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2009/08/18

核兵器廃絶について語りたい

 選挙がいよいよはじまりました。
 今日は、朝から、第一声を聞きに行きます。
 夜は、各党首のインタビューをNHKがやっていましたね。見ました。

 実は、自分のブログの97年の参議院選挙と、95年の総選挙の時期のエントリーを読んでみた。97年の選挙は、一言で言うと「貧困」ということに関心があったのかな。95年の選挙のエントリーは全体として静かですね。

 何というのかな。大きく社会の流れというものが変わっているように思います。国内的にもそうですが、何よりも世界の枠組みというものが大きく変化しています。その象徴みたいなのが、アメリカでのオバマ大統領の誕生でしょうか。
 今回の選挙は、戦後始めて8月におこなわれます。日本においては、8月は、ヒロシマ・ナガサキ、そしていわゆる「終戦記念日」と、特別な意味のある月でもあります。オバマ大統領の登場で、大きくクローズアップされることになった、核兵器廃絶という問題。そのことを選挙で考えてみるのもとても大事だと思うのです。

 そのことを考えると、日本のいまの政府は、「核の傘」(拡大抑止)に固執する姿は異様です。この8月にも、アメリカが、攻撃型原潜に搭載していた巡航ミサイル「トマホーク」の廃棄の計画に対して、反対する工作をおこなっていたことが、アメリカ議会の委託調査の報告書で明らかになったばかりです。

 しかも、この報告は、いま問題になっている「核密約」に深くかかわっている問題です。「密約」の核心は、艦船に積載されている核兵器であることはいうまでもありません。そのなかでも、とくにトマホークは、現在に連なる、前線配備を継続している核兵器積載ミサイルなわけですから。太平洋には、トマホークが積載されている攻撃型原潜は10隻もあり、日本へ寄港もしているのです。

 アメリカのオバマ大統領の核兵器廃絶発言は、世界の流れに大きなインパクトをもったと思います。なにしろ、現在でも、広島・長崎での原爆使用は正しかったという神話が生きている国なのですから。しかし、核抑止力にしがみつく限り、それは、核使用を前提にしないでは機能しないものであり、最悪の残虐兵器の存在とは必ず矛盾せざるをえません。シュルツ元国務長官の「核兵器は非道徳だ。現代の世界にあって一体誰が核兵器のボタンを押せるだろうか。…使えなければ抑止力にならない」という発言が、いちばんそのことを端的にしめしています。
 だからこそ、NPT条約会議が開かれる来年に向けて、日本は、核抑止力に固執したり、核密約に拘泥する政治からの転換が求められるのです。
 どの政党が、核兵器の廃絶、そして「非核の日本」を切り開くことができるのか。このことも総選挙でよく考えたいし、そのことを政党は語るべきだと思います。

 もちろん、アメリカでも、日本でも、核兵器に固執する勢力の巻き返しがあります。日本では、与党のみならず、野党の中にも、核保有を公言する政治家、政治勢力が存在していることもよく見ておく必要があるでしょうね。だからこそ、しっかりした審判とともに、核兵器をなくす運動が必要なのだと思います。その運動は、日本はもちろん、アメリカでも広がっているのですから。

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