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2009/05/08

東大生に語った韓国史

2451 実は、先日、友人というか先輩というか、と飲んでいて、その先輩に対して、飲んだ勢いで、「歴史和解派だ」と言ったことで、彼のブログに「歴史和解派か歴史原則派か」と書かれたので、そのことについて一言。彼の主張は、「左右の対立を克服したいという角度で書いている」わけで、とくに彼の問題意識は、「あれこれの事実を発掘し、それを突きつけることによって、そのことだけで、責任否定派の人びとが納得するとは思わない。かえって、責任肯定派への反発が高まり、対立が深まることさえある」というところにある。ボクも、そうした現実のあることは百も承知しているつもりだけれども、そのうえで、「歴史和解」ということに対しては、安易な答えを求めることにある意味で慎重な姿勢が必要だと最近感じている。

 なぜ、そんなことをあえて言うのかと言えば、たとえば中国との間、韓国との間の歴史認識の落差ということにたいして、実は日本というの、いわゆる良識的と言われる人を含めて、かなり無自覚だということがあるからだ。
 たとえば、表題の本は、李泰鎮というソウル大学の先生だった方が、東大で大学院生を対象におこなった講義録である。李先生は、韓国併合が、合法的なものでなかったという問題の急先鋒の主張をされている方で、10年ほど前に『世界』誌上で論争をされていたかただ。
 この本は、なかなか刺激的である。にわかに理解しずらいような議論もないわけではないし、どこまでが、通説として、うけとめることができるのかということについては、ボクには理解できない点は多々ある。だけれども、ボクが十分理解していないかったような視点。たとえば、韓国は、いろいろな遅れがあったとしても、自立、発展する力がなかったということへの反証や、一連の韓国併合にいたる条約上のさまざまな問題というのも、こんな議論があるのかと驚かされる。こうした点でのかの国の議論に、日本はどれだけ自覚的であるのだろうかと。
 少なくもと、日本が国際法と国際社会について、ダブルスタンダードの立場で、欧米諸国には、国際法をつかった主張をおこない、アジアに対しては、国際法を踏みにじる行為をおこなったという事実は否定できない。その際の、国際社会に発信した、日本の主張が、実は、あたかも事実であったかのように、日本でも常識化されているという現実がある。そして、それが、戦後の冷戦のなかで固定化されていったという不幸もある。
 たぶん歴史認識の落差はこうした経過のなかで作り出されたのだろうと思う。

 だからこそ、歴史認識を変えていく、深化させていく息の長い、ねばり強い取り組みが、実は、この分野では必要なのではないのかという問題なのだ。たしかに、どちらの国にも反発はおこる。だからこそ、まず、史料的価値のあるものを共通化し、そこから議論を積み上げていく、そういう取り組みを、意識的にすすめていけるようなことに、論壇にかかわるような仕事をしている人間の役割として自覚していかなければならないのではないのかと、常々痛感しているところでもあるのだ。

 歴史和解は可能か? ボクは自分では、それほど原理主義的だとは思っていなけれども、その答えは、やっぱり、その過程はいろいろあったとしても、最終的には法と正義のなかにした見つけることはできないし、そのことについては楽観的でありたいと思っている。だから、そのための前向きの議論を一歩でもすすめるために、役に立てればいいとそう思うのだけれども。

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