める。
 社保庁の出先機関である熱田社会保険事務所が、9月7日付で認定した。三菱側の記録は、戦後の混乱や伊勢湾台風で消失。社保庁も、記録からは全員の加入期間を特定できなかったが、女性や遺族、日本人同僚の証言を採用し、判断した。
 8人は、国と三菱に損害賠償などを求めた名古屋三菱・朝鮮女子勤労挺身隊訴訟の元原告ら。判決によると、当時10代前半だった女性らは、1944~45年に同社名古屋航空機製作所道徳工場などで働かされ、部品の切断や塗装の作業に従事した。
 現在、5人が78歳から81歳。3人はすでに死亡した。認定期間は、7人(うち2人は死亡)が44年10月~45年9月の11カ月、1人は44年10月から、東南海地震で同年12月に死亡するまでの2カ月。…

 彼女たちは、先生から「日本に行けば、女学校に行ける。働いてお金ももらえる」と、勧誘されたという。当時の朝鮮の少女たちは進学する道はほとんど閉ざされいただけに。途中、辞退を申し出たとしても、教師や憲兵に脅され辞退することは許されなかったともいう。いわば、強制連行の1つの形態だとも言える。まだ幼さが残る少女たちが戦争末期の、空襲のつづく名古屋に連れてこられ、自由を奪われて、働かされた。どんなに不安、そして心の傷を受けたであろうか。その傷はまだ癒されてはいない。
 戦後は、まだまだ終わらないということなのだろう。

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コメント

あの~、いわば強制連行って、いわばの意味がわりません。
日本にくれば稼げる系の話はいまでもあります。
賃金の未払いがあればその分の支払いを金利を上乗せしてする必要はあると思います。

強制連行とは言えない。
物事はもっとシンプルに考えましょう。
いわばとかそんな言い回しはいらない

しかし、「体を売った」ようないわれ方を周りにされてさぞ大変だったのだろうと思う。
日本に行けば学校にも行けるといったのは誰なのか?
それも知りたいところですね。

投稿: e-tto | 2010/01/05 14:58

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