核密約についての中曽根発言
今日は、朝から執筆の打ち合わせをしたり、筆者におくる資料を調べたりする(主には歴史物)。お昼の食事で、知人と議論(少し熱くなる?)。よく考えなければいけないことはたくさんある。けれど、そんなに簡単に答えはでてこないのも事実。自分で見つけることのできる答えは、自分自身は必死でとりくんでいるつもりでも、ものすごく少ないから。落ち込むことも多い。午後からは、会議。あとは、当番仕事もあり。
◇世紀の顔合わせ ◇中曽根元首相 91歳 vs.不破共産党前議長 79歳 ◇「旧制高校」「マルクス」から「核持ち込み密約」まで ▼「オバマの核廃絶宣言に鋭敏に食いついたね」 ▼「密約知らされない首相は怒るべきでしょ」
この『サンデー毎日』の対談は、結構、話題になっている。読んでいていちばんおもしろかったのは、核密約をめぐるやりとりか。中曽根氏は、核兵器を搭載した米軍艦船が「安保条約の下、(日本への)領海通過や一時寄港もあり得ると考えるのが常識」「米国の艦船が日本に入る時だけ核を外すなど考えられない」と述べている。さらに、「政府の非核三原則(持たず、つくらず、持ち込ませず)については、その実態と形式的な表現や国会における答弁が、ある時代において乖離(かいり)しているのは意識していました」「81年にライシャワー元駐日米大使が『核武装した艦船が入港したり、領海を通過することはあり得る』と発言した時は『正直なこと言ったな』と思いました」とも。
この密約は、日米の政府代表(藤山愛一郎外相とマッカーサー駐日大使)が文書に正式のサインもしたものであることは、いまでは、アメリカからの資料で明らかになっている。アメリカで公開された際の、朝日の記事は、ここ。
この間の、次官経験者の証言で、この密約の存在を確実に知っていた首相は5人、岸氏、大平、宇野、橋本、小渕とされている。が、考えてみれば、ライシャワーと大平の密約確認の経緯から言って池田が知らなかったはずがないし、沖縄返還の経緯から言って佐藤が知らなかったはずはない(沖縄への核持ち込み密約)。では、中曽根氏は、ほんとうのところはどうなのだろうか。
どうも語ってないことも多そうだなあなどと思いながら読んだけれど、おもしろい対談であった。
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